お盆に小学校の同窓会があった。
厳しいカトリック系の学校だった。
小学校3年生までしかいなかった、それも悪い子どもだったにもかかわらず、みんな温かい、8回目の同窓会だ。
恩師も顔を出してくださり、いろいろと難しい「大人の話」を聞かせてくださった。ふたりのいい時間だった。
そんな心温まる話をしておったのに、「みむらくんは、教室によく居なかった」だの、「みんなで探しに行ってあげたら、下足箱で見つけた」とか、「みむらくんによくいじめられた」だの、「そうそう、わたしも。わたしも。」とか、 「よくもあれだけオープンにいじめられたもんだ」とか、「今で言う学級崩壊よね。」とか、よくもよくもデッチあげてくれたもんだ(笑)。
せっかくの、恩師との交流をなんどとおもっとおるのかね。
ワシは、なぜかある歌を聴くと涙スイッチが自動的に入ってしまい、わけも分からなくウルウル星人となってしまう歌がある。それも小学校の頃からだ。
仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
なんで自動的に込み上げてくるのか、さっぱりワシにも分からんのだが、先祖のDNAかなんかが、スイッチ入れてるとしか考えられん。
互(たがい)に睦し 日ごろの恩
別るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
「なんで好き勝手にやってきたあなたが、この歌で感動するのだ。」と言われれば返す言葉がない。
今は、もうこの歌を歌う学校もほとんどなくなったのだが、国旗掲揚も復活してきたこの頃だ、やっぱり復活させなくてどうするんだ。
この歌いっぽんで、走馬灯のように面倒を掛けた先生のことを思い出してしまうのだ。
「いざ、さらば」とは、なんときっぱりとした別れであろうか。
「また逢おうね」などとサイン帳に書いてまわる女子どもよ、そこに直りなさい。「いざ、さらば」だぞ。どうだ。
それぐらいの、気持ちがあってこそ、人と人とが過ごすほんのわずかな時間でさえも熱くありがたい尊い時間となっていくのではなかろうか、とおじさんは思うのだ。
いつ、どこでも、なんの場所でもワシにとっては
涙スイッチが自動で入る、ややこしい歌なのであった。
朝夕 馴(なれ)にし 学びの窓
蛍の灯火 積む白雪
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば
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