う~む、まいった。 こんなに読みやすくて、こんなに難解な禅問答の本もないもんだ。
少年はある日、人生は何なのか。
自分とは何なのかと悩み苦しむことを父親に明かした。
すると父親は、
世間には餓えや病で苦しむ人がたくさんいるのに、そんなことで考え悩むとは、お前の苦労が足りないからだ。実にくだらない、贅沢な悩みだ。
と一喝された。
少年はその話を今度は老師に向かって反論する。
餓えや病で苦しんでいる人も確かにいるが、ぼくだって苦しいのだ。
このふたつは較べることができない苦しみではなかろうか、と。
師曰く、
友よ、君は賢い。
何が正しく、何かが間違っていると考え、正しいことを知ろうとする。
だから、見えない。わからない。
君が知った「正しいこと」が、すべてを隠す。
いろんな少年の悩みに対して、ていねいに答えながら、しかし最後にこう告げる。
答えを出すことを・・・・・
「断念せよ。」
答えが問いを誤らせるからだ。
自分であること、ではなく、あること。
自分が生きていること、ではなく、生きていること。
それが正しい問いだ、わかるか、
なんて、師は少年に再び問いかける。
わかるわけないじゃん~。
とワシは、ページをめくりながら、いつの間にか少年と一体になってしまうのだ。
何度も読みこまねばわからない一冊。
しかし、不思議と何度でも読んでみたくなるような、温かく包まれるような一冊。
自分の存在というものについて、悩み苦しみぬく少年と 自分も通ってきた道じゃ、と言わんばかりの優しさで
老師は少年を迎える。
しかし、その回答にはなんの遠慮もなくこびもない、重くのしかかるような言葉。
毎夜、少年は泣きながら老師の元を辞するのだ。
人生を生きて行く上での、「虚無」について深く斬り込む一冊。
新進気鋭の禅僧が、柔らかに研ぎ澄まされた文章でワシらをのけぞらせる。
老師と少年
南 直哉 著
新潮文庫
福山の名勝・鞆の浦。向こうには仙酔島が見える。坂本龍馬が紀州藩と談判をしたお寺でもある。
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