「死ぬときに後悔すること25」

 大津秀一著 致知出版)の中に、「自分の生きた証を残さなかったこと」というのがある。  

多くの人がそう後悔しながらこの星の使命を終えて逝ったらしい。  

人は死を直前にして、「自分の人生はなんだったんだろうか」と思いを馳せるのだろうか。  

それとも、他人に自分のことをいつまでも思い出してほしいという執念が湧いてくるのだろうか。  

「生きた証を残す」というのは、とても難しく大変なことだ。  

字を書いたり、絵を描いたりして目に視えるものを残すことができる人。表現の手段と場を持たない人。社会的な立場もそれぞれ違う。  

この本の中で著者は、一般的に女性よりも男性のほうがどんな手段を尽くしても延命をしてほしいと願う人が多いのだそうだ。なんとか生きた証を残そうとして立ち上がろうとするのだが、もう時間がないこともしばしばなのだそうだ。  

ワシらは、常に限られた時間の中にこの星に生を受けているのだ。  

女性には、生をわが子に自分の証を見ることができる人も多いかもしれない。 

その点、男の生きた証は現実的でさえあり、難しいと思う人もいるだろう。  

自分の残し方は、人それぞれの美学である。  

美学さえ持ち合わせていない人も悲しまなくていい。淡々と死ぬことを美学に導ける手っ取り早い道かもしれないからだ。  

東京都立駒込病院の佐々木副院長が紹介されているのは、17歳という若さで白血病で亡くなった女子高生の手紙だ。彼女の最期の手紙に答えはつまっているのだ。  

これが私の出す最後の手紙かもしれないのに、本当に何を書いていいのかわからない。今生の別れの言葉は何がいいのか思いつきやしない。私はもう一度生きたい。病気を克服してもう一度生きたかった。  

ありがとう。 

私のために泣き、苦しみ、疲れ、身を捧げんとしてくれた人たちへ。  

人間は誰かの役に立ちたい、救ってあげたい、また、誰かの何かのために死にたいと理想を持つ。自分の生が、死が意味あるものでありたいと思う。少なくとも私にとってあなたがたの生は意味あるものであるだけでなく、なくてはならないものとして存在している。  

あなたがたは、勇気ある強い人間だ。あなたは人を救ったんだという満足感と自信に満ちあれて生きていって欲しい。あなたは私にとってなくてはならない人です。そう思って、あなたに心から感謝と尊敬をしている人がいることを忘れないで欲しい。  

人の想いは他者への心の中に強く与えられ、そして引き継がれていく。  

 

わが人生の為すべきことが自分の人生の後悔を少しづつ埋めていき、他者への喜びと慰めと癒しに代わることができるのなら、どれだけの生きた証になるだろうか。  

そんなことをこの本では言っているようだ。  

じっとしておれなくなったな。










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