それは、38歳の時に出会った一枚のフランス人ピアニストのアルバムが、そのスタートだった。
それまではビ・バップ~モダン系のジャズに高校生時代から傾倒していたため、この―名前も知らなかった―ヨーロッパ・ジャズの世界的アーチストのCDを手にしたのは、まったくの偶然とは未だに理解できないし、偶然とは思えないのだ。
その音楽は衝撃だった。
静寂の雫(しずく)をちりばめたような透明性と、押し寄せる波のように身体中が高揚していくエネルギーとの一体感に心がしびれた。
彼は、生まれながらに奇病に冒され、成人時の身長は1メートルにも満たない。
医者からも成人するまで生きているのは難しいだろうと宣告されていた。
私が手に取ったアルバムは、青山はブルーノートでのライブアルバムだった。
満員のハウスに、立ち見でいいからと人が駆けつけ、入り口でいいからとその臨場感を求めて人が押し寄せ、外でいいからとこぼれ出てくる音を求めて人が立ち並んだように記録がある。
私はこのライブCDを聴きながら、一生の音楽に出会えたような氣がして、ずっと聴き続けていこうと考えていた。
結果的には、それが彼の最後の日本ライブとなってしまった。
99年1月、彼は36歳でこの世を去っていった。成人までの命が保証できないと言われた「早熟の天才」の異名を持つ36年は早すぎたのか、どうなのか。
彼は、私と同じ年だった。
このアルバムを手にした時には、すでに彼はこの世にいなかったのだ。
それを知った時に、なぜかメチャクチャなインスピレーションが頭に降りてきたのだ。「彼と自分を考えなさい。」 まったく無茶な話である。
でも、ゾクゾクした。
レベルもジャンルも大きく違うのだが、気づきは大きかった。
「私たちは皆、表現者としてのプロなのだ」ということだ。
神様から贈られた宝石という素晴らしい地球の宝物を、あまねく後継に伝えていくためには、ジュエリーの仕事に携わる私たちが最高の表現者でなければどうするのかということだ。
販売のプロであることではない。ジュエリーの表現者としてのプロでなければならない。
フランス人ピアニストは、ピアノを通して表現者のプロたらんとしたのであった。
あまりにもおこがましい話だろう。しかし、すべての仕事を通してその最高の成果というのは、何かしら表現力と伝播する力を持つ表現者たらんとすることである。
表現と伝播は、情熱を持つ者を頂点として後世に染みとおっていく。
お客様の方がより情熱を持つようなことであれば、それはプロとして恥ずかしいことなのかも知れない。情熱を私から受け取っていただくのだ。
そうありたい。
ありがとう。
ミシェル・ペトリチアーニ。
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広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
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