経済学者の野口悠紀雄氏(超「整理法」の著者)が、何年も前に新聞に執筆していたことを、何かにつけて思うことがあるんよな。
警察権力と国民との、精神的関係を正そうと提言した内容だったのよ。
ハイ、キヲツケー。
野口氏のその主張は、「警察はすべての交通規則違反も取り締まれ」という、テーマであったとほぼ記憶してるわ。 「なんでそんなこと言うの。」
この記事はタイトルからして意味が分からないくらいにインパクトがあったけど、内容を読むとなおショッキングな考え方だったのだ。
ワシの記憶をたどって行くと、論調の主旨はこうだ。
警察権力をワシら国民が必要以上に「卑屈に」感じてしまうのは、彼らに「胸先三寸」の裁量権があると思うせいなんよな。
要するに、ちょっとした交通違反ぐらいは「大目に見てもらえたり」「軽くしてもらえる」という錯覚と実績があるから、国民は妙に警察に卑屈になるのだ、というのだ。
すべての違反を、きちんと警察が可もなく不可もなく、コンピューター人間のようにきちんと取り締まりさえすれば(それもどうか)、国民はへんにうすら笑いを浮かべるようなさもしい態度にでることはなくなる。というのだ、野口先生は(笑)。
軽度な違反なら自分の尊厳を売り渡してでも見逃してもらいたい、という心がどうしても出てくる。それが積もりつもって、警察官を下から見上げてしまう。
これを国全体で考えた時には、大変に危険な関係になっているのだと書いていた。
警察とは、役所の如く法の下に適切に、そして速やかに摘発・処理をすればいいのだ。そこには、淡々と粛々と仕事をこなせばいい役割しかない。
そこに、「取り入るスキ」が出てきたら最後、そこには権力が備わじゃないの。
ましてや、法の解釈は警察官に事実上、任されているのである。
健全な法律の番人でないと、思いもよらぬワシらの精神は糠床のように、ぐにゅぐにゅと腐敗していき、「仕方ないモンね」と死んでいくのかもしれん。
と、いうことを野口先生は書きたかったのかなぁ(笑)。
なかなかステキ。
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