春風亭小朝の独演会に行ってきた。  

東京ではちょっとやそっとではチケットが取れない小朝の独演会であるが、地方はこんなときにいい。  

小朝は、果たして落語家としてどうなのか、という意見は長くファンの間では支持を二分する存在なのだ。  

類まれなる才能は皆が認めるところ。小朝が落語界の長らくのしきたりを破って、ごぼう抜きの真打昇進を果たしたことが話題となり、その後の立川談志率いる「立川流」の落語協会脱退へとつながる一大事へと発展したのだ。  

 

以前の小朝は、日本一の小噺の名人として広く知れていた。  

 

しかし、落語のうまさを定着しきれてなかったのは、あまりにも溢れ出る小噺の才能のせいかもしれなかったのだ。  

彼の小噺はお腹の皮がよじれるくらいに笑いまくるけども、後で何も残らないという評判もまた、彼の才能を語るにマイナスのイメージとなっていたのだ。  

しかし、ワシは小朝の古典落語の素晴らしさを知っていた。

 

だから、今回の小朝の独演会をどれだけ楽しみにしていたことか。  

 

一本目の新作小噺の後に、メインの古典落語が始まった。  

 

最初のマクラに「吉原」のネタを振って来た。  

「ああ、廓ばなしだなぁ。何をやるんだろうなぁ」とワシは出来ればよく知っているネタを望んでいたのだが、それほど甘くないのが落語の寄席なのだ。  

春先の海に裸足で入っていくような心地よさを振りまきながら、小朝のマクラは始まり、そして、唐突に本題の話に入っていったのだ。  

 

ワシは、その瞬間に全身に稲妻が走ったのをめちゃめちゃ感じたのよ。  

 

なんと、彼がこれから語ろうとした噺こそ、  

 

「文七元結(ぶんしちもっとい)」だったのだ。  

 

こんな大ネタの人情噺をこんな地方の独演会で聴くことができるとは思わんだ。  

本気でワシは神様に感謝したものだ。  

 

腕のいい職人の長兵衛は博打に身を落とし、娘は自分の身と引き換えに吉原に借金を申し込む。来年の大晦日までに五十両を払わないと、娘は店に出されてしまうのだ。五十両を懐に帰り道、ある鼈甲屋の手代がお金五十両を失くしたと川に身投げをする場面に出くわす。やり取りの末に、長兵衛は娘のかたに借りた五十両を、その手代にやってしまう。そして・・・・・。 http://ginjo.fc2web.com/54bunsiti_mottoi/bunsitimottoi.htm  

 

残念ながら、小朝の名前だけで聴きに来ていた観衆の多くは、「文七元結」を知らない。なぜなら、笑いの箇所が違うのだ。そこは、笑うところじゃないのだとほぞを噛みながら聴いておった。  

 

結論は、素晴らしい出来だった。  

 

本当に素晴らしい感動的な「文七元結」だった。  

ワシの大好きな古今亭志ん朝のそれに勝るとも劣らない作品に仕立てた、と言えば言いすぎだろうか。怒られるだろうか。しかし、素晴らしい時間であった。  

 

ワシは、宇宙の、日本の片隅で、大好きな「文七元結」を聴いている自分が幸せでたまらんかった。なんとこの世の素晴らしい時間だっただろうか。  

 

古典落語の人情噺には、日本人の素晴らしい感性がてんこ盛りなのだ。  

「落語を聴いてくださいよ。漫才聞いてたら馬鹿になっちゃいますよ(笑)。」と喋っていた小朝。軽いノリで笑わせてたのだろうけど、ワシは本当にそう思う。  

素晴らしい時間に感謝したいな。










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