きょう、僕が引いた
OSHO禅タロットの一枚だ。
皆さんで共有してみよう。
「条件づけ(コンディショニング)」
という一枚が出たんだな、これが。
この絵にあるように
僕たちは生まれつきライオンとしての
本能的な雄々しさ
野生的な本能の中で
プログラミングされて生まれてきてるのだけども
親から
先生から
社会から
絶えずあなたを
難なく、折り合い良く
角のとれた
当たり障りのない羊として
プログラミングを変更されてきていますね。
なにも
とがりなさい、とか
喧嘩してでも貫き通せ
とか言ってるのではなく
社会に従順になることが
人間の幸せ
のように思い込まされてきたことに
気づかなければならない。
社会にとって
一番にやっかいな人間は
「自由」な人であることです。
それは周りや人にとって
都合のいい時にだけ賞賛されますが
陰で
とやかく言う人が絶えません。
妬みもあるでしょう。
それを耳にした時
あなたはまた、
羊こそが社会に望まれる者
羊こそが
居心地のいい群れであることと
自分を押さえ込んでしまうのです。
目の前では
当たり障りのないことを
時には褒め言葉を並べて
笑顔で接してくれるけども
陰では
自分のことをあれこれと
吹き込む人間がだれであるのか
あなたはもう
とっくに分かっているでは
ないですか。
羊としての立場になれば
そんな人間がいなくなる
などとは
哀しい理想でしかないのです。
羊として
長いものに巻かれて
愛想のいい、当たり障りのない
人間であっても
ライオンとして
いつでも自由に、活動的に
目の前の喜びに駆け出せたとしても
陰であれこれ言う人間の評価が
世間の評価だと錯覚してしまうことは
ないのです。
外側から長年の間に押し付けられてきたイメージが、いつのまにか「人格」に置き換えられてしまっている
ということはないでしょうか。
好き勝手にしろ
というカードではないのです。
「錯覚に気づきなさい」
というカードです。
このOSHOの禅タロットのカードは
いつも僕たちに思い込んでいたことに
気づきを与えてくれる
きっかけとなる
素晴らしいカードなんです。
よろしければ
あなたの「気づき」を
ご一緒に考えてみましょうか(笑)

