宅老所 × 運動型デイ

―「介護になる前」の居場所という可能性―

最近、朝の街角で見かける光景があります。
運動施設の前に、少し早めに集まり、並びながら会話を楽しむ60代、70代くらいの方たち。
井戸端会議のように笑顔で話し、順番を待ち、運動を終えるとすっきりした表情で帰っていく。

この光景を見て、ふと考えました。
**「これこそ、これからの高齢期に必要な場所なのでは?」**と。



宅老所とは「暮らしに近い居場所」

宅老所は、制度に縛られすぎない、小規模で家庭的な居場所です。
• 少人数で落ち着ける
• ご近所感覚で通える
• 「介護される」より「一緒に過ごす」

通所デイサービスのような支援もありつつ、
“生活の延長線”にある空間が特徴です。

ここには
• 無理に何かをさせない
• 役割を奪わない
という大切な視点があります。



運動型デイの強みは「前向きさ」

一方、運動型デイやフィットネスに近い場には、こんな良さがあります。
• 短時間で完結
• 目的がはっきりしている
• 自分で「行く」と決めている
• 達成感がある

「やらされている」ではなく、
「今日は行こう」「体を動かしたい」
という気持ちが自然に生まれています。

これは、介護保険サービスではなかなか作りにくい空気です。



もし、この2つが重なったら?

宅老所 × 運動型デイ

この組み合わせには、大きな可能性があります。
• 家庭的で安心できる場所
• 無理のない運動
• 会話と交流が自然に生まれる
• 「元気なうちから」通える

ここで大切なのは、
「要介護になってから」ではなく、
「要介護になる前」から関われること。



境界線はとてもグレー

もちろん、介護サービスではない以上、
• 体調管理ができる
• 自分で危険を伝えられる
• 指示が理解できる

といった“健全な基本”は必要です。

でも、
その境目にいる人は、とても多い。

「まだ介護は早い」
「でも一人で何もしないのは不安」

そんな人たちのちょうど真ん中の居場所として、
宅老所的な運動の場は、意味を持ちます。



専門職だけが答えではない

医療や介護の現場では、
• 理学療法士
• 作業療法士
• 看護師

といった専門職が不可欠です。

一方で、
運動を「続けさせる力」
人を「集める力」
雰囲気を「明るく保つ力」

これらは、必ずしも資格だけでは測れません。

安全な設計+人との関係性
ここに価値があります。



「介護を始めないための場所」

宅老所 × 運動型デイの本質は、
• 介護を否定しない
• でも、すぐに介護にしない
• 老いを閉じ込めない

という考え方です。

高齢になっても、
「通う場所がある」
「話す相手がいる」
「体を動かす理由がある」

それだけで、人は驚くほど元気でいられます。



おわりに

これからの時代、
介護サービスだけでは足りません。

制度の外と中をつなぐ場所
暮らしと健康をゆるやかにつなぐ場

宅老所 × 運動型デイは、
そんな未来の入口かもしれません。

「介護になる前に、できること」
その選択肢を、もっと増やしていきたいですね。