最強である。とも言える。 -26ページ目

最強である。とも言える。

〜好きなことをしよう〜

お茶会デビューの日・・・とうとう逃げられませんでした。


ビシィィィ!っと和装を身に着けたたくさんの人が

せわしなく行き来する様子をみて 「こわ。」 と思いました。


最強である。とも言える。-ochakai


実のところ 何を間違えたのかあんまり覚えてない。

着物は暑苦しいし、緊張するし、倒れるかと思った。

たかが13人なのに、めっちゃ手ふるえて汗かいた。


場全体が、それだけ美しく洗練されていて

ごまかしのきかない厳しさを感じました。「こわ。」


最強である。とも言える。-ochakai


でも中に入ってみると、昔の人へのリスペクトと遊び心がつまった

とっても専門的でクリエイティブな文化なんですね。

伝統を継承する人っていうのは、

その理由とか経緯をちゃんと説明できるくらいに理解しているから

「これがルールだから。」みたいな事をむしろ言わない。

それぞれのこだわりでしつらえたお茶碗やお茶菓子や

掛け軸や生け花やその他もろもろの茶道具なんかのことを

つつましく、嬉しそうに話してくれます。

それだけこだわっても 暗いマニアックさが感じられないのは、

どうしてなんでしょうねー。

なぜか雰囲気が、とっても明るいのです。



いくつもの茶席が同時進行していたのですが、

うちの茶席では、丸い生菓子を出し

なめらか~なこしあんの上にほんの少し、金粉がついていて

2つに切ると、中につまった黄色いたまご餡がパァァァっと見える。

「わずかな光をたどって明るい明日へ」 という意味なんだって。


この会場が教会の中にあったからかも知れないんですが

「祈り」みたいなものを あちこちに感じました。


終わってすぐ、早替わりでキラキラのうちわを持って

韓流コンサートへ走っていった人のパワーに笑いました。


最強である。とも言える。-ochakai


よしっ。これからこれから。

丸の内朝大学 今期クラスが始まりました~

"アート・ヴォイス・メソッド"という講座。


みんなで「あー」とか たくさん言いました。


最強である。とも言える。-asadai x starbucks


いつだったか、MISIAさんが喉を痛めた時に

喉を休めるために もちろん歌ったり話す事はNGだけど

彼女の場合は音を聞くだけで声帯が震えてしまうので

TVをつけたりするのもダメ、という話を聞いたことがあって


今日やっと、声を出さずに声帯を震わすことが

はぁはぁ、特別なんですね、と理解できました。


最強である。とも言える。-marunouchi


喉は 鍛えるんじゃなく 「いかに使わないか」が重要なんだって。

声帯というのは 筋肉でできているので、

腰や肩と同じように 切ったら血が出るし 凝ったりもする。


声帯をやわらかーく、ゆるーくしておくことが 発声には大切で

常に声帯を震わせておけば イイ声が出るけど、

動かさないと固くなって、早く老化する。


上手に声が出たときには、体は無感覚なんだそうですよ。



声帯に負担をかけずに震わせるための練習をしました。

「ハイどうぞ、ゴー!」って合図で あーーーって言って

「ハイお飲み物を」って言われて 持参のDAKARAを飲んだ。


次回からは 動きやすい格好に着替えるんだって。

「ヨガマットはこちらで用意しときます」だって。

なんか めんどくさくて楽しい!


最強である。とも言える。-imagine studio


ウェーブのかかった長髪の クスノセ先生は

笑顔がピカピカしていて 元気で深ーいお辞儀をしてくれて

さては芸術家ですね?って感じの不思議な空気の人でした。


最強である。とも言える。-imagine studio


今回は新丸ビルじゃなくて、

有楽町にあるニッポン放送のスタジオなんだよ。


おかげで 朝がさらに早くなりました。キツい。眠い。

でもなんか、スタジオってかっこいいー!


朝活な2か月が始まりました。始まりました~

俳優と観客は、どちらが先に生まれたんだろう?


観客がお金を払い、俳優が報酬をもらうのは

そもそもどうしてなんでしょう?


"役者のたまご" だというマッサージ屋さんと仲良くなって、

一緒に ごはんを食べながら そんなことを考えました。


最強である。とも言える。-tokyo kichi


彼は、演じるほうが得じゃんって言うんです。

舞台の世界にひたれて、しかもお金がもらえるじゃないか、と。

私は、演じてたら舞台は見えないじゃんって応えました。

信じられないような顔で 「あぁ・・・本当に観客なんだ。」と言われて

この子面白い、と思いました。


ずっと頭の中にあることなんですけど、

「自分がやって、かつお金も払う」というのは新しいんですよね。


たとえばカラオケ。ボクササイズ。釣り堀。ラウンドワン。


何かをしてあげたり、収穫したり、というサービスの「苦労」の部分を

実はそこが楽しいんじゃない?と気づいた人が

お客さんと提供する側の関係をひっくり返した。


つまり「そんなに楽しいなら、俳優がお金を払いなさいよ!」

なんて言うのは、間違いとも言い切れないんじゃないかな。


いやこれは、あらゆる側面から考えても 際限なく面白いです。


最強である。とも言える。-tokyo kichi


初めて 男子の友達と 「出会えたのは運命だね!」 と笑いました。

ははは