遺体安置所というところで、
長く時間を過ごしているととっても寒いので、
他の方との、共同の待合室に避難したりしていますと、
電話をかける方等も、そこにやってきて、電話をしています。
その様な状況ですから、嫌でも話の内容が聞こえてしまうのですが、
昨日の60代位の方は、自分の下の兄妹が突然亡くなったようでした。
「順番では、私なのに、、、」
「前日まで元気に歩いていたのに、、、」
という話が聞こえてきて、
あらーお若い方が亡くなったんだな~、と思い、
そういえば、「息子です」と葬儀やさんに話していた男の子も、
10~20代にしか見えないな~と観察していました。
うちの父は、92歳で、「早く母ちゃんの所に行きたい」を連発して、
しかも、浮腫がはげしくて、溺れるような最後でしたから、
とにかく早く楽になることを家族全員望んでから亡くなったので、
皆、とにかくホッとすることができたのです。
「良かった良かった」という話しか出ません。
そういう意味では、父は苦しかっただろうけど、
家族のために、納得の時間を作ってくれた父は、
やはり最後まで家族想いでした。
特に、今回は兄2人が頑張らなければならない状況でしたから、
父に、相当助けて貰っていた兄2人にとっても、
大事な親孝行の時間だったと思います。
父が生前「私が死んだら、手帳に書いてあるところに電話してくれ」と頼まれていた長男は、
財布と一緒に入っていた手帳が施設で紛失してしまい、
どこに電話をして良いのか分からなくなり、
「電話ができなかった」と申し訳なさそうにしていました。
でも、まあ、だいたい一番大事なのは、
父の会社と、剛柔流の空手関係者、
お世話になった「りゅうせき」さんなので、
そこには連絡出来ました。
後の囲碁仲間、カラオケ仲間、釣り仲間、遠くの親戚、その他は、
新聞広告を見てくれる事を願います。
沖縄のお葬式は、必ず新聞に出すので、
沖縄県民の大事な仕事は、
毎朝お悔やみ欄をチェックすることなんです。
沖縄タイムス、琉球新報さんにも手配しました。
今日がお通夜で明日が告別式なのに、
私は今日のお昼に、京都にもどります。
でも、私の苦手な教会方式のお葬式になり、
とにかく教会の人達が、ほとんど助けてくれる式になりますから、
私には、毎度違和感しかないので、
それも必然かもしれん、と、帰ることにしました。
肉体は亡くなっても、霊魂は生きていると信じている私ですから
あまり、場所とか、形式とか、無理しなくても、
父に感謝の気持ちが届けば良いような気がしますので、(ま、五人兄妹の末っ子だから出来ること)
とにかく、「ま、いいか」です。
父はとても近くに居てくれてる気がします。
とても体が暖かいものに包まれている感覚がずーっとしてます。
父ちゃんが居なくなったこの世の苦難は、
もう助けてくれる人が居ないということなのですが、
いつまでも親に頼っていた自分に気がつき、
改めて、父の存在の大きさを感じることになるのでしょう。
見守っていてね。
本当に感謝しています。
