「みなさん、こんにちは!
ラッシャー木村です」


覚えておられるだろうか。
マイクパフォーマンスで一躍人気が出た
プロレスラーのラッシャー木村だ、

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彼の全盛時代は、名の通り
非常にしぶとくアグレッシブで力強い
底力を感じさせ



根性あるファイターであり、大物プロレスラーとして当時のファンには記憶させてもらった。



そんな彼も晩年力が衰えると
冒頭のようなたまたま発したマイクパフォーマンスが、彼の堅固にして寡黙なイメージを一変させ、



そのギャップと彼の実直な性格があいまって多くの人気を博した。






ここからの話はそのラッシャー木村の晩年の話だ。




もう年齢からも試合をするのがやっとに見えた。



力が衰えたかつてのこのメインイベンターは、流れのままに前座で若いレスラーを相手に毎日試合を彼なりに全力でやるのだ。




しかし、相手の若手レスラーは
普段以上にラッシャー木村に対して
猛烈な攻撃を雨あられのように繰り出す。



ある時に、
あまりに見かねたプロレス専門紙の記者が腹を立てその若手にクギを刺した。


「メインイベントの試合でもないのに、何もあそこまでやることはないだろう!

なんで年寄りで大ベテランの木村さんに、寄ってたかってあんなに厳しく攻めるんだ!」


すると、
記者に責められたその若手レスラーは、困った顔をしてこう答えたのだと言う。



「(ラッシャー)木村さんからきつく言われてるんですよ。

同情して手を抜いたチョップを打つようなことがあったら俺はすぐに引退するからな」




ほとんどの引退手前のレスラーは、
プロレスとは名ばかりの「見せ物」を手抜きで誤魔化している。(ここではプロレス自体がどうかという議論は置いておこう)




人間として尊敬されている木村であれば、尚のことさら、若手は激しく攻撃するのは忍びないものがあったと思う。




そして、
それを知る木村だからこそ
そうであってはお客さんが自分に満足を与えるのことは出来ないと考えていたのだろう。


お客さんを大事にしてきた木村らしい。





そうでなくとも、
長年のリング生活でガタが来ている木村にとっては想像を絶する厳しさであっただろう。




ひるがえって考えてみると




一人前の仕事が出来なくなった
僕らの老いた将来を考えた時に





果たして
同じことを若い部下に言えるだろうか。




俺はさんざんこの会社のために尽くして来たんだ。少しは手加減してくれなどと思ったら最後




潮時かもしれない。




若いやつも
自分の将来に自分を重ねた時に
手加減して欲しいから
つい目こぼししてしまうのか。




同じことは出来なくとも


年齢に応じて
一心不乱にやるべきことは
いくらでもあるだろう。





ラッシャー木村のエピソードを
たまたま読んで考えさせられた。


そんな思い出に残る名選手
ラッシャー木村も私の知らないところで


2010年5月に68歳という若さで亡くなったらしい。


かつての仲間が病院を訪ねようとしても、頑なにそれを拒んだ。


翌月の追悼試合では


病院に行くことさえ叶わなかった
アニマル浜口が


10カウントゴングの代わりに



涙を流しながら
リング上で


「気合いだ!!」


を連呼したという。


合掌