「ハブテトル」とは、備後弁ですねている、むくれていると云う意味であり、「ハブテトラン」とはその否定語だ。
舞台の広島県というのは、広島市を中心とする安芸広島エリアと、福山などがある東の備後エリアでは文化圏が違うのだ。だから広島と云っても福山とでは方言もずいぶん違う。
ぼくはてっきり地元の名も無き文筆家が福山のことを取り上げた小説かと思っていたら、この中島京子という人は、2010年に「小さいおうち」で直木賞を取った、東京の人だった。
東京で登校拒否であった少年が、母の故郷である広島県福山市にある小学校に「一学期だけの転校」ということでやってくるのだった。
可愛がってくれる祖父に祖母。
もちろん、クラスでもすぐに友だちができてしまい、福山の田舎の生活を満喫しながら少年は登校拒否だったこと忘れてしまったかのようにイキイキと溶け込んでいくのだ。
この登場人物の中でかなりのアクセントになっているのが、ハセガワさんという祖父の友だちの老人だ。口数の少ない独居老人だが過去に「いろいろ」あったらしく、男らしさとはつべこべ言わぬことを少年に教えていく。
ダイスケ少年が東京時代にどうしても気になっていた少女が、海を渡った四国は今治市にいることが分かり、どうして行って逢ってみたいとハセガワ老人に懇願する。子細を聞かずとも老人はポンコツ自動車を駆って少年と今治を目指して走っていくのだ。
その時の尾道と四国を結ぶ「しまなみ街道」の情景がぼくにはたまらなく、爽快だった。
読みながら橋の上で風を切って自分でドライブをしている気持ちになってしまい、いますぐにでも「しまなみ街道」をドライブしたくなったものだ。しかし、その途中でアクシデントが発生して少年は今治行きを断念しなくてはならなくなったのだ。 その時に、ハセガワ老人はダイスケ少年に言うのだ。
「わしゃー、こっから先は連れて行ってやれんようじゃ。何時に行くとも時間は約束しとらんのか。相手は女じゃったのぅ。」
「男と女だったら違うの?」
「当たり前じゃ、ぜんぜん違うとる。
でゃーすけ、いますぐ行ったほうがええ。
今日行きゃぁ逢える。トラブルがあったけぇ来週にする、いうたら、女じゃったら来週は会えん。それが女いうもんじゃ」
このハセガワ老人、小学校5年生のダイスケ少年にかなりハイブロウな教育をするのである。そんなこんなでのほほんとストーリーは展開していき、最後はちょっと思わぬ結末を迎えていくのである。
もともとは、児童文学の畑からの出身と聞いている著者が、ぼくの住んでいる地域のなにげない生活と子ども心の温かさをうまく表現してくれている。
ああ、また「しまなみ街道」に行ってみたくなった。
ぼくは40代になってとてつもなく瀬戸内海というところが好きになった。
こんなに素晴らしい景観は、日本の間違いのない財産なのだ。
しまなみ街道とは、他所から来た人には想像できない瀬戸内海の天国を垣間見るところなのだ。そこを描くこの本は、著者が帯に書いているとおり、「平成版、瀬戸内少年物語」にふさわしい一冊だ。
瀬戸内海としまなみ街道。
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広島県福山市 ジュエリー&ウォッチ ミムラ
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