今夜の『SMAP×SMAP』一部を緊急生放送 5人で心境語る
 フジテレビとジャニーズ事務所は18日、同日午後10時15分から放送予定の『SMAP×SMAP』の内..........≪続きを読む≫
いや、彼ら5人の謝罪を見て、ただ屈辱の表現に圧巻された。

キムタクの優越感、淡々と話す感情を封じ込めた稲垣、明るく務めても心の中を抑えきれない香取、一瞬で感情を発露させてしまったナカイ、そしてさらっと核心をつく発言をする草なぎ。

これは屈服と優越感の混在するひとつのユニットと思った。そう、最初の感想としては。

しかし、ふとひとつの疑念が僕の中に生じる。彼らは25年もの長きに渡り、この世界で SMAP を演じてきた人間である。今さら感情を抑えきれないなどありうるだろうか。カメラの前で自分をコントロールできないなどという状況がありえようか。

そう考えれば、するするするーとすべての絡み合った糸がほぐれ、とても得心のいく結論を得るに達することができた。彼らの見事な演技の競演。

彼らはこのような過酷な状況においても、自分たちのパーソナリティを、作り上げてきたキャラクターを最大限に演じたのである。おそらく5人は話し合ったはずだ。どういう順番で話せば彼らの言葉が最大限の効力を発揮するかを。

お互いの長所もそして短所も知っている。どの順番で語れば SMAP の存在感を際立たせることができるか。自分たち自身を演じたに違いない。

そう、あの会見は彼らの演技の競演である。これまで叩きに叩き、鍛えに鍛えてきた演技力の最大に発現なのだ。そこにあるのは計算しつくした演出と、それを支える演技力、そして SMAP というキャラクターである。

キムタクが最初に口火を切ったのも必然であった。彼だけが残る決断をしたから場を仕切ったわけでもない。彼が衆目を集めるには最適なのだ。最初が彼でなければ視聴者は注目しないのである。

誰もが目をつぶって彼の声を聴けば、あれば久利生公平の語りと何ら変わっていないことに気付くだろう。謝罪会見だろうがドラマの中であろうがキムタクはキムタクにしかなれない。

それが彼の凄みであるが、逆に言えば SMAP の中で最も演技力の欠落しているのである。彼には先陣を切る意外の居場所はないのである。

今日は2016年1月18日です。先週から我々SMAPのことで世間をお騒がせしました。そしてたくさんの方々に、たくさんのご心配とご迷惑をお掛けしました。このままの状態だと、SMAPが空中分解になりかねない状態だと思いましたので、今日は自分たち5人が顔をしっかりそろえて、皆さんに報告することが何よりも大切だと思いましたので、本当に勝手だったんですが、このような時間をもらいました。


次に稲垣吾郎。彼は本心を隠しきったように自分を表現する。その素振りはまるでチューリングが自らの本心を隠すかのような。そんな彼の表情の中に、人は何かを読み取ろうとする。

キムタクの前置きを受けて最初の流れを生み出すために、彼の穏やかで表情を表さない雰囲気が自然さを演出する。

最初の露払い、としてもっとも適任である。おだやかにだが、この先でどうなるだろうか、何が起きるのだろうかと人々に緊張の準備をさせる。だから彼は謝罪もしなかい。謝罪の言葉を口にするには早すぎる。彼はただキムタクの言葉を引き継いだに過ぎない、序章の幕を開ける役割を果たしたのだ。

この度は僕たちのことでお騒がせしてしまったこと、申し訳なく思っております。これからの自分たちの姿を見ていただき、そして、応援していただけるように精一杯頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします。


香取慎吾。彼の明るいキャラクターは、逆に言えば深刻さは苦手である。彼のパーソナリティはギャグ的であるから、出番は最初の方がいい。だから、彼に与えられた役割は謝罪を最初に口にするというものであった。それが最初の突破口となる。

起承転結の承。明るさを抑えて神妙な顔つきで居るだけで、その意味する所は視聴者には明白である。そして、彼の役割は謝罪を最初に口にし、残りの二人にどうつなげていくか。

その未来を暗示させるために、彼には長い沈黙が必要であった。何かを言いたい、いや、いっそ話すことを拒絶してやろうか。だが、それができなかった。長い沈黙はそういうものを表現している。つまり、彼こそが最初に屈服を表現したのである。

本当にたくさんの方々に心配をかけてしまい、そして不安にさせてしまい、申し訳ありませんでした。
(少し間を置き)
皆さまと一緒にまたきょうからいっぱい笑顔を作っていきたいと思います。よろしくお願いします。


そして中居正広。世間の人々がどう思おうが、この人が SMAP の中ではもっとも演技力がある。戦争犯罪人から発達障害者までを演じ分ける力を有しているのは恐らく彼だけだろう。

だから、彼でなければ、あのため息は出せないのだ。ため息の中にすべての思いが込められている。そういう演技を見事に演じきったというわけだ。

なぜ彼がラストではなく最後から二人目であったか。ここにクライマックスを持ち込んだのだ。彼の演技力がなければ、とても表現しきれない感情というものがある。

これを見た視聴者は明らかに彼が何かを言いたいことをぐっと押し留めていると理解する。そう思えるのは、彼らが緻密の計算した演出の流れの中で、その役割を見事に演じてきたからである。

今回の件で、SMAPがどれだけみなさんに支えていただいているのかということを、改めて強く感じました。 本当に申し訳ありませんでした。
(ため息をつき)
これからもよろしくお願いいたします。


だから草なぎ剛の存在感が最期に重要となった。飄々としたとぼけたキャラクターがあの発現には必要であった。彼でなければ許されない発言があった。

それを彼だけがもつユーモアが支えたと理解する。彼でなければ謝罪という爆弾発言はこうもさらっとは流すことは出来なかった。他のメンバーが同じ発言をしたならば全く違った印象を受けるだろう。

草なぎ剛だからこの暴露が許される。ほかのメンバーも予定調和のように何もなかったような顔をすることができたのである。この発言には草なぎ剛という存在感が絶対に必要であり、余人をもって変えるを能わずである。

皆さんの言葉で気づいたこともたくさんありました。本当に感謝しています。今回、ジャニーさんに謝る機会を木村くんが作ってくれて、今僕らはここに立てています。5人で集まれたことを安心しています。


それを受けて木村拓哉が自分の言葉でまとめる。彼の言葉に嘘は似合わない。
最後に、これから自分たちは何があっても前を見て、ただ前を見て進みたいと思いますので、皆さん、よろしくお願いいたします。



ここには、解散の言葉も継続する宣言もない。多くの謎を視聴者に残した一遍のドラマなのである。どのようなドラマよりも臨場感を持つ物語。これを支えた彼らの力量には感心せざるえない。

ここにあるものは、本心を抑えきれなかった感情の発露などではないし、ましてや個々人が自分の気持ちを述べたものでもない。5人で SMAP というパフォーマンスをしたのである。計算し尽くした彼らの芸がこれほど見事な大輪の花を咲かせようとは。これを超える演技など他の誰に可能であろうか。

最高のパフォーマンスをありがとう。

彼らがどれだけお互いの事を知り尽くしていたか。どのような流れにすれば視聴者を魅了できるかを計算し尽くした構成力、それを支える彼らの演技力と個性、それを生放送の中でやってのける人間力。

思うにこれほどの演技はそうそう見れるものではないのである。ここに SMAP の力量がある。こんな素敵な舞台が他にあるか?

ブラボーー!!

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1949655835&owner_id=6393203
ずさん業者の監視強化 バス事故受け国交省検討:朝日新聞デジタル

バスの事故と言えば、「関越自動車道高速バス居眠り運転事故」と一般に呼ばれる事故が直近にある。これは居眠りという呼称されている。事故の原因は居眠りであるが、被害の拡大は、道路側の施工に問題があった。

というのもガードレールから防音壁の間は通常、防音壁に正面衝突しないように、ガードレールが伸張されて、仮にガードレールに沿って走っても正面衝突をしないように施工されるべきである。ところが本事件の箇所はそうなっておらず、ガードレールに衝突すれば、防音壁に正面衝突するしかないような施工がされていた。

本事件ではその点を指摘する声はあってもかき消されたし、マスコミが取り上げたこともない。そうして居眠りとバス会社の怠慢が指摘され(そういう側面はもちろんあった)、居眠りさえなければ防げた事故であるとされた。もちろん、それは正しい。ただし、それがすべてではないという点はぽっかりと抜け落ちた。

だから本件も当然ながらマスコミの報道を鵜呑みにするわけにはいかないが、それでも、この事故を運転手だけのミスに帰結するわけにはいくまい。14名もの人間が死んだのである。刑事、民事ともに、反省だけで許されるわけにはいくまい。それも、過失致死程度で済むのか、殺人罪まで適用するかは、おそらく運用のずさんさが効くだろう。

アメリカだったらきっとドラマに使われるネタだろうよ、と思うが、日本ではそれは無理だ。なぜ無理かと言えばまずその能力がないし、次のそういう意図がないし、あっても、まぁ色々なしがらみでつぶされる。

だが、登場人物はごく単純で、運転手、配車係、バス会社の社長、次に発注元の担当者、発注元の社長くらいで争えばよいのである。運転手の方はなくなってしまったので、彼が自殺をしようとか、運転中に心筋梗塞や脳梗塞を起こしたのでなければ、居眠りの可能性が高いだろう。

だが、この人は1っヶ月前までは、近郊の中型バスを主に乗っていたらしく、いきなりスキー場、しかも碓氷峠超えとかって、ちょっとありえなくないだろうか。配車係は高速を使うように指示したというが、実際は下の道を使うように脅したとか、けしかけたもよくありそうな話だ。さらに、それは社長の厳命であったもあるし、

第一、国土交通省が示した下限よりも安い契約をしたという点で発注元も処罰させられずにはおかれまい。ここに国土交通省までもが犯罪に加担していたらドラマはぐっと盛り上がる(一話では完結しない、to be continued ... になるのだが)、今回に限れば、その可能性は小さそうである。

ともかく、この事故はミステリーであって、それを解明するのは、とても大切だと思うが、もしかしたらバス会社の半数はこの事故をきっかけに廃業に追い込まれるかもしれない。だとしたら、明らかに、費用体系に問題が起きていて、現場レベルは、必死になってインフレ化した環境の中で、必死にデフレ的な動きをしているということになる。

なぜコストを下げようとするのかをよく研究すれば、日本の経済状態であるとか、安倍晋三が必死にインフレターゲットを行っているにも関わらず、ここまでのデフレ的行動を企業がとるのかがわかってくるかも知れない。それは安倍内閣の経済政策とも直結するのではないか、と訝しるのである。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1949633533&owner_id=6393203
「家族も参加する大運動会」「新人が社員旅行を企画」 日経ビジネスの「やる気向上」特集にネット民「まるで罰ゲームだ」 | キャリコネニュース

バカと虫は幾らでも湧いて出てくる、と警告したのは、沈黙の春のレイチェル・カーソンであったか。

「無気力社員ゼロ計画」は、どこかの中小企業がやってそうな話であって、モチベーションという言葉はまずはサッカーで顕著になった考え方であろうか。短期決戦は、その成功はモチベーションに依る。

これはある意味では真実であって、ただ問題は短期決戦とは何日(時間)までかという見極めが大変難しい。

すなわち、日本は4年の短期決戦をアメリカに挑んだのであるが、長期展望にたけるアメリカの前には待った通用しなかった。

更には、「従業員の生産性を上げるため」の「無気力社員ゼロ計画」というのだから、徹夜でもして今日だけは乗り切るってレベルじゃない。

もうね、この国はこぞって『一億総牟田口廉也化計画』でも実行する気かと。目の前がくらくらする。
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E7%89%9F%E7%94%B0%E5%8F%A3%E5%BB%89%E4%B9%9F

「皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。」

「『やる気向上』こそ経営課題」はそのまま上記の言葉が通用する方法論しか提示できていない。我々は結局同じところに戻ってきたようなものだ。

生産性の向上というなら、まず、数式化して説明すべきだし、その施策がどれほどの効果があると考えられるか、数式のパラメータとして説明すべきだろう。

生産性とは、利益のことである。利益に対する労働力の割合のことだ。生産性が高いとは、低い投資で高い収益を得る方法論であるから、多く分ければ、ふたつの要素に働きかけるしかない。

ひとつは価格を高く設定する。すると、個数が変わらないならば、生産性は高くなる。しかしたいていは売り上げが下がるから寄与しにくい。

そこで経済学者が注目したのは労働力側である。給与を下げるのが、生産性を高くする最も簡単で最も効果的な手法である。はやいはなし、労働者を奴隷に置き換えれば、生産性は莫大に上がる。

それをするのに邪魔になるのが法律だから、法律を変えましょうと訴えたのが、竹中平蔵である。こいつはあらゆる苦しみの中で惨めに死んでいくべき人間の一人であるが、言ってることはとても簡単である。労働者など使い捨てです。偉い人にはそれがわからんとです。ということで、法律を変えたのである。いま自殺しようとしている3万人は死ぬ前にこいつを恨むべきなのである。

さて、一般的に、奴隷にはできないから、生かさぬように殺さぬようにという江戸時代の農民に言われていた文言をそのまま使おうするわけである。しかし、費用をケチれば当然、やる気はそがれる。やる気が削がれた労働者がどうなるかは、ソビエト連邦とアメリカでもうはっきりしている。

日本企業の強みは高い労働者意識であって、ある意味では末端まで美意識が浸透している点にある。丁寧で、きめ細かい、自尊心をもって労働を行う。それが道のどかちんから工場の生産から、はてまて、設計家にまで浸透しているのである。

美しさというものを命題として労働に従事するのは、ある意味では信仰の告白であって、小室直樹が指摘したように、資本主義の要諦は信仰にあるという点で、それがヨーロッパと日本でしか生まれえなかった理由になるそうである。

いずれにしろ、そういう貧しくとも律するという美意識を竹中平蔵は破壊したわけであり、金こそすべて、儲けが最高の善であるという思想に転換したのであるから、当然ながら、費用に見合った労働以外は提供しないというのが、当然の帰結である。

やる気を出してほしいならお金を出す。その費用の範囲内でならやる。そういう風に労働環境が変わった以上、世界に対する日本のアドバンテージは失われたのは自明である。第二次世界大戦時にはすでに日本陸軍は時代遅れであった。

ということに「日経ビジネス」でさえ無関心である。つまり、この国は基本的に短期決戦的思考しかできないということ。これが文化なのか教育なのかはわからない。ただ、あれだけの戦争をしても、気づかないというところに、気づいてもその方針を取れない理由もあるのではないか、という感じもしないではない。

つまり、10年後をどれだけ語っても、明日の飯に困るならば、明日のための施策を行うしかない。それが10年後に破滅する可能性を高めようとも。もちろん、上位の何名かにはいれば、そのまま勝ち逃げができるのである。

という椅子取りゲーム的な経済政策が始まるのかもしれない。いずれにしろ、やる気とはやっかいなものではある。これは宝くじと同じであって、買っても当たるとは限らないが、買わなければ絶対に当たらない理論がそのままやる気に応用できるからだ。

やる気があってもできるとは限らないが、やる気がなければ決して達成できない。努力してもできるとは言えないが、努力しないてそれをつかめないよ。。。あなたが天才出ない限り。的な。

つまり、この論理はいかにも十分条件と必要条件の素振りを見せてくるのである。ではやる気が生産性の十分条件ではないとして、やる気は果たして生産性向上の必要条件であるか。それとも、やる気とは、給与を支払わないための雇用者の方便に過ぎないのか。

こうして、悩ましい論争だけが始まるのである。だが、日経はダメだ、なぜ世界中が、FT買収を訝し気に見ていたかがわかっていた。世界中の人は日経という企業は出す様々な記事を読み、こいつらは、短期と長期の違いさえ意識できていないということを知っているのである。たぶん、間違いない。

ま、牟田口には決して通用しない論理だろうけど。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1949632658&owner_id=6393203
2012/01/02
からっとした寒さの日には年明けまし

2012/01/02
寒き日の空を彩る明るさは枯れた山肌に雪の降りけり

2012/01/05
沈黙の音しんしんと雪降れり

2012/01/05
止めどなく落つる雪のひとつをつかみ

2012/01/08
誰も立ち止まらない、誰かが見つけたと言うまで誰も振り向きもしない。

2012/01/11
雲間から流れる舟や安芸の月

2012/01/11
音もなく雲を明るく照らす月

2012/01/20
真っ白な音を聞きながら眠るらむ

2012/01/24
積もりけるどこもかしこもどこまでも

2012/01/25
便りには古里に雪降るとある

2012/01/25
文にある大雪の文字白さなり

2012/01/28
雨降るまでは氷ていなませ道端の雪

2012/02/03
道端に陽射し来ませり冬の朝

2012/02/08
雨降れど消えずに雪の残るあり

2012/02/13
そう言えば冷たいみかんを食べていた

2012/02/18
未来に絶望したのなら神を信仰したのだ。

2012/02/18
寝てる間に全てを白く雪が染め

2012/02/21
雪景色 青空エールと 夏みかん

2012/02/29
朝暗くいつしか雪に変わりけり

2012/02/29
梅に降る雪ぞ散りゆく花に見ゆ

2012/03/04
暖かな冬の目覚めの朝なれば人の声する人の音する

2012/03/13
遥か春かいつの間にか春か咲く

2012/03/14
空見ればすぐ近くまで来たるらし

2012/03/19
葉が揺れて音せば春の来たるなり

2012/03/19
雲の先に未だ来ぬ春はいませり

2012/03/23
ふと見れば桜の咲くを見たのだ

2012/03/25
言葉になる前のもの、かつ言葉の生まれ出ずる所。

2012/03/26
あの津波が夜に来てたらとんでもない事になってたんだね。

2012/03/30
遠くから蕾日々日々はじけるや

2012/03/31
風が叩く暖かな春の夜明け

2012/03/31
雨と風と草が揃って春の嵐

2012/04/01
春の木が花咲く前の形して

2012/04/04
ひとつふたつ蕾の中にみっつ四つ

2012/04/09
春の日や広がる枝に桜あり

2012/04/09
目の前の開けば花の乱れ舞い

2012/04/10
よどみなく時に留めし桜花

2012/04/15
桜散ったか花びらの雨に濡れ雨粒の落ちると共にこの春の1日

2012/04/16
こい色にしだれ桜のありける

2012/04/22
花びらを敷き詰めて色染めた道通って行けば今も降りつむ

2012/04/22
緑野に桜のありて山の色

2012/04/27
葉桜に暖かな日々の始まり

2012/04/30
白峰をたたずませ夕の五月ふじ

2012/05/13
気持ちは込めるもの、気合いは入れるもの、心は沿わすもの。

2012/05/17
草が萌え息吹く季節の名を知らん

2012/05/22
春から夏の間によき風の吹く

2012/06/09
六月の眠りは屋根に雨降りける
2011/10/02
古家へ稲穂を渡り風が来る

2011/10/05
見上げればどこかにかある金木犀

2011/10/05
風もなくたたずむ香り金木犀

2011/10/08
海の波は絶えずしてしかも本の波にあらず。波間に浮かぶうたかたはかつ消えかつ結びては久しくとどまることなし。世の中の波に乗る人かくの如し。

2011/10/09
その馬鹿馬鹿しさが純粋さから来てるかと思えばまさに愛おしい。だが今は捨てていくぞ。救うのは神の仕事であって私のではない。

2011/10/10
世界の豊かさは水の量を越えられない。

2011/10/14
暖かな秋通り過ぎ暮れゆかれ

2011/10/17
雲白く秋を染めたる月ひとつ

2011/10/17
高くあり朧月夜のこの真上

2011/10/17
深海が好きな者は深く探求するし、空が好きな者は広く探求する。宇宙が好きな者は高みを目指し、大地が好きな者は道を目指す。

2011/10/18
草むらに音のするなりくらし秋

2011/11/01
木陰から冬の生まれる昼間かな

2011/11/01
鯉一つ二つ緋鯉三つ四つ

2011/11/11
稲穂なき秋の田んぼに草も枯れ

2011/11/11
夕暮れは柿木色の落ち葉かな

2011/11/13
海と空 境界線の 命かな

2011/11/14
幾重にも重なる雪に光さす松の青葉に水の流るる

2011/11/17
暖かさひらり冷たさひらりあき

2011/11/19
ふるさとは 山の夕暮れ 柿の木染め

2011/11/20
雨落つる枯れ葉と池の止まぬ音

2011/11/27
静けさの星の瞬き冬近し

2011/12/02
寒さよ雨が連れてきた寂しさよ

2011/12/11
天空の子供見たりし欠けた月

2011/12/13
ゆっくりとまう鳥になり空を見る

2011/12/13
はらはらと木の葉が落ちてまた落ちて

2011/12/13
とめどなく落ちる枯れ葉の雪に似て

2011/12/13
死した赤とんぼ乾いて草に居て

2011/12/13
赤とんぼ願成就して朽ちている

2011/12/17
雨上がり雲の過ぎたる日差しかな

2011/12/21
三笠山月は登りて日は落ちて

2011/12/21
月の下半身から冬や滴り落つ

2011/12/25
雪の降るしんしんと音すなり里

2011/12/30
下弦浮き凍える波を切り裂いてビルの合間にうっすらなる月
2011/08/06
僕たちはあの戦争への疑問を身を持って体験出来る時代に今いるというのに。

2011/08/09
どんな宇宙人と出会っても周期表だけは直ぐに解り合えるはずだ。

2011/08/10
星の声に答えるかのよに蝉の音

2011/08/15
たかが一回降伏文書に調印したぐらいで何が敗戦かね。あんなのただの紙切れに過ぎません。

2011/08/15
鳴く蝉や枝先青く沈む空

2011/08/16
答えを知ってるような人を先生とは呼ばない。

2011/08/20
意志のある所に信念生じ成果求める所に妥協生む

2011/08/25
ふと秋の音色に変わるや蝉の声

ふと秋の風に聞こえる蝉の声

2011/08/26
夜に突然の蝉の鳴き始める

夜更かしの静けさ蝉の声涼し

2011/08/28
青空の高き雲風の冷たさ

2011/08/31
雨音の続くしとねの匂いかな

2011/09/04
涼しさや林に消えゆく蝉の音

2011/09/14
始まりの笑顔が結ぶ秋の空

高き空に泳ぐ魚の如くなり

涼しさに歩き続ける秋の芝

2011/09/17
二十Q玉袋ローンはいやや

2011/09/18
人間的なあまりに人間的な世界、それは人間が見つめる世界。を見つめる鳥の世界は鳥的なあまりに鳥的な世界。の鳥に食べられる虫的なあまりに虫的な世界。

2011/09/19
白き腕映える夕暮れ晩夏かな

2011/09/21
秋雨の音の激しさ流れてく

私は無神論者だよ、少なくとも君たちの神についてはね。

2011/09/22
雲暑く薄暗がりに雨が降る

道が二つしかないなんて可哀相

2011/09/25
絶え絶えに千年先へ蝉が鳴く

途切れつつ聞こえる蝉やたれか聞く

2011/09/27
始めにしてこの世の最初の元素なり炉を壊すのはもうやめたまえ

2011/09/28
寒けさの夕来たりなば風香る山の静まり落ち葉音して
2011/04/23
雨が降ってウランを冷やす今年の春です

2011/05/02
春の風は強いと言いますが、(その風のせいで)文鎮を外した紙が散乱しなければいいのになぁ。

2011/05/08
暁の 空の遠くに

2011/05/19
人が津波の様に押し寄せては流れてゆく。その思考や感情のうねりは引くことのない波だ。海岸にいる虫が何もなかったかのように歩いているのに、意味のない言葉をノイズにせずにはいられない。だけど、あの日から何も語れずにいる。

2011/06/10
核の力はなんだか黄泉の国のイメージがする。なるほど冥府は放射性物質が充満している世界か。

2011/06/11
畢竟死生観也。

2011/06/12
石の動きも水の流れの如し。

2011/06/17
雨粒が夜明け前では水の音

2011/06/21
嵐の前のような曇天が好きだ。暗い雲が次第に青空を覆い風が強くなってくる。遠雷が鳴り、カラスの群れが飛ぶ。ゴッホのカラスそのままに。


2011/06/24
そうか!福島第一の汚染水は今頃クサレ神になって湯屋に行ってる頃だな。そうだ、私の名前は福島第一発電所二号機、水素爆発を免れたただ一つの原子炉建屋だ。

2011/06/25
ボクはアトム。君は誰?

2011/06/25
さあ行こう、宇宙まで行けばきっと新しい解決方法が見つかるよ。大丈夫、ボクが連れて行ってあげるよ。


2011/06/26
東京にないのは空ではなく山だと思う。阿多多羅山だっけ。伊勢まで来ると山が違うなぁ。

2011/07/01
近くの雷は流石に音が違うねぇ。♯だね。遠くのは、どうもモコってていけねぇや。

2011/07/16
雪解けの祈りなき水の透明

2011/07/28
音を立て屋根を叩くは夏の雨

2011/07/31
人は誰だってね死ぬときに抱えてる風景があるもんだよ。
2011/01/28
梅が咲く、満開ひとり

梅が咲き、満開の梢高く
私は一人空を見上げる

障子越しの揺れる枯れ草
2009/11/29
街中に明かりがともり風の祝福

2010/08/14
カナカナとひとしきり鳴く夕立ち哉

2010/08/23
秋風の予感させるや蝉の音

2010/08/30
電柱に秋を見ている雀香奈

2010/09/01
秋風の吹くなり夏の終わり頃

木陰にはいつの間にやら秋の風

2010/10/18
あるいても歩いてもまた金木犀
少しお話しをしませんか。
僕の中にあなたがいます。

何かしら魅せられたようです。
あなたに。

その眼差しに何かしら
心を射抜かれたようです。

君の心を教えて下さい。
僕は君に愛を告白します。

この心の中に何かしら
伝えたい気持ちがあります。

あなたの思いをどうか
僕に見せてください。

この心を受け入れてください。
返事を待っています。

名も知らぬ君へ。

(94/4/18)