第140回直木賞受賞作品。

一五九一年二月二十八日。

420年前の本日。  

なにゆえに利休は、太閤秀吉より切腹を申し渡され、利休屋敷にて腹を切ったのか――. の一介の魚屋の息子が道楽として始めた茶の湯が、みるみるうちに世間では評判となり、茶の道の大人から手ほどきを受け、いつしか「侘びさび」といわれるような天下一と誉れ高い利休の世界を完成した。  

―許してよいものか。  

―許してよいはずはない。  

吉自身の心も、また揺れに揺れたのだ。  

そして、出した答えが・・・・・・利休に決めさせる。  

大徳寺の山門に利休の像を建てさせた。  

太閤様に利休の股ぐらをくぐらせるなどとは、不届き千万。  

怒り狂った秀吉が、それまでの寵愛の手のひらを返したかのごとく、利休に腹を切るように命じたのである。それが、一般的でもあり歴史に残された理由である。  

しかし、しかし。  

果たして秀吉の本心はそうだったのか。           

 

京都・大徳寺 山門

休の誰にも及ばぬひと言ひと言に、秀吉は耳を傾け戦略にも大いに役立てた。  

利休の誰もがなしえない茶の心の表現力に、秀吉はただただ唸るほかなかった。  

吉に頭は下げるが、決して尻尾は振らない。それどころか、いつ捨てられるか知れないという泰然とした悟りさえ隠そうとしない。  

理由はなんでも良かったのかもしれない。  

秀吉は、最後の最後である「頭を下げさせる」切り札を抜いただけなのかもしれない。  

―切腹申しつくるものなり。  

斬新な表現手法で、秀吉との関わりあいを心細やかに描いていく。  

「本書は私たちに、千利休の人生を体験させてくれるのです。」   

-宮部みゆきの解説より-  

直木賞審査委員の一人である宮部みゆきも絶賛である。  

吉は、切腹を命じながらも利休自身が嘆願し、詫びを入れれば許すつもりであったとこの本では推測している。しかして、利休は自分が詫びを入れる理由は何もないと腹を切った。  

腹を切ってまで、自身の心を折らなかった利休に秀吉は嫉妬し、嘆いた。  

こいつにはかなわない、と。  

人生をどう生きていこうとするのか。    

 

人がどう思うかを考えて生きているのは、他人の人生を生きているのであって、 

自分がどう生きるかを決断したときからが、真に自分の人生を生きはじめる。  

 

最期の場面にあって、利休はそう思ったに違いない。










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