この前
山田邦子さんと話しをしてた時に
開催の決まった東京オリンピックの
話になった。
「でも、7年後って僕らどうなってるんだろ。元気でいるのかなぁ(笑)」
といくつも歳の違わない邦子さんにふざけた調子で言うと、邦子さんが眉をひそめて真面目な顔で言うのだ。
よくどんな話をしてんですか?と聞かれることがあるけど、ほとんどたわいもないけど真面目に話はいつも進行していることが多い。
「どうもね、東京オリンピックが決まって7年後というすごく中途半端な未来に希望が持てない中年がプチ鬱になったりしてるんだって」
邦子さんはフレンチもんじゃ焼きという変わりもののドロドロした一角の焦げ目をつつきながら少しトーンをそこだけ上げてぼくの目を見直して言うのだ。
聖路加病院のすぐ近くにあるこのお店では既に満員のお客さんで、誰も彼女の存在には気づいてないかのようだ。
「うーむ、なんとなくわかるような気もするなぁ。今年になってイギリス王室に新しい王子が誕生したと言って大騒ぎしてたけど、少し考えてみたら彼が国王になるなんて僕はこの世にいないわけだからねぇ」
僕はビールから少し前に新しい栓を抜いた赤ワインを飲みながらアボガドの入ったもんじゃをつついてた。
うーむ、
確実に私のこの星における時間は限られてきておる。
実は、昨日や今日に限られていたわけではなく、生まれた時から限られていたわけだけだし、青年期も限られていた。そこを理解していなかっただけなのだ。
そんな話の続きだと思ったのか邦子さんは、自分の大好きなある大先輩が年齢のせいかやたら最近気難しくなってきたんだ、とこぼしてた。
あらら、
今度は元気かどうかよりも、
健全なる精神だけでなく
健全なる肉体をも供えて生きていける
その時間を計算に入れねばならない。
組織を束ねていくには
おのずからトップとしての寿命というものがある。
若い伸びゆく組織とは、明らかに異質であるからだ。知識や経験だけでは無理がいつかは来るだろう。
そう思うと
それぞれが
いつまでに
どうなっていたいのか
という砂時計をいつも心静かに
感じていねばならないだろうな。
帰り際に
邦子さんのブーツを下足箱から
出して上げた時に
なんと可愛いブーツなんだろう
と楽しくなったのをいまでも
忘れない。