小学校2年で、
勉強を放棄しましたが、
好きなことはしましたよ。
体育と美術。
この時間だけは、私の楽しい時間でした。
中学生になって、
ソフトボールをしだしたら、
とても楽しかったので、
ひたすらソフトボールをしていました。
高校受験の段階になり、
皆と同じ高校に進学すると思っていましたが、
進路相談で先生に、
「無理に決まってるじゃん」と明るく言われました。
ビックリしましたが、
仕方ないので、ランクを下げて高校受験し、
なんとか田舎の高校に入れました。
そこのソフトボールチームは、
創部以来1度も勝った事のないチームでした。
ピッチャーが、ストライク入らないので、
勝てるわけないじゃん❗とアホの私でも分かりました。
さて、誰もまともに練習をしないので、
こうなったら、私がピッチャーになり、
私がホームランを打てば勝てるだろう❗
と決めて、
1人ハードトレーニングをしました。
すると、誰も打てないので、
結構勝ち進み、県大会でベスト8まで一気に勝てるようになりました。
そして、それが目立ったのか、
短大に推薦で入学出来ることになり、
沖縄県の優秀な選手が集まったチームのキャプテンまでなれました。
また、この短大も、
九州大会を突破出来ないチームでしたが、
九州突破もできました。
国体にも出場できました。
ソフトボールのお陰で、
青年海外協力隊員として、
アフリカのジンバブエにも派遣させて貰いました。
日本に帰ってからは、
整体の勉強をして、
頑張っていましたが、
アホ過ぎて、国家資格が取りたくても、
学校の入学試験に合格出来ない状況でしたが、
40越えてから、
現在の福末代表と出会い、
国家資格を取りなさいと言われ、
専門学校受験を決めました。
受からなかったら諦めようと思っていましたが、
後から知ったのですけど、
福末代表は、その専門学校の理事だったので、
こりゃ最初から受かってたな、
と言うことで、
受かってしまいました。
地獄の3年間、
血圧を上げながら、
初めて勉強というものをしました。
なんとか国家資格を取得し、
晴れて、古都治療院に入社させて貰い、
いきなり所長として、
仕事をさせて貰っています。
私の人生は、
全くの無計画でした。
ほとんど遊んでばかりいましたが、
好きなことだけは一生懸命やっていました。
それで、今、
それなりにちゃんとなってるので、
今の子供達には、
本当に、やりたいことを、
自分で考えてやったら良いんだよ、
といってあげたい。
無茶苦茶みたいに見えることが、
ちゃんと自分の人生を自分の足で歩む自信として、
私の中に出来上がっています。
何があっても、
私はなんとか乗り越えて生きていける。
そんな自信が沢山あるというか、
自信しかない。
私はとっても恵まれていることを知ってます。
ご先祖さんの守りも強い、
いつも出会いも良い。
だから、大丈夫なんですよ。
何にも心配しないでOK。
皆も、そんな自信の持てる大人になってね。
それは、自分の感性で生きてきたから培われているものなんです。
自分のアホさに大感謝なんです。
ヘブニーズさん達も、本当に楽しんでますね。
大好き、こういうの。😄
全てに感謝致します。
幸地みなこ
古都治療院
嵐山のラドン浴
CS60
