一週間の「甲府雪まつりツアー」も
エンディングに近づいて参りました。
水曜日の夜に東京から甲府に入り、
なんとなんと長いツアーでありました。
自然の前には人間は、
なすすべがありません。
土曜、日曜はパニックにこの山梨が陥っているのに、国の中枢はまだその異常事態に本当の意味では気づいていないのでした。
いや、土曜、日曜は休みだったので、
始動は月曜からとでも思ったのでしょうか。役所ですから。
陸路、鉄道が途絶えたこの甲州に物資が自衛隊のヘリコプターが入ったのは、月曜日でした。
その間、どれだけの人が気遣ってくださったことでしょうか。
命懸けで凍りついた雪道を送り迎えしながら食事の空いているところを見つけてご馳走してくださったことか。
だんだんと口数が少なくなってくる毎日の中で、どれだけのFacebook仲間に笑いで支えられたことか。
どれだけのTwitterで数少ない情報をさがしたことか。
どれだけ、どんだけ笑いながらも電話やメールをくだすった人に励まされたことか。
少しして出歩けるようになった甲府は、さながら北朝鮮のように外界から隔絶されておりましたが、妙な鎖国感が連帯意識を感じるのです。
おじさんはタリーズで本を読みながらヒマで寝てました。僕もヒマでした。
でも、何人の仲間に出会ったろう。
昔からお世話になってる人たち。
久しぶりに会う人たち。
Facebookでしか会話してなかった
初めて会う人。
その数はゆうに両手を凌いでいました。
もし、僕がこの直後に急死したとしたら、 この世のお別れに来たのではないか、というくらいにたくさんの人に会いました。
だから僕は寂しいどころか、
嬉しさでいつもお腹いっぱいでした。
ありがとう。
ありがとう。
あした、もうひと踏ん張りで
新幹線沿いまで出ます。
今日は、この一週間の難民生活の最後を締めくくるかのような大団円の宴会です。
最高のひと時でした。
まだまだ、街が元に帰るにはひと月以上かかるでしょう。
今回の大雪で
ハウスの果物のほとんどがやられました。取り返しがつかないくらいです。
お年寄りだけの家の雪かきは、どうなるんでしょうか。家から出られないと思います。
カーポートがつぶれて、壊れた車。
経済活動が停滞してしまう山梨。
法外な放映権料を支払ったからにはと、目をつむってスポー番組を垂れ流すマスコミ。
山梨の誰がそんな国際スポーツにいま興味があるだろうか。必要なのは、今日を生きるための情報なのに。
考えさせられた
「甲府雪まつりツアー」でした。
本当に現地でお世話になった方々。
遠くから心配してくれたみんな。
本当に僕は幸せものでした。
ありがとう。





