の頃、二十代半ばのワシは、狭い店に縛られておるのが我慢ならなくて、よく店を女性の販売員に任せて、「館内見回りに行ってくるぞ」などとワケの分からん名目で、8階まであったショッピングセンターのお店めぐり、店長あいさつ回りをしていたのだ。

 時、ワシは、毎日のようにお昼を食べて、世のため人のため「館内見廻り」を行い、タバコを吸うコワイ高校生をそっと避け、あちこちの社員さんには「ごくろうさん」などと脳天気に片手を上げながら闊歩しておったのである。これは我われにとっての「新撰組の京都市中の見廻り」に匹敵するほどの治安部隊なのであった。(ばか)  

して、何かと名目をつけては、他店の店長をお茶に誘い出して「景気はどうなんだ」とか、「この前の日曜日の売上はなんだ、あれは」などと、もう本当にバカバカしい狼藉を働いておった。

 んな時に、いつ行ってもニカニカと笑い顔を浮かべながら「ふょふょふょ」と迎えるのが、この本の著者・児玉憲宗氏であったのだ。彼はワシらのような異業種の話にとても興味があって、「あれはどーなんだ」「これはどー思うのか」「それはどーしたらよいかと思うか」ととにかく「ふょふょふょ顔」には似合わない熱血仕事人店長事件簿いっぱいの精神で、よく売上についての話をしたもんだ。  

のテナントの人と仲良くなり、他業種のいろいろな話を聞くことが出来たのは収獲だった。啓文社キャスパ店では、お客さん一人当たりの平均購買金額は千円だったが、宝石・アクセサリーのショップが二万円。このショップと同じ売上を稼ごうと思うと、二十倍の人数のお客さんにレジに来てもらわないといけないのだが、それでも、キャスパは高校生中心で単価の低いピアスなどが売れ筋なので、他の支店よりは単価が低いと言うことだった。(尾道坂道書店事件簿 34ページから)

 やはや、恐れ入った。  

店長コダマは、当時のワシとの会話をしっかりと記憶しておったのだ。貪欲に吸収しようとしていたのはよくわかったが、20年近く経ってからも当時の会話が本になるなどと、もちろんワシら二人は予想だにしていない。

 して、彼は高校生が圧倒的に多いショッピングセンターの特色を考えに考え抜いて、品揃えを意識的にアンバランスにして、ついには福山で一番の「コミック一番」「参考書一番」店舗に本当にしてしまったのだ。今でこそ不思議でないこの超お客様シフトの書店だが、当時はまだ地方では珍しい品揃えだったと思う。  

して、いつしか「ふょふょふょ顔」の店長コダマは、その実績を買われて啓文社の新店オープンを任される、

開店必殺成功請負人」としていつしかワシらの前からいなくなったのだった。  

そして、さすがのワシもオジサンと言われる年齢を迎える頃、コダマさんについてのオドロキ情報が耳に入ってきて、とても心配なワシになっていくのであった。

(つづく)    










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