賭け 後編 | みむのブログ

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こちらはス/キップ/ビートの二次小説ブログです。CPは主に蓮×キョ-コです。完全なる個人の妄想から産まれた駄文ですので、もちろん出版社等は全く関係ありません。
勢いで書いていますので時代考証等していません。素人が書く物と割り切ってゆるーく読んでください。



「それで…?」

ガックリと肩を落としたキョーコは、黙ってテーブルの上を指差した。
オープンされたノーカードのトランプに、全て相手側に渡ったピック。

「申し訳ありませぇん…!」

どうしよう…!事務所にご迷惑が…!

酔いも覚めてようやく頭が回転し始めたキョーコがアワアワと頭を抱えるのに、蓮は長く深いため息をついた。

「大丈夫大丈夫。あくまで、僕の個人的な作品だから。例えば、このパーティで撮る内輪の写真と同じだよ。」

コンデジを掲げて、ニコニコ笑う写真家に、「この策士め」と蓮は心の中で毒づいた。
それは、正式なオファー、ギャラが発生する『仕事』よりもずっとずっとタチが悪いではないか。
どこをどう展開させてそう誘導させたのか知らないが、酔いも回った彼女相手ならば赤子の手を捻るより簡単であっただろう。

そろそろ帰る時間だと、人垣を抜け出してキョーコを迎えに来た蓮は、『困った子だね』というような年長者の顔をしていながらも腹の中ではブリザードが吹き荒れる。

「いやぁ、今夜はありがとう敦賀君。短い帰国の少ない余暇に、うちのパーティに来てくれて嬉しかったよ。彼女も連れて来てくれて。どこかで僕が彼女のファンだって聞いたのかい?」

「…いいえ?初耳です。」

微笑みながら言う蓮に、神田もコンデジを操作しながら微笑みを絶やさない。

「明後日、もうアメリカに戻ってしまうんだろう?残念だよ。もっと君とも話したかったんだが、彼女が相手をしてくれたからね。今夜は実にいい夜だった。」

じゃあ、京子さん。メアド教えてくれるかな?改めてスケジュール調整したいから。

うう…と呻いたキョーコが、自分のクラッチバッグから携帯を取り出そうとするのを止めて、蓮はニッコリと笑った。
キョーコがこの日一番の青褪めた顔を披露するのを見て、「後で覚えておくように。」と唇だけで告げた。
彼女は正確に唇の動きを読んだようだ。無言で、クラッチバッグを置く。

「神田さん。俺ともひと勝負、していただけませんか?」

「…うん?なんでだい。」

写真家の目が、面白そうに煌めく。

「彼女はうちの事務所の大事な看板女優でしてね。ノーギャラで仕事はさせられない。」

「…仕事にするつもりはないよ。」

「あなたに仕事ではない写真を撮らせる関係にもさせられません。」

「…それは、事務所の意向かい?」

「俺個人の意向ですね。」

「敦賀さん⁉︎」

慌てたキョーコの声にも、男二人は振り向きもしなかった。
庭園の片隅、ただ、パーティの喧騒は遠く聞こえていた。

睨み合いの後、神田が両手を挙げた。

「いいよ。他ならぬ敦賀君の頼みだ。一回だけ、勝負しようじゃないか。でも、彼女の撮影権を手放せ、なんて言ってくれるなよ。こっちは彼女に正々堂々、勝ってるんだからね」

蓮は小さく頷いて、席についた。

「もちろん。俺が勝ったらその話、正式に事務所を通したオファーにしていただきましょう。」

「敦賀さん!そんな…」

神田愁生相手に私なんかの写真で、そんな偉そうな…!
と青褪めるキョーコを振り返ると、蓮は不機嫌さを隠しもせずに「だって、この人がどうしても撮りたいというんだから、しょうがないだろ」と肩をすくめた。

「じゃあ、僕が勝ったら京子さんには僕が指定する衣装で僕の好きな場所で撮影させてもらおうかな。」

カードを切りながら神田はニコニコと笑う。

「君はあの海の写真を気に入ってくれたよね。あのロケ地はハワイなんだけど、そこなんかどうかな?地元民しか知らない、穴場のビーチがあるんだ。日本人観光客なんか、まず来ない場所。もちろん、プライベートで僕のわがままに付き合わせるんだ。旅費も水着も僕が用意しようね。」

「なんの罰ゲームですか⁉︎」

「そのカード、ちょっと貸していただけますか。最上さん。君が切ってサーブして。」

「イカサマなんてしてないよ?」

神田は余裕の表情で、マジックをやった時のように手をヒラヒラとそよがせた。
蓮は無言でカードを集めるとキョーコに渡す。

「なに。勝利の女神がどちらに微笑むのか。采配は女神にお任せしようじゃありませんか。」

長い脚を組み替えて、今夜の賓客がにこやかにのたまった。


******

タクシーに乗り込む二人を、神田はワイングラス片手に見送った。

遠くからはパーティの喧騒。夜は長い。まだまだ続く酒宴は、今も今夜の賓客の話題で持ちきりだろう。

「…残念。」

テーブルの上にはオープンされたカード。
相手のカードの中からハートのクイーンを引き抜いて、くるくると弄んだ。

「今夜はついてると思ったのに」

カードをテーブルに戻して、コンデジのデータを流し見る。
仕事で使うものとは比べ物にならない、軽量なそれには、今夜の客人達の様々な表情が写っている。
目的の写真を見つけ出して、写真家は満足のため息を漏らした。


壁によりかかる、一人の女。

その横顔。


用意された照明も、レフ板も、風も、なにもない。万全のカメラでもない。
しかし、切り取ることができたその一枚。

カメラの小さな液晶に表示される、その光のイタズラのように煌めく瞳の色に、吸い込まれて、神田はもう一度満足気に笑った。

「でも、まあ…概ね、いい夜だったかな。」


******

「ひどい夜だった」

「………。」

膝に頬杖をついた家主の言葉にビクッと肩を揺らしながら、キョーコはパーティの格好のままコーヒーの準備をしていた。
ソファに座った蓮の愚痴はなお続く。…どうやら、タクシーの中で黙っている間に愚痴もどんどん蓄積されたようだった。

「そもそも、君が行きたいっていうから、行ったんじゃないか。俺は断るつもりだったのに。」

「………。」

「ひどいじゃないか。俺は餌?このパーティに潜り込むためのていのいい餌だったんだね?」

「そんなわけありません!」

「なにが違うっていうのさ。俺を一人にして、自分は神田さんと仲良くしてたくせに。」

むぅとむくれる男に、キョーコは返す言葉がない。
別に自分から彼に近づいたわけではなく、最初はたくさん壁に飾られた写真の一つ一つに見惚れていただけだし、
一応、蓮の側に戻れないかちょっと離れたところから様子を伺っていたし。

「ひどいよ。君と二人で過ごそうと思ってたのに、それを犠牲にしてまで君のお願いを聞いたのに。」

愚痴愚痴愚痴のオンパレードだ。
これがパーティで如才なく客達の相手をしていたトップ俳優と同一人物だとは。

コーヒーが落ちきる。…ずっと滴滴落ちていればいいのに。と益体もないことを考えながらキョーコはカップを持って居間に戻った。
蓮は行儀悪くソファに寝そべっている。

「敦賀さん、皺になりますから、せめて上着は脱いでください。」

「いい。どうせあとはクリーニングに出すだけだろ。明後日にはアメリカに行かなきゃならないんだから。日本でこれを着ることもしばらくはないよ。」

つーん。と完全に拗ねた顔。
そんな顔もカッコいいのだから、どうしたものだろう。

「敦賀さん。助けてくださってありがとうございます。」

「………。」

「ね?敦賀さん。敦賀さんが居てくださって、あの時に来てくださって本当に助かりました。」

事態はさらに悪化する可能性もあったのだが、結果だけを言うならば彼は見事にキョーコを窮地から救ってくれたのだ。

「ごめんなさい。敦賀さん。トラブル引き寄せ体質は、次からはおそばを離れませんから。機嫌なおしてくださいよ。」

ソファに座ったキョーコをチラリと見て、
蓮はボソリと呟いた。

「………しくじった。」

「え?」

「俺がアメリカに行った後、必ず神田さんからオファーが来るよ」

「まさか!あれは神田さんのおふざけですよきっと!私が本気にしてあたふたするのが面白くて」

「く・る・よ」

「…はい。」

ギラリと光るその目に怖気づいて、キョーコは素直に頷いた。

「君は、オファーだとしたら、断らないだろ?」

「………そうですね。」

お仕事でしたら。
あの時は突然の申し出にテンパってしまったが、冷静に考えてみれば、ギャラも、きっと事務所がいい落とし所を見つけてくれるだろうし、そうしたら自分は誠心誠意、自分にできることを尽くすのみだ。

蓮は無言で起き上がると、ソファの上をずってキョーコの太腿の上に頭を乗せた。

「敦賀さん?」

「…嫌だなぁ。」

連れて行くんじゃなかったなぁ。

なおもブツブツ文句を言う恋人に弱り果てて、キョーコはサラサラの髪をすく。

「敦賀さん、実は結構、酔ってます?」

「酔ってない。」

「酔っ払いはみんなそう言うんです。」

思えば、あの人垣の中にいる間も、次から次へとお酌をされていたように思う。

神田の前であんな事も言ってしまっていたし、やはりだいぶ酔っているに違いない。

もし、神田に会う事があればそう言い訳しておこうとキョーコは心に決める。

「…酔ってたらなに。どうしてくれるの?優しくしてくれるの?」

ちろりと見上げてきた目は、酔っているのかいないのか、キョーコにすら俄かに判別がつけられない。

「さて、どうしましょう?」

心底困って、キョーコは首を傾げた。
酔っ払いならばこのまま眠ってくれたりしないかしらと頭を撫でるも、彼は目を細めるだけで睡魔の兆しは見られない。

「オファーがきたら、絶対に俺に教えてよ?」

「わかってます。」

神田愁生ほどのビックネームからオファーが来たら、大事だ。それはまず、引き合わせてくれた蓮に報告するのが筋であろう。

…本当に来たら、だけれど。


「だから、くるってば。」

「エスパーですかあなたは。」

「キョーコは顔に出すぎだよ。今度俺とポーカーしよう」

何を賭けようかなぁ。

いつの間にか機嫌が直ったらしい蓮のそんな楽しそうな声を聞きながら、キョーコも何を賭けようか思いをめぐらせた。