今夜の『SMAP×SMAP』一部を緊急生放送 5人で心境語る
フジテレビとジャニーズ事務所は18日、同日午後10時15分から放送予定の『SMAP×SMAP』の内..........≪続きを読む≫
いや、彼ら5人の謝罪を見て、ただ屈辱の表現に圧巻された。
キムタクの優越感、淡々と話す感情を封じ込めた稲垣、明るく務めても心の中を抑えきれない香取、一瞬で感情を発露させてしまったナカイ、そしてさらっと核心をつく発言をする草なぎ。
これは屈服と優越感の混在するひとつのユニットと思った。そう、最初の感想としては。
しかし、ふとひとつの疑念が僕の中に生じる。彼らは25年もの長きに渡り、この世界で SMAP を演じてきた人間である。今さら感情を抑えきれないなどありうるだろうか。カメラの前で自分をコントロールできないなどという状況がありえようか。
そう考えれば、するするするーとすべての絡み合った糸がほぐれ、とても得心のいく結論を得るに達することができた。彼らの見事な演技の競演。
彼らはこのような過酷な状況においても、自分たちのパーソナリティを、作り上げてきたキャラクターを最大限に演じたのである。おそらく5人は話し合ったはずだ。どういう順番で話せば彼らの言葉が最大限の効力を発揮するかを。
お互いの長所もそして短所も知っている。どの順番で語れば SMAP の存在感を際立たせることができるか。自分たち自身を演じたに違いない。
そう、あの会見は彼らの演技の競演である。これまで叩きに叩き、鍛えに鍛えてきた演技力の最大に発現なのだ。そこにあるのは計算しつくした演出と、それを支える演技力、そして SMAP というキャラクターである。
キムタクが最初に口火を切ったのも必然であった。彼だけが残る決断をしたから場を仕切ったわけでもない。彼が衆目を集めるには最適なのだ。最初が彼でなければ視聴者は注目しないのである。
誰もが目をつぶって彼の声を聴けば、あれば久利生公平の語りと何ら変わっていないことに気付くだろう。謝罪会見だろうがドラマの中であろうがキムタクはキムタクにしかなれない。
それが彼の凄みであるが、逆に言えば SMAP の中で最も演技力の欠落しているのである。彼には先陣を切る意外の居場所はないのである。
次に稲垣吾郎。彼は本心を隠しきったように自分を表現する。その素振りはまるでチューリングが自らの本心を隠すかのような。そんな彼の表情の中に、人は何かを読み取ろうとする。
キムタクの前置きを受けて最初の流れを生み出すために、彼の穏やかで表情を表さない雰囲気が自然さを演出する。
最初の露払い、としてもっとも適任である。おだやかにだが、この先でどうなるだろうか、何が起きるのだろうかと人々に緊張の準備をさせる。だから彼は謝罪もしなかい。謝罪の言葉を口にするには早すぎる。彼はただキムタクの言葉を引き継いだに過ぎない、序章の幕を開ける役割を果たしたのだ。
香取慎吾。彼の明るいキャラクターは、逆に言えば深刻さは苦手である。彼のパーソナリティはギャグ的であるから、出番は最初の方がいい。だから、彼に与えられた役割は謝罪を最初に口にするというものであった。それが最初の突破口となる。
起承転結の承。明るさを抑えて神妙な顔つきで居るだけで、その意味する所は視聴者には明白である。そして、彼の役割は謝罪を最初に口にし、残りの二人にどうつなげていくか。
その未来を暗示させるために、彼には長い沈黙が必要であった。何かを言いたい、いや、いっそ話すことを拒絶してやろうか。だが、それができなかった。長い沈黙はそういうものを表現している。つまり、彼こそが最初に屈服を表現したのである。
そして中居正広。世間の人々がどう思おうが、この人が SMAP の中ではもっとも演技力がある。戦争犯罪人から発達障害者までを演じ分ける力を有しているのは恐らく彼だけだろう。
だから、彼でなければ、あのため息は出せないのだ。ため息の中にすべての思いが込められている。そういう演技を見事に演じきったというわけだ。
なぜ彼がラストではなく最後から二人目であったか。ここにクライマックスを持ち込んだのだ。彼の演技力がなければ、とても表現しきれない感情というものがある。
これを見た視聴者は明らかに彼が何かを言いたいことをぐっと押し留めていると理解する。そう思えるのは、彼らが緻密の計算した演出の流れの中で、その役割を見事に演じてきたからである。
だから草なぎ剛の存在感が最期に重要となった。飄々としたとぼけたキャラクターがあの発現には必要であった。彼でなければ許されない発言があった。
それを彼だけがもつユーモアが支えたと理解する。彼でなければ謝罪という爆弾発言はこうもさらっとは流すことは出来なかった。他のメンバーが同じ発言をしたならば全く違った印象を受けるだろう。
草なぎ剛だからこの暴露が許される。ほかのメンバーも予定調和のように何もなかったような顔をすることができたのである。この発言には草なぎ剛という存在感が絶対に必要であり、余人をもって変えるを能わずである。
それを受けて木村拓哉が自分の言葉でまとめる。彼の言葉に嘘は似合わない。
ここには、解散の言葉も継続する宣言もない。多くの謎を視聴者に残した一遍のドラマなのである。どのようなドラマよりも臨場感を持つ物語。これを支えた彼らの力量には感心せざるえない。
ここにあるものは、本心を抑えきれなかった感情の発露などではないし、ましてや個々人が自分の気持ちを述べたものでもない。5人で SMAP というパフォーマンスをしたのである。計算し尽くした彼らの芸がこれほど見事な大輪の花を咲かせようとは。これを超える演技など他の誰に可能であろうか。
最高のパフォーマンスをありがとう。
彼らがどれだけお互いの事を知り尽くしていたか。どのような流れにすれば視聴者を魅了できるかを計算し尽くした構成力、それを支える彼らの演技力と個性、それを生放送の中でやってのける人間力。
思うにこれほどの演技はそうそう見れるものではないのである。ここに SMAP の力量がある。こんな素敵な舞台が他にあるか?
ブラボーー!!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1949655835&owner_id=6393203
フジテレビとジャニーズ事務所は18日、同日午後10時15分から放送予定の『SMAP×SMAP』の内..........≪続きを読む≫
いや、彼ら5人の謝罪を見て、ただ屈辱の表現に圧巻された。
キムタクの優越感、淡々と話す感情を封じ込めた稲垣、明るく務めても心の中を抑えきれない香取、一瞬で感情を発露させてしまったナカイ、そしてさらっと核心をつく発言をする草なぎ。
これは屈服と優越感の混在するひとつのユニットと思った。そう、最初の感想としては。
しかし、ふとひとつの疑念が僕の中に生じる。彼らは25年もの長きに渡り、この世界で SMAP を演じてきた人間である。今さら感情を抑えきれないなどありうるだろうか。カメラの前で自分をコントロールできないなどという状況がありえようか。
そう考えれば、するするするーとすべての絡み合った糸がほぐれ、とても得心のいく結論を得るに達することができた。彼らの見事な演技の競演。
彼らはこのような過酷な状況においても、自分たちのパーソナリティを、作り上げてきたキャラクターを最大限に演じたのである。おそらく5人は話し合ったはずだ。どういう順番で話せば彼らの言葉が最大限の効力を発揮するかを。
お互いの長所もそして短所も知っている。どの順番で語れば SMAP の存在感を際立たせることができるか。自分たち自身を演じたに違いない。
そう、あの会見は彼らの演技の競演である。これまで叩きに叩き、鍛えに鍛えてきた演技力の最大に発現なのだ。そこにあるのは計算しつくした演出と、それを支える演技力、そして SMAP というキャラクターである。
キムタクが最初に口火を切ったのも必然であった。彼だけが残る決断をしたから場を仕切ったわけでもない。彼が衆目を集めるには最適なのだ。最初が彼でなければ視聴者は注目しないのである。
誰もが目をつぶって彼の声を聴けば、あれば久利生公平の語りと何ら変わっていないことに気付くだろう。謝罪会見だろうがドラマの中であろうがキムタクはキムタクにしかなれない。
それが彼の凄みであるが、逆に言えば SMAP の中で最も演技力の欠落しているのである。彼には先陣を切る意外の居場所はないのである。
今日は2016年1月18日です。先週から我々SMAPのことで世間をお騒がせしました。そしてたくさんの方々に、たくさんのご心配とご迷惑をお掛けしました。このままの状態だと、SMAPが空中分解になりかねない状態だと思いましたので、今日は自分たち5人が顔をしっかりそろえて、皆さんに報告することが何よりも大切だと思いましたので、本当に勝手だったんですが、このような時間をもらいました。
次に稲垣吾郎。彼は本心を隠しきったように自分を表現する。その素振りはまるでチューリングが自らの本心を隠すかのような。そんな彼の表情の中に、人は何かを読み取ろうとする。
キムタクの前置きを受けて最初の流れを生み出すために、彼の穏やかで表情を表さない雰囲気が自然さを演出する。
最初の露払い、としてもっとも適任である。おだやかにだが、この先でどうなるだろうか、何が起きるのだろうかと人々に緊張の準備をさせる。だから彼は謝罪もしなかい。謝罪の言葉を口にするには早すぎる。彼はただキムタクの言葉を引き継いだに過ぎない、序章の幕を開ける役割を果たしたのだ。
この度は僕たちのことでお騒がせしてしまったこと、申し訳なく思っております。これからの自分たちの姿を見ていただき、そして、応援していただけるように精一杯頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします。
香取慎吾。彼の明るいキャラクターは、逆に言えば深刻さは苦手である。彼のパーソナリティはギャグ的であるから、出番は最初の方がいい。だから、彼に与えられた役割は謝罪を最初に口にするというものであった。それが最初の突破口となる。
起承転結の承。明るさを抑えて神妙な顔つきで居るだけで、その意味する所は視聴者には明白である。そして、彼の役割は謝罪を最初に口にし、残りの二人にどうつなげていくか。
その未来を暗示させるために、彼には長い沈黙が必要であった。何かを言いたい、いや、いっそ話すことを拒絶してやろうか。だが、それができなかった。長い沈黙はそういうものを表現している。つまり、彼こそが最初に屈服を表現したのである。
本当にたくさんの方々に心配をかけてしまい、そして不安にさせてしまい、申し訳ありませんでした。
(少し間を置き)
皆さまと一緒にまたきょうからいっぱい笑顔を作っていきたいと思います。よろしくお願いします。
そして中居正広。世間の人々がどう思おうが、この人が SMAP の中ではもっとも演技力がある。戦争犯罪人から発達障害者までを演じ分ける力を有しているのは恐らく彼だけだろう。
だから、彼でなければ、あのため息は出せないのだ。ため息の中にすべての思いが込められている。そういう演技を見事に演じきったというわけだ。
なぜ彼がラストではなく最後から二人目であったか。ここにクライマックスを持ち込んだのだ。彼の演技力がなければ、とても表現しきれない感情というものがある。
これを見た視聴者は明らかに彼が何かを言いたいことをぐっと押し留めていると理解する。そう思えるのは、彼らが緻密の計算した演出の流れの中で、その役割を見事に演じてきたからである。
今回の件で、SMAPがどれだけみなさんに支えていただいているのかということを、改めて強く感じました。 本当に申し訳ありませんでした。
(ため息をつき)
これからもよろしくお願いいたします。
だから草なぎ剛の存在感が最期に重要となった。飄々としたとぼけたキャラクターがあの発現には必要であった。彼でなければ許されない発言があった。
それを彼だけがもつユーモアが支えたと理解する。彼でなければ謝罪という爆弾発言はこうもさらっとは流すことは出来なかった。他のメンバーが同じ発言をしたならば全く違った印象を受けるだろう。
草なぎ剛だからこの暴露が許される。ほかのメンバーも予定調和のように何もなかったような顔をすることができたのである。この発言には草なぎ剛という存在感が絶対に必要であり、余人をもって変えるを能わずである。
皆さんの言葉で気づいたこともたくさんありました。本当に感謝しています。今回、ジャニーさんに謝る機会を木村くんが作ってくれて、今僕らはここに立てています。5人で集まれたことを安心しています。
それを受けて木村拓哉が自分の言葉でまとめる。彼の言葉に嘘は似合わない。
最後に、これから自分たちは何があっても前を見て、ただ前を見て進みたいと思いますので、皆さん、よろしくお願いいたします。
ここには、解散の言葉も継続する宣言もない。多くの謎を視聴者に残した一遍のドラマなのである。どのようなドラマよりも臨場感を持つ物語。これを支えた彼らの力量には感心せざるえない。
ここにあるものは、本心を抑えきれなかった感情の発露などではないし、ましてや個々人が自分の気持ちを述べたものでもない。5人で SMAP というパフォーマンスをしたのである。計算し尽くした彼らの芸がこれほど見事な大輪の花を咲かせようとは。これを超える演技など他の誰に可能であろうか。
最高のパフォーマンスをありがとう。
彼らがどれだけお互いの事を知り尽くしていたか。どのような流れにすれば視聴者を魅了できるかを計算し尽くした構成力、それを支える彼らの演技力と個性、それを生放送の中でやってのける人間力。
思うにこれほどの演技はそうそう見れるものではないのである。ここに SMAP の力量がある。こんな素敵な舞台が他にあるか?
ブラボーー!!
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1949655835&owner_id=6393203
