本当を言えば、
半年後には、訓練が始まりますが、
私は国体の練習にも出てましたので、
そこで練習中に右膝の靭帯を断裂してしまいました。
再建手術をしなければなりません。
協力隊事務局に事情を話し、
派遣を1年延期してくれることになりました。
沖縄で、私は南部の那覇に暮らしているのですけど、
中部にある病院の先生が手術が上手らしいと聞き、
遠いのにわざわざ中部病院で手術を行うことになりました。
途中、担当のドクターが、私の叔母さんの同級生だと言うことが分かり、
後に叔母さんの話では、
協力隊に行けないように、診断書を書こうか?
と聞かれたと言っていました。
なんちゅう事を相談してんねん❗
叔母は、私の人生を自分の判断で決める訳にはいけないからと、
ちゃんと診断書を書くようにお願いしてくれたそうです。ホッ。
先生は大事をとって、凄く丁寧に私を扱ってくれたのはいいんですけど、
私が、部分麻酔でなく、「全身麻酔でお願いします!」
と言った時に、目が光ったなーと思っていたら、
学生をぞろぞろ入れて、なんと11時間もかけて手術をしたそうです。
あまりに長かったので、叔母さんが体調をくずして、フラフラになったそうです。
そんなことが行われていたとは露知らず、
麻酔から目が覚めるときに、
おもいっきり看護師さんにビンタされて、目が覚めました。
そして、気がついてから人口呼吸器を取るんですね、
ビンタされて、同時に呼吸器抜かれて、オエッとなって、
それは、それは、ヒドイ目覚めでした。
また、少し眠ったんですけど、
気がついたら、病室に寝ていて、誰もいない。
凄く喉が乾いていて、どうしていいか分からず、
なぜか目の前にヤクルトがおいてあったので、
誰のか知らないけど、
それを三本飲んで生きながらえました。😄
そして、また、眠りにつきました。
気がつくと母がいて、
心細かったので、「しばらく病院に泊まってほしい」とお願いしました。
6人部屋で、母は、簡易ベッドで夜寝てくれたのですけど、
あまりの大イビキに、
次の日には帰って貰いました。😅
そして、大事をとって3カ月入院しましたが、(病院が遠いので通えないのです)
2週間ギブスをはめて、取ると、
私の膝は曲がらなくなっていました。
そこから、リハビリです。
少しずつ動くようにするんですけど、
最後は正座して、上から重しを乗せるど根性スタイルのリハビリでした。😵
そして、3カ月のうちに、週に2回くる移動パン屋さんがくるのを待ち焦がれるようになり、
凄く体重が増えてしまいました。😄
つづく。
幸地みなこ
古都治療院
嵐山のラドン吸入