「一日一生」  

400年で3人しかいないという「千日回峰行」を二度達成した酒井雄哉師の言葉には、多くの人がひきつけられている。  

ぼく自身も、この言葉を何度も目にしていたけども、心底の意味は少しサイズの合ってない靴のようなフィット感とは違う世界にいたようだ。

「一日が一生と思って生きる。」  

れぐらいに真剣に生きなさい。  

という厳しい言葉だと思い込んでいたけども、酒井師の本を読んでみてそのもっと奥にある希望のような明るさを感じることが出来た。実にいい言葉だと思うようになった。  

酒井師が行に入ると一日に毎朝30キロの山道を歩いては帰る。一日が終わると草履がボロボロになる。    

ああ、草履はボロボロになって次の日には新しい草履に変えられていく。  

草履は履きつぶされて、その日で役目を終える。  

でも、  

でも、  

私たち人間には、また次の日が用意されている。  

一日が終わって、また生まれ変わる。  

日の自分は草履を脱いだときにお終い。 そこからは明日生まれ変わるために、一生懸命に生まれ変われたらいい。  

今日がくよくよした日だとしても、また明日は生まれ変わる。  

でも、今日という日をおろそかにしたら、明日生まれ変われる自分はまだまだ甘い自分でしかないかもしれない。  

今日という日を一生懸命生きて、結果はどうであれまた生まれ変われる自分に感謝しないといかんのだなぁ、という気持ちにさせられた。これは実に不思議と新鮮に飛び込んできたのだ。  

くたくたになったシャツが夜眠りについたら洗濯機に入れられアイロンまで掛けられたかのごとく、ぼくらは、実は—-気づいてないだけなのだが——-生まれ変わっているはずなのに。  

造犯罪で永らく拘置所にいた、元厚生省の村木局長が酒井師の本を読んで、こうコメントしているのを、別のサイトで見つけたから紹介しておこう。  

「起訴されるまでの20日間は本当にプレッシャーでした。一日が終わると、拘置所の独居房に張ってあるカレンダーを穴が開くくらい見て、「今日も一日が終わった。あと○日だ」と自分を奮い立たせていました。その後、差し入れで比叡山延暦寺の僧侶、酒井雄哉さんの『一日一生』という本をいただいて、酒井さんが千日にも及ぶ修行を、「その日一日を一生と思って精いっぱい生きるのだ」と書いていらっしゃったのを読み、かなり励まされました。」  

さぞ辛かったことだろうと思うのだ。僕自身も辛くて本屋をさまよっている時に、ふとこの本を手にとって直感的にレジに持っていっていた。自分で選んだのではなく、与えられたと間違いなく思わざるを得ない瞬間だったのだ。  

おそらく。   

               長野県・上諏訪大社本宮。










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