天風先生

ょっといろいろと人生の辛さを経験した。  

そんなときにふと目に付いたのが、以前に読んだ宇野千代の「天風先生座談」だ。いつの間にかすがるようにページをパラパラと開いたのだろう。  

以下は有名な話だが、忘れている人もいるだろう。再現してみよう。  

風先生は死に至る可能性の病にかかり、インド人のカリアッパ師にすすめられるままにインドにやってきた。どうやってその病を治すか教えてやると。幾日たっても病を治してくれそうにない。するとカリアッパ師が「今日はどうだね」と訊いてきた。  

「頭痛もなく、熱もないんですが気が重うござんしてね。身体が大丈夫なときは私ほど快活な人間はいないんですが、明日なき命を生きていると笑うに笑えないから気が重い。」と天風先生が答える。

 「いったい、お前は誰に頼まれて、自分の毎日をうす暗く生きているんだい。だいたい病が治ったらと、それじゃぁ、治らなかったら生涯、快活にはならないのか」と師は質す。  

もちろん、天風先生はなれない、と答えると、  

「そうかい、それじゃぁお前はずっと治らない」と言い放つのだ。

 「だいいち、お前はね、よぅく考えてみろ。ほんとうに有り難いということを感じない、というのがその理由だ」  ういわれた天風先生だが、治らない病を抱えた自分がなんで有り難い、幸せな人間なのかがまだ分からない。その後、師との押し問答が続くのだが、ついにその答えをカリアッパ師が言う。  

なにがありがたいのか。  

「生きていることだろ」  

「お前は死なずに生きているだろうが。熱があろうと、血を吐こうと、生きていることになぜ感激をしないのか」  

造物主はお前という人間を、人間の世界に生みつけたのは、人間の仕事をさせようがためだ」  

「人間の仕事って何ですか」  

「考えろ。人間なにしにこの世に生まれて来たか」  

風先生はこの問題に半年取っ組んだ。「われいづこより来り、いづこにいかんとす。何の事情ありて、この現象世界に人間とし生まれ来しや。  

そして、ある時天風先生は悟りを得る。  

「この世に万物の霊長として生まれ来しゆえんのものは、高めるという、造物主の目的に順応するためだ、と。そして、造物主と言うのは、お前の生き方の間違いを分からせるために病なり不運を与える。人生を高めるという気持ちが分かるまで、むしろ慈悲の心でお自分に病をかけてくださった。なんと幸福なことだろうか。」 そしてその時の彼は声を出して泣いたという。  

後年、その時の話をするたびに中村天風先生は、思い起こして泣いたという。  

そして、その後の中村天風たる教えの根本に至る。  

以下はカリアッパ師から言われた言葉だ。  

病は病だ。苦しみは苦しみだ。  

 病にかかったといってからに、心まで病ませる必要はなかろう。肉体に病があろうと、心まで病ませる必要がどこにあるか。  

そういうときこそ、心のほうが健康なり運命なりをよき状態に作り直して行かなければならない。その原動力としての存在なのだから。  

無理でもいいから、言ってみろ。  

お元気ですか、と訊かれたらどんなことがあっても、まったく元氣です、と。  

俺はお前に、お前の気分を訊いているんだ。身体のことをきいたことはいっぺんもない。  

それなのに、いつでもお前はやれ頭が痛いの、けつが痛いの、すべったの転んだのと。  

明日の朝から、そう言え。」  

れから毎日、天風先生は挨拶で元気かと聞かれるたびに「すごく元気です」と答えるようにしたという、情けない声を出して。しかし、半年たつと考える前に「すごく元気です」と反射的に言える精神になってきたという。  

「人間てェものは、悲しいと思うから余計に悲しくなる。  

腹が立つと思うから余計に腹が立つ。」   

高めなさいと、天風先生は言う。  

生きていることが有り難い。  

そう思える毎日を心から過ごして生きたいものだ。  

まったく、ため息の出るようなボクだ。

天風先生










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