2011年、ぼくは登山家の栗城史多(くりき のぶかず)に大きく心を引き付けられ続けている。  

なんと言えばいいのか、わからないくらいに彼の生き様と心に、―自分がどんな本当の人生を生きていないか―猛烈に考えさせられ続けている。  

どこがどうなんだ、と問われても、今までに本で読んできた彼の生き様をここでうまく説明できるほど、ぼくも要領がいいわけではない。  

やいや、  

自分の能力を棚に上げてなお言おう。  

そんな中途半端な解説が書けないと言うのが、本音かも知らん。  

無酸素単独で世界最高峰の山々をクリアーしていく。  

今のところ生きて帰っているからいいようなものの、確実に「死ぬ」リスクがバンバンに高いところに、彼は行く。  

「なんでそこまでやるのか」と思っていた。    

でも、最近また彼の本を読んで(一晩中、止められなくなってしまった)なんか分かったような気がしたなぁ。改めてすごいやつだなぁと。  

 

 

(命がけの)登山をしているときの、大きな課題がある。    

それは「執着を捨てる」ということだ。  

「自分の力で登り、夢を叶えるぞ」という強い思いには、  

必ず限界がやってくる。  

「自分の力で登り、夢を叶えるぞ」という強い思いには、  

必ず限界がやってくる。  

執着すると大事なものが見えなくなる。  

山ではいつもこの執着との戦いなのだ。  

追い詰められれば、追い詰められるほど、それが力になる。  

でも、この追い詰められるほど力になる、  

つまりプレッシャーを利用する力というのは、    

実は誰でも持っているものだ。  

そして、その苦しみを楽しもうとする  

心のスイッチを入れられるかどうかなのだ。  

その心のスイッチを、どうやっって入れたらいいのか。  

それには、魔法の呪文がある。   

それは、  

「これでいいのだ」という言葉。  

不安も苦しみも、いろんな気持ちも。  

すべてあるがままに受け入れること。  

それに向かって強くなるとか、自分に嘘をついてまで  

苦しいことを楽しいと思う必要もない。  

人間が本当に力を発揮できる時というのは、    

すべてを受け入れられた時ではないかと、思うのです。  

怖いとか、不安とか、緊張とか、そんな気持ちが走馬灯のように  

やってくる。  それをいかにゼロにするか。  

ただそれだけなのだ。       

栗城史多「一歩を超える勇気」より(要約)  

 

 

とにかく、    

自分に思いもよらないパワーを与えてくれる栗城史多。  

いまの自分が苦しくて、苦しくてたまらない人に、  

ぜひ、じっくりと読んでみてほしい。










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