最強である。とも言える。 -27ページ目

最強である。とも言える。

〜好きなことをしよう〜

最強である。とも言える。-koicha


覚えるステップは、お茶をたてた後に むしろ多いのです。


足がしびれて大ピンチだというのに!

お茶が出せた安心感に溺れていたいのに!


釜に水をさしてみたり

返ってきたお茶碗をきれいにしたり

もろもろの道具をお客さんが見られるように並べたり


「向こう側にあるアレを取るために、手前のソレをちょっとよける」

という事情があったとしますよね。

どちらの手で、どのへんを持って、どの方向へどのくらい動かすか

そんな細かい所まで決まっていて、ちゃんと理由があるらしい。

要するに、逆算しながら考えると覚えやすいのかなぁ。


自然にできるようになったら美しいのでしょうねー。

そんな日は来るんでしょうかねー。


最強である。とも言える。-mizusashi


明日、お茶会デビューしてきます。 逃げたい。

Minaっていいます。三鷹に住んでるんです。

そう言ったら、バクダさんは 柱に 「ミナ ミカタ」 と書きました。

心強いわぁ。


三鷹駅の北口を出てすぐ、小さな黄色いカレー屋さんがあります。


最強である。とも言える。-indra


世の中には、「ユニークの王道」ってありますよね。

インドが好き。とか 自転車で日本縦断。とか たこ焼きパーティ。とか。

富士山に登る。とか 陶芸を習う。とか

「趣味はカフェで読書です」って言うこととか。

そういうのを心から、まっすぐに経験してきた人は

親しみやすい真っ当さが身につくんじゃないか、と思います。


奇をてらう気持ちをベースにしてしまうと

実はそれほど変わってない、と知った瞬間に崩れるし

"メジャーなマイナー品"に対するミーハー心だけで近づくと

おかしな満足感で空っぽになる危険があるけど

素直に向き合えた人は、たぶんある種のハードルを克服してます。


地元の小さなインドカレー屋さんに入る、って

なかなか有望な 素直への一歩じゃないですかねぇ?


最強である。とも言える。-indra


いりぐちは引き戸で、中にはカウンターしかなくて、

インドの番組が流れる店内は 緩やかです。


釜焼きの大きなナンが迫力満点なので

剣道の「めーーん!」と同じ発音で 「ナーン!」と言いたくなる。


秘密だけどね。


最強である。とも言える。-indra


そんなに辛くなくて、

カウンターにおいてあるチリソースで自分用に調節できるよ。


インドラ Indra

東京都武蔵野市中町1-17 (北口から徒歩2分)

http://r.tabelog.com/tokyo/A1320/A132002/13049188/

未完成、といえばディズニーランドですが

まだ正解が出ていない状態って いいなぁと思います。


未完成品や"舞台裏"をのぞくことって、

創る側の特権って感じがするから

なんか嬉しいんですよね。


最強である。とも言える。-vapeur


素人による、未完成品~プロ風仕立て。みたいな位置づけが

今のブログでありツイッターであり、

"聖域の疑似体験"が簡単にできるようになっています。


未完成であることと 素人であることは似てる気もしますが

消費者であることは・・・どうだろう。

常に終わりがなくて、「ねぇ次は?」と言っている感じは

つながらなくもないかなぁ。


ハッピーな消費者でいるためには、

この創り手の疑似体験というのが役立つと思うんです。

だって、「ねぇ次は?」と言い続けたら絶対いつかは飽きるでしょう。

ありがたみを失って、批評家になっちゃうんですね。


政治家が市民の目線を忘れてはいけないように、

売り手が買い手のニーズに敏感なように、

消費者は、創り手のことを時々思い出すのがいいんだと思います。

自分のレベルだったら創れるモノはこれくらい、と思い出したり

じゃあこういうのはある?と能動的な探し方ができそうだから。


シロウトという名の、40人もの未完成な創り手たちが、

粗い粗いアイディアを出し合って遊びまくるというのが

丸の内朝大学の環境ソーシャルプロデューサー講座で

今朝はOBとして、そのファーストプレゼンを見学してきました。


「じゃあこういうのは?」が嵐のように浮かぶのは

すごく良い意味で"道なかば"な感じがするから、だと思うんだなー。

最っ高の不協和音。ごちそうさまでした。


今週から、私の今期クラスも始まります!わーいわーい