考えてみりゃぁ、てんつくマンの字が飾ってある宝石店なんて、日本全国にあるかいな。
というわけで、今日は「書」について考えてみよう。
ワシは年賀状も不得手なパソコンのお陰で、全部一枚一枚を手書きで宛名書きをせねばならん。
毎年、もう枚数を決めて書くんだけども全部に返事が出せんから「すまぬ、すまぬ」という新年早々にスマヌ生活を送らねばならんのだ。
その手書きの字が情けないくらいに、下手くそで嫌になりながら書いている。そこまでして書かんでいいと思うんだけど、もう何でどうやって書いたらいいのかわからんようになるしね(泣)。
そんな、ワシの話はもういい。
「気韻生動」(きいんせいどう)。
▽「気韻」は書画など芸術作品にある気高い趣。気品。「生動」は生き生きとしているさま。また、生き生きとして真に迫ること△ 氣のみなぎった書とはどのようなものか、科学的に調べた人がおる。
いや、素晴らしい書とは「氣」にあふれたものであるのではないか、というのが始まりだったようだ。書に通じた人がそう考えたらしい。「肉眼でも死んだ線と、生きてる線があるんだから、科学的にも何か分かるはずだ。」というのだ。
そうして東京医科歯科大学の電子顕微鏡で、山岡鉄舟の本物と偽物を比べた。
その結果、丸く黒い墨の粒子がそれぞれ違うのが分かった。
偽物は配列がベタッとしており、バラバラなのだそうだ。
本物は、まるで黒雲のようにむくむくと湧き上がる形で、粒子同士がつながっている。
このように、顕微鏡でも「氣の躍動」というものが確認できたそうだ。
粒子=細胞レベルを活性化させることで、氣は出るのだとその人は得心した。
まるで会社組織と同じではないかいな。
「のような」ではイカンのだな。
粒子がしっかりと結びついて、初めて躍動感が出てくるのだ。
「氣」でいうと、その場合は「ゆるめる」ことが肝要なのだそうだ。
身体中に力を入れて、頑なに想いを叫ぶようなものではないのだろう。
やはり、集中したリラックスというか、ゆるめた中にエネルギーは生まれるのだろう。
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