砂漠の国の二人 思いつきSS
夫婦の寝室で『お仕事な禁止』になるきっかけ
山もなければ落ちもないですよー。
王宮の最奥。女官達が次々と灯していく灯りが、夜気に揺れる。
寝室に入った王妃は、そこにあった光景を見て
ふ、と息をついた。
開け放たれた窓から入る風を受けて、燭台の灯りがゆらゆらと揺れる。それに伴い揺れる影に、寝台の上にいる主の瞳もゆらゆらと揺らめいていた。まっすぐに書類に注がれるその視線に、キョーコはとうとう腰に手を当てるものの、なんと声をかけたらよいやら。
本当は意見したい。この、理知に富んだ横顔に向かって、『おやめください。』と。
けれど、英邁な彼の挙動を正すなど、不敬であるとも思うのだ。
寝台の上に散乱している書類に書籍。
財産の管理から軍の統率、治水から輸出入まで。王の職務は多岐に渡る。
そして今、彼が手にしているのは王国の西南にある港町に起こっている海賊被害についての調査書であろう。
(あ……眉間に皺…)
広大な国内を通る大陸行路は陸路による物資の流れの要であり、東西から絹、香辛料が行き交う大陸の血脈だ。この国の豊かさは大陸行路の存在と切っても切り離せない。
そして海路は、この若き王が次に興味を向けているところでもあった。
キョーコは海を見たことがなかった。広い広いオアシスのようなもの。その広さと言ったらこの砂漠の砂の代わりに水が広がっているようなものだというが、それはまったく想像もつかない光景だった。
見てみたい気もするが、海までは大陸行路を使っても7日はかかる。王妃が行う物見遊山の距離ではなかった。珊瑚や真珠を持ち込む商人から、土産話を聞くのがせいぜいである。
足音も立てぬようにそっと移動して、キョーコは窓をそっと閉めると、彼の瞳が揺らぐのをやめた。
一つ、ゆっくりと瞬いた彼が次に手に取ったのは、その街の行政官についての調査書類だった。幾分、気楽な内容なのだろうか、彼の眉間の皺が消えたのに、キョーコはなんとなく安堵した。
彼はまだ眠りそうにないし、自分は刺繍でもしようかと床のクッションを整えていると、
「ちょっと待ってて。もうすぐだから。」
視線をあげぬままそう言って、大きな手が寝台をポンポンと叩いた。
「…?」
「ここで。」
「………。」
床ではなく、寝台に座って待て、ということらしい。
目を眇めたキョーコはひょい、と眉をあげた。
「………。」
そっと近づくと、キョーコは座ることなく蓮が叩いたあたりの寝台を、ぎゅーっと手のひらで押した。
果たして、キョーコの予想通り。かすかに傾ぐ寝台に、体勢を崩したわけでもないだろうに、そのまま蓮が後ろ向きに傾いで
…パタリ
ようやく上がった王の視線と、傍に佇んだ王妃の視線が、今夜初めてかちあった。
「…………。」
「……………。」
「………………。」
たまらず吹き出したキョーコを見て、膝枕のアテが外れて無様に寝転んだ蓮は口を尖らせた。
「…ひどいじゃないか。」
「申し訳ありません。陛下」
夜着の裾をさばいて今度こそ寝台に腰掛けると、憮然とした顔をのせた頭がのそのそと這い上がった。
なおも笑いが止まらないキョーコに、「いつからそんなに意地悪になったんだ」とぼやきながらも、それまで彼の視線を独占していた書類はその胸に伏せられた。
「ごめんなさい。だって、あんまりにもわたくしを構ってくださらないから。」
ちょっとした意趣返しです。そう言ってイタズラに微笑むと、そんなかわいいことを言われ慣れていない蓮の口が驚きでぽかりと開いてしまった。
ウロウロと揺れる瞳のその様に、ご機嫌な王妃がまたくすくすと笑い出す。
「冗談です。でも少し怒っていたのは本当。こんな所でまで執務だなんて褒められたことでは決してありませんよ?このお部屋の燭台では、お仕事なさるには少し暗すぎます。目が悪くなってしまいますよ。」
「……本当、いつからそんなに意地悪になったんだ」
もう一度同じ台詞をつぶやくと、王は柔らかな枕に沈没した。
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本当は、もっと王妃さまが怒る予定でしたが、
怒ってくれませんでした…。
王妃の掌で転がされる王様。
ずっと気になってたのですが、本篇で私、思わず海鮮料理出してしまってたんですよね。
さすがにそこまで運送技術は発達してないだろ………。あれはミスでした。ずっとモヤモヤしていたので、これを機に書き直しておきました。
このSSで海を出したことで本篇のミスを決定的にしてしまったのですが、修正するいい機会になりました。
けれど一番の目的は、
思惑外れて無様に倒れる王様が、書きたかっただけでした。
お粗末…。