千葉に住んでいる姉が、


膝が悪くて、手術をしたら、検査でリウマチであることが分かりました。


亡くなった父の使っていたラドンを姉に送り、


姉は昨日一晩吸入してみたそうです。


私が前から「ラドン良いよ」といい続けていたのに、


全く耳を貸さず、私の話を聞かなかったのですが、


今朝メッセージが届きました。


「一晩吸入しただけなのに、体が元気になって、足が柔らかくなってる❗」


「ラドンって一体何⁉️」とやっと私の言っていることに耳を傾ける姿勢になりました。😅


ホンマに、家族が一番難しい。


末っ子だからか、私の言うことは聞き流される事が多く、


本当に残念な事がおおくて、一応、東洋医学やってる専門家なんだけどな~、といつも思ってました。


姉が難病になり、少しは話を聞いてくれるようになるかな?


でも、あんまり期待しないに限る。


家族が一番難しいですね。


代表にデレデレのミーも、私には冷たい。

序列というものが、どこの世界にもあるのですね。

みーたん「お前は触らせんぞ」

冷たい、みーたん❗私にも優しくしてよ❗


全てに感謝いたします。



幸地美奈子
古都治療院
ラドン吸入
水素吸入

最近は調子こいて、


仕事の後に王将ばっかり行っていたので、


史上最高の体重になってしまいました。


自虐ネタで、スタッフに「ハンプティダンプティに似てない?」と聞いたら、


スタッフ「ハンプティダンプティはもう少し大きいですよ」と慰めてくれましたが、


もう少ししか変わらんのかい❗と衝撃を受けました。


私は「全然そんなことないですよ~」というセリフが返ってくるものだと思ってました。😱


これは、大変だ!何とかせねば❗


とにかく、仕事の後の王将を禁止せねば❗


出来るかな~😅


みーたんは、嵐山でチクワのおじさんから、チクワを貰っていたのでデブ猫でしたが、

うちにきて、痩せました。

羨ましぃ~☺️

全てに感謝いたします。



幸地美奈子
古都治療院
ラドン吸入
水素吸入

引っ越しをして、


家賃も浮くけど、メンテナンスの場所が、一ヶ所になった喜びが大きい。


休みの時でも、嵐山店舗のメンテナンスのために、


よく行っていました。


それが行く必要がない。


しかも大きかったから、本当に結構大変だったんですよ。


よく排水も詰まったりしてましたし、


雨が降ったら、雨漏りの心配をしたり、


それが、一切必要無くなった喜びは、


かなり大きい❗


しかも、猫のみーたんにご飯をあげなければならなくなって、


朝5時に必ず雨の日も、風の日も、嵐山店舗に行っていたのです。


それが全て必要なくなり、費用も浮き、


こんなに幸せな事ってあるでしょうか、


嵐山店舗には、勿論感謝しています。


あそこだからこそ、経験できた事が沢山ありました。


色々な経験をさせて頂いて、そこからミニマムに変えたら変えたで、


それも幸せ。💕


代表は手堅い人ですが、私がやってみたいことをやってみる性格で、


よく、代表がやらせてくれるな~☺️と感謝しかありません。


本当に有り難うございます。



さて、今度、やってみたい事がまたまた出てきました。


今度は、コインパーキング運営をしてみたい。


いつ出来るか分からないけど、今の目標です。😁


みーたん「お前、性懲りもなく、又なんかする気か?」

だってやってみたいんですもの。😁

私は大人になっても三歳児と変わりませんね。

全てに感謝いたします。



幸地美奈子
古都治療院
ラドン吸入
水素吸入

5月に入ってから、物事が急速に動いています。


仕事のほうは、新規患者さんも多いけど、


亡くなる方も結構おられて、どんなに新規が来ても、


変わらず普通な感じなんですが、


でも、動きは激しいのです。


とにかく出入りが激しい、


色んな人から電話もかかってくるんですけど、


この前は、実費でご訪問させて頂いていて、終了になったクリニックのドクターから電話があり、


間違い電話でしたが、何と1日に8回位かかってきて、


とても取り乱していて、「先生も色々大変そうだな~」と思ったり


とにかく世の中全体的に、混乱している印象があります。


混乱期っぽい。😅


でも、この色んな動きをへて、


とっても良い事が起こる気がしていて、


私はとってもハッピーなんです。


この前の父の告別式の写真か届きました。


沢山の方にお花を贈って頂き、父喜んでいると思います。


みーたんはいつもゆっくり。



全てに感謝いたします。



幸地美奈子
古都治療院
ラドン吸入
水素吸入器

今回父の遺体安置所で、興味深いお話を聞きました。


第二次世界大戦の時に、沖縄から本土へ疎開をしていました。


うちのばあちゃんと父と妹、ばあちゃんの妹は、


対馬丸で疎開予定で、船に乗ろうとしていたところ、


ばあちゃんの親戚が、徒歩で名護から山賊のいる山を超えて、止めに来たそう。


ばあちゃんの一族は、「サーダカー」といって、


ユタのように、「感の働く人達」なので、


対馬丸の危険を察知して、遠い名護から止めに来たのです。


それを聞いて、ばあちゃんたちは、対馬丸に乗るのをやめました。


そして、対馬丸は敵の魚雷で沈没させられたのです。


数ヶ月後に又、疎開船が出たのでそれに乗り、


駆逐艦等が護衛していたそうです。


ある日、ばあちゃんがご飯をたべた後、嫌な予感がしたので、


子供達を連れて甲板に出たら、


後ろの船が、攻撃を受けて沈没したそうです。


すると日本の飛行機が飛んできて、敵を攻撃してくれて、


ばあちゃん達の船は無事に疎開できたそうです。


凄い話ですね。


興味深かったので、書きました。


全てに感謝いたします。



幸地美奈子
古都治療院
ラドン吸入
水素吸入器