1985年8月12日に単独飛行機事故としては史上最悪の航空事故となった、日本航空JAL123便。
なぜ今ごろ、いやなぜまだこんな本を読んでいるのかと言う声を多いかと思う。この本の帯にある一文が私をレジへと歩かせた。
「著者が20年かけて追い続けた謎。なぜ垂直尾翼は突然、崩壊したのか?」
著者は20年間この事故の真相を渾身の力で追い続けていた。私は20年間この事故の真相をただ知りたかった。いやいや、大きく違うではないか(笑)
特に、私の周りの変人ばかりの意見としては「どうやらあの事故には秘密が隠されている」、「どうやらあの事故には自衛隊機の演習の弾が当たったらしい」「いやいや、横田の米軍基地との何かのトラブルらしい」・・・。
みんなのその後の声が凄い。「みんなそう言っている」
実は、この手の話はまことしなやかに信じられているし、私もこの本を読むまではその可能性を捨てきれないでいた。「そんなことあるわけないじゃん」とひと言で片付ける人のほとんどは、この事故調査の不自然さを知らないからそんなことを言うのである。情報がないからなのだ。
ちょっとでもその事故調査と当日の捜索における不自然さを知っていれば、「そんなことあるわけない」とは簡単に片付けられないと思う。
さて、この事故を20年以上、謎が謎を呼ぶポイントは何だったのか。
1) 捜索場所の情報が錯綜しており、結局、判明した(とされる)のは事故後18時間経ってからであること。レーダーも有り、付近の目撃情報もあったのにどう考えても遅すぎる。
2) マスコミと自衛隊、防衛庁の三者乱れての墜落位置の情報戦だったが、どう考えても不自然な防衛庁からの「強制誘導」のためにマスコミ各社が現場に駆けつけるのが大幅に遅れた。
3) 墜落後15分ほどで近くを飛行中の米軍が位置を確認しており、下に降りて救助に当たろうとしていた寸前で「強制帰還命令」が発令されていたことが、その後の当事者からの証言で事実として明らかになっている。
4) 著者が墜落位置が錯綜して現場近くまで近づいた時に、自衛隊がそこは違うとルート変更をさせられたにも関わらず、現場に向かって防衛庁と思われる背広の複数が乗る車が現場に向かって走っていっていたのは何故か。
5) 一部不鮮明なボイスレコーダーの分析が二転三転している。著者が独自に専門家とパイロットにその分析を依頼した結果、どんどん非現実的な解析内容に変えられている。事故調査委員会の報告を見る限りは、そちらの「結論ありき」の分析に二転三転させていったようだ。
6) 生存した人の事故から証言と、調査報告のつじつまが合わない。あるいは、都合のいい様に結論に誘導しているのが明らかである。
などなど、書き上げれば不信な点は数限りないのである。どうも「無理した調査報告」と「墜落地への不自然な誘導」が、いまだに「あの事故には別の真実がある」と25年経過した今でも信じる人が多いといわれるゆえんなのである。
ありがたいことではあるが、ここまでブログを読まれた皆様は簡単にその真実を知ろうとはしていないだろうかね。まさか、ここでその真相を知ることができると思ってはいないだろうかね(笑)そんな書評があるものか。 この著者のかなり詳しい調査と現場の証言の結論から言うと、
「やはり事故調査委員会の報告は、限りなく疑問に近い」ということだ。
かといって、自衛隊の演習の弾がどうだとか、米軍とのアクシデントだということでもなさそうだ。垂直尾翼が崩壊したのも事実のようだ。
ただ、問題は「�ボーイング社の飛行機の金属疲労に対する構造的な問題」なのか、
「�それ以前に尻もち事故をしていた修理の不完全さから来る事故」だったのか、という二つの問題に収束してくるようだ。 �
の場合だと、ボーイング社の世界ビジネスに大きく影響を与えるということ。これは当時は、国家間の問題だったのだ。ロッキード事件を見ても分かるだろう。ここがポイントのようだ。
詳細は興味ある人に読んでもらうとして、最後にこの本を読む限りでは日本の航空機事故調査委員会という組織は国際的に見ても遅れている。まず行政機関と分離されるべきであること。事故責任が周りに影響を及ぼさないように「パイロット責任」にしてしまいがちであること。
事実、この123便でも油圧系統がまったく利かなくなり操縦不能であったにもかかわらず、事故長報告があいまいであったために機長の遺族は長い間、不当な迫害を受けてきたこと。
などなど、あいや、書けども書けどもきりがない。
まず、読んでみなされ。一気通読でありました。
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