家の三浦綾子さんのエッセイが目にとまり、何年もその切抜きを持っている。  

この主題とは別に、副題として~自分をいかして生きる~としてあった。彼女が病気をされたときに聞いて感動したお話だそうだ。  

 

る英国婦人のお話だそうだ。  

もう老衰になって、身体が不自由になり、自分でできることは、ただ呼吸をすることだけで、あとは全部他の人の手にかからなくてはならなくなった。彼女は思う。  

自分の一生を振り返った時に、自分は何のために生まれてきたのだろうかと

自分は他人のために何の役にも立たなかったような気にかられ、あと残る命を何とか人のために捧げたいと思うようになりました。    

 

 

衰で自分では動けない自分に何が出来るだろうかと彼女は考えました。  

その婦人は工場街に住んでいて、自分のベッドを窓の側に移動してもらいました。  

そして、ベッドの上で、その窓の外を通る行員達に、朝に夕に微笑を送るということを自分の仕事にいたしました。  

微笑むと言うことは大変な精神力が必要です。しかし、彼女は朝に夕に苦しくともその微笑を送ることを毎日続けていきました。工員達は最初、おばあさんの微笑みの意味が分からなかったかもしれません。しかし、家でのトラブルや職場での嫌なことも、彼女の絶やさない微笑に心を洗われて、自分に微笑みかけてくれる人がいるという元気をもらいながら通っていたのです。  

 

して、そのおばあさんが亡くなられた時、その工場街ではいっせいに汽笛を鳴らして冥福を祈ったと記録に残っているそうです。  

 

たちはその老婦人よりも体力のある者でありながら、自分中心に生きながらえている。日々少しでも人のために自分を与えて生きなければならないのではないか、と三浦さんは述べています。そして、彼女はこう締めくくっているのです。

 

「一生を終えてのちに残るのは、我われが集めたものではなく、我われが与えたものである。」










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