その昔、誰にだってなりたい職業というものがあったはずだ。
まだ人間として未発達な生き者の頃は、やれケイサツカンになりたいとか、パン屋さんになりたいとか、宝石屋さんになりたいとか(おるか、そんなやつ)、ちいさな目をクリクリと輝かせて夢を語っていたのだ。
しかし、そこまで。
あんまり中学生や高校生の時になりたかった職業とかは、少し生々しいような照れくさいような、笑われそうな氣がして、意外と人に喋ることはないのだ。
ワシも自分では、”ある夢”が人には言えない「憧れの職業」だった頃があったのだろうか。
あんまりはっきりと意識をしていなかったけども、最近になって「潜在的な意識」がムクムクと記憶を呼び起こしてきたみたいだ。
それは「落語家に憧れていた」という、ワシ自身も驚くべき記憶なのだ。
なぜそれを思い出したかというと、どうも社会人になって落語を聴いて下手な落語家が喋ると「ムショーに腹が立って仕方ない」のだ。
恐ろしいことに、「修行さえすればワシのほうがよっぽど客席を湧かせてみせる」などという、ホンマに空恐ろしいことさえいつの間にやら考えたこともあった。
これが、下手な歌手が歌っていようとこんな腹の立て方はしたことがないのだ。
落語家に限って、下手な落語をされると「何かワシの魂」が震えるのだ。
そういえば、よくよく思い出してみれば、中学の頃には「どうしたら落語家の師匠に弟子入りができるのだろうか」とド真剣に考えた時代もあったようだ。
アホか、ワシは。 しかし、MANZAIブームで世の中が沸いた頃でも、漫才師になりたいとはこれっぽちも思わなかった。もっとワシは硬派だったのよのぉ(笑)。
今でも人生をやり直すことが出来るのであれば、もしや落語家人生にフラフラといってしまうのではないかという「恐ろしさ」はある。
また、と同時に下手くそでも高座に上がっている落語家をみると、「ああ、人生はやりたいことを真っ直ぐに突っ走った者こそ美しいなぁ」と素直に思うのである。
能力ではなく、自分のやりたい道だからこそ努力を重ねて一人前になった人がたくさんいる。
「やめとけ、無理ムリ」という他人の声こそが「ドリームキラー」という、人生を殺すに刃物は要らぬ恐怖兵器なのだ。
若者に言いたい。
能力がある者だけが、なれたのではない。
あきらめなかった者だけが、なりえたのである。
(ちょいアホ)
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼