無茶苦茶そそる題名ではないか~。 スリランカに行ってきたワシには、とんでもなく興味をそそる一冊ではないか、とワクワクしながらこの本をレジに持っていった。
そのワシのようにこの本を買いに行くモノ好きがどれだけいるか知らんが、少なくともこの本を書くために2年半もスリランカで「悪魔祓い」を研究史に行った、超モノ好きがいるということだ。
文化人類学の見地からわざわざスリランカで悪魔祓いをしている村を探し当ててたくさんの記録と患者の様子をつぶさに記録している。
正直なところ、スリランカの多くの都市ではこのような悪魔祓いの儀式は「うさんくさい」という目で見られているところがあるようだ。昔の土着宗教がこのような経緯に至ったのは、長い欧州の支配から、スリランカ仏教に至る経緯もあるが、それはここでは省くね。
しかし、単なる文化・宗教の研究として割り切るわけにはいかんほど、この悪魔祓いというのは大切な話を含んでいることに、ワシは惹きつけられた。
実際に著者は、悪魔にとりつかれた人が、目の前で治っていく場面に何度も出くわしている。この悪魔祓いの儀式は、夜中から朝まで夜通し行われる。
どんな人に悪魔がとりつくのか。
これが、ある日著者が思った疑問だった。そして、それを呪術師にぶつけてみた。 すると呪術師は、
「それは孤独な人だよ。」
と答えて、後に続けてこんなことを解説しだした。
孤独。
それは物理的な環境を指すこともある。 たとえば一人で川で水汲みをしている最中に、悪魔に憑かれる人もいた。
また、家の中で一人でいるときに憑かれることもあるようだ。
そして、もちろん精神的な孤独をもさす。
家族がかまってくれない人。環境の中で自分だけが冷遇される人。世間の風が冷たい。
そんな疎外感だ。
孤独な人に悪魔が来ると言う。
悪魔は孤独な人を狙ってくるという。
それを「悪魔のまなざし」という言葉で表すのだ。
温かい人の輪の中にいる人には、悪魔の眼が向かないというのだ。
だから、「悪魔祓い」とは村人の参加のもとで行われるのだ。
呪術師が、患者の身体の中の悪魔と問答した後に、村人達と大いに笑い、患者を励まし、身体の中の悪魔を追い出すというから感動的でさえある。
著者はそこに「癒し」の原点を見た。
熱く、真剣に、そして大いに笑いながら夜中から明け方まで村人総出で「癒し、治す」。
何百年も前からその真実を今に伝える「スリランカの悪魔祓い」。
見てみたいような、見たくないような、
ビミョーな気持ちになるのであるぞ。
スリランカの悪魔祓い
上田紀行著 講談社文庫
スリランカの田舎に落ちる夕日。首都を離れると、いたるところにこのような風景は何世紀も前から目の前にある。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
ウェブサイトはこちらから→http://www.j-mimura.co.jp/
Facebookページはこちら→https://www.facebook.com/mimura1913
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼