日銀が10年前に物価目標を却下していた。当時の速水優総裁が物価目標について「経済を無謀な賭けにさらすということ。政策として適当でない」と導入に否定的な見解を述べていたことが決め手になったのであろう。
日銀はこのたび、2%の物価目標を課せられたが、物価目標は、あくまでやってみるまでどうなるかわからない大きなリスクも内包する壮大な社会実験であり、実施にあたっては、10年前のこの議論を忘れないでほしい。
産経新聞 1月29日(火)9時15分配信
日銀は29日、平成14年7~12月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表した。当時は不良債権処理が懸案だったが、デフレ克服も課題となっており、日銀は金融緩和策の一環として物価目標をめぐり議論。同年12月17日の決定会合で、当時の速水優総裁が物価目標について「経済を無謀な賭けにさらすということ。政策として適当でない」と導入に否定的な見解を述べていたことがわかった。この決定会合で、速水総裁は「インフレ予想ではなくて、成長予想を高めることが重要で、それこそが経済再生に向けた政策の王道」と強調。他の出席者からも「なかなかインフレにならないところから無理矢理やっていくので、かなりの確率で(目標幅を)オーバーシュート(上振れ)してしまう」(当時の植田和男審議委員)などと、物価目標の導入には慎重な意見が相次いでいた。
それから約10年後、日銀は今月22日の決定会合で安倍晋三首相の要請を受け入れる形で2%の物価目標の導入を決断。金融政策のあり方は大きく転換した。
当時はゼロ金利状態で利下げ余地はなく、日銀は当座預金残高を目標とする量的金融緩和政策を実施していた。日銀は、開催から10年がたった決定会合の議事録を半年ごとに公開している。