聞配達する人のことを、少しだけ考えてみよう。

は、いきなり変わるけど(なんじゃい)、最近はとみに不眠の人が増えてるようだ。  

 

シも短い期間そうだったけど、寝ようとすればするほど、余計に眠られん。(ワシはある本を読んで考え方が変わり、ある日から突然眠れるようになった。)  

眠られん人が口を揃えて云うには「新聞配達の音がすると、ああもう朝かと辛くなる。」ということだ。(やっと本題よ)  

新聞配達の音がプレッシャーになるのだと言うのよ。  

朝暗いうちからせっせと配達してくれる人も、まさか結構な割合で自分がプレッシャーになってるなどと、思ってもみんだろうな(笑)。 

かし、ワシも小学校の頃に新聞配達をしたことがあるけども、ホンマに辛い。    

夜から冷え込むと、翌朝の寒さを考えるとすごく憂鬱になって寝床に入ったもんだ。  

冬の指がちぎれるような寒さの朝に、雨でも降ろうものなら泣いても泣けんくらい辛い。  

そんな日に、自転車にゴムで巻きつけてある新聞が、なにかのはずみで落ちて雨に濡れてしまうと、こんなに惨めなことはない。本当に子ども心には涙がどんどん出てくる。 

達先からは遅いと叱られ、配達所からは配っていない家から電話があったから、もう一回行ってきなさい、とどやされる。  

子どもで、プロ根性もなければ、社会人責任もない。いかに早く終わらそうかと考える。  

そうすると、どんどん悪いことが起こる。  

負の連鎖よ。  

 

の昔、午前様もええ加減にせぃよと思われる時間まで飲んで帰ることがよくあった。  

帰りに新聞配達の人と会うのだ。  

ああ、ありがたいなぁ、大変だろうなぁと、とたんに申し訳ない気持ちになったもんだ。  

バイクでブゥーンと配達していると、ワシの時にはいちいち自転車のスタンドを立てたりしながら配達しとったなぁ、などとノスタルジックになったりしたなぁ。  

 

までも夜明けに雨風強く、寒い日に風が音を立てて吹きすさぶと、新聞配達さん大変だろうなぁと布団に包りながら良く思う。  

時には、自分の身を切られるように(それでもぬくぬくと)申し訳ない気持ちになる。  

 

ワシらが当たり前だと思っていることが、実は「お蔭様」で生かされとるんよな。  

 

お金を出してるんだから当たり前のサービスだと、そんな無様な生き方をしてる人は、間違いなく自分もその程度のサービスしかしてないわな。  

「受ける」心が、「させていただく」心と、同じ意義だということにワシらももう一度考え直してみような。そんなことも分からんままに死んでいくのは、嫌だ。  

 

ややや、ワシ?










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