実は、場面転換のつなぎ目に凝っていたつもりのこの外伝4
本当は一話でまとめてUPしたかったのですが、新エディタに惑わされ、私の嫌いな分割話にしてしまったのです。
しかも
間に、私のいらぬつぶやきを入れたせいでなんだかわからないものに…!
試してみたら、旧エディタなら一話でいけそう。
せっかく読んでくださっている方に、どうせなら続けて読んでいただきたかった…。
なんだかちょっと悔しいので、全話UPした後ですが、一話にまとめてUPです。
砂漠の国の物語 外伝4
いつものように自分のベッドメイクをしていたカナエは、背後に人の気配を感じて振り返った。
そこに居たのは自分の主であり、親友であるこの国の王妃さまだ。半身を隠して入り口からこちらを覗き込んでいる。
「……なにやってるの?」
すでに王宮の灯りも最低限まで落とされた時刻。いつもならば王夫妻も王宮再奥の寝室に引っ込む時間だ。
カナエの質問はもっともだが、彼女は答えの想像がついていた。
「モ、モー子さん…」
「なによ。とりあえず中に入りなさいよ。」
「うん…」
おずおずと入室して、しかしなおも言い淀むキョーコの姿に、カナエは腰に両手を当てて盛大に溜息をついた。
「…寝る支度は持ってきてるのね。ほら、じゃあイツミのベッドを動かすの手伝いなさい。」
同室の同僚は、女官長に今日一日の報告に行っている。もうすぐ戻ってくるだろう。それまでに二つのベッドを並べて一つの大きなベッドにするのだ。
夜着を抱えて佇むキョーコに皆まで言わせず、ベッドメイクに戻ったカナエにキョーコの顔がパァッと華やぐ。
「モー子さん大好き‼」
「はいはい。わかったから早くする!いちいち抱きつくんじゃないわよ!」
「ただいま~…って、あら?キョーコちゃん。今夜はお泊まりの日?」
抱きついてくる主を容赦無く引き剥がそうとしている同僚の姿になんのツッコミも入れず、部屋に戻ってきたイツミがにこやかに言った。
月に二日から三日ほど、キョーコはカナエとイツミの部屋を訪れて一緒に眠る。
最初は理由を話さないキョーコに、何か王と喧嘩でもしたのかと慌てて王の所へ様子伺いを立てたイツミだが、王からは「大丈夫だから、キョーコの気が済むまで部屋に置いてやって」と言われてしまった。
首を傾げて伝言を持ったきた召使いを帰せば、恐る恐ると言った風でキョーコが「陛下、怒っていらっしゃる…?」と尋ねてくる。
驚いてイツミはキョーコの顔をまじまじと見てしまった。
王は彼女の行動の理由がわかったうえでの言葉かと思いきや、彼女はただ、「今夜はカナエ達と一緒に寝たい」とお願いしただけだと言う。
理由も言わずに。
「………」
「………」
思わず黙ってお見合いしてしまった二人の横で、カナエが盛大に溜息をついて、ベッドを動かすわよと号令を出した。
こんなことが三回も続いて、カナエもイツミも、なんとなくキョーコの心中を察してしまった。
何故、彼女が最愛の君主から離れて眠るのか。
カナエと視線を交わして、イツミは肩をすくめて見せた。カナエは少し怒ったように眉間に皺を寄せている。
イツミが灯したアロマキャンドルの香りを誉めて、うっとりとその炎の揺らぎに見惚れているキョーコの後ろ頭は、なんの悲壮感も感じさせない。
しかし、カナエもイツミも、自分達の主がどれだけ秘密主義か知っている。
彼女を挟むようにして寝台に座った侍女たちは、今夜こそは逃すことなく話を聞かなくてはならないと決心し、まずはしかめ面のカナエが口火を切った。
「あんたが隠してる外泊の理由。たぶん陛下は察してるわよ」
「お前、わかってるんだろ。キョーコ様が毎月同じ頃にカナエさん達の所へ行く理由」
ヤシロの詰問に、レンは琥珀の酒の揺らぎを見ながら、ただ微笑んでみせた。
ヤシロは自分の杯を一気にあけて、溜息をついた。
「心配した女官長から俺にご注進が入ったんだ。俺が知らされる位だ。お前はとっくに知っていただろう」
月に、数日。月の同じ頃に、寝室を別にする夫婦。
「俺は彼女に何も言うつもりはありませんよ。ただ、月に一度。仲の良い侍女達と一緒にいたいと言ってるだけだ。昼間はあんなに働いてくれる彼女のお願いを、無下にすることなんてできません。」
「…そうやって、気づかないフリを決め込んでいるのか。…だが、女官長の心配は最もだ。彼女はお世継ぎの誕生を心待ちにしている多くの人の筆頭だ」
斬り込むヤシロの言葉に、レンはただ酒を舐める。
王の居室に比べれば簡素なヤシロの自室でも、彼がいるだけでいちいち優雅な空気に変わる。
世継ぎ問題は王国の重要課題だ。
けれどいっかなとりあわない様子の王の姿に、腹心の心も苛立つ。
「レン」
「ヤシロさん。ことこれに関しては、俺は俺のワガママを通させてもらいます。」
「お前のワガママ…?」
キョーコ様のではなくて?
訝しげに眉をしかめるヤシロに頷いて、レンは手酌で酒をついだ。
「女官長とヤシロさんの予想は当たってると思いますよ。俺の予想もそうです。…彼女は子供ができるのを恐れている。」
子供ができそうな夜に、俺から離れるのはそのためでしょう。
あまりといえばあんまりな事をさらりと言ってのけた主君に、ヤシロは咄嗟にどう反応したらいいのか迷ってしまった。
言ってしまえば、ささやかな抵抗だ。
夫婦は完全に寝台を別にしているわけではない。
彼女が把握している日程が、絶対であるわけではない。
彼女もそれを知っているだろうに、けれど、やめられない抵抗。
彼女の、ささやかな、逃避。
「いいんですヤシロさん。だって彼女は…」
「だって…だってモー子さん…」
ウロウロと揺れる瞳に、カナエはしかしほだされることなく「だってじゃない!」と叱りつけた。
「あんたはいつまで、その母親の妄執にとり憑かれてるつもりなの!」
跳ね上がったキョーコの肩を、反対側からイツミが優しく撫でた。
涙の堰が今にも決壊してしまいそう。
星を含む綺麗な瞳を覗き込み、イツミが優しく夜の帳の髪を撫でた。
「子供の頃に刷り込まれたくだらない妄言をバカみたいに信じ込んで、いつまでもウジウジと!……ちょっとはマシになったと思ってたのに。」
手巾をキョーコに渡したカナエが、相変わらずのしかめ面でホロホロと零れる涙の雫を目で追った。
「わかってる…わかってるのよ…王妃としてこの国に戻ってきた、その意味位。でも…わたしなんかが…」
キョーコの言葉を聞いた途端、カナエの柳眉がキリリとつり上がった。
「おだまり!それ以上言ったら絶交よ!」
びしりっと突きつけられた指先に、キョーコの喉が「ひぐっ」と鳴いた、
「今はあんたに"王妃"さまの在り方なんて言ってないわよ!あんたのその行き過ぎた自己卑下をやめろと言ってるの!」
「でも!」
一際大きなキョーコの悲鳴に似た声に、カナエの口が閉じた。
揺れる瞳。悲痛なほどに。
その訴えは、ひたすらに喘ぐように
「わたしなんかが…母親になんて…あの方の、お子を…なんて…もし…わたしと同じ、お子が産まれてしまったら…!」
恐くて…
ホロホロと涙を流すキョーコに、カナエの肩から力が抜けた。
やりきれない思いに、自身の黒髪をぐしゃりとかき混ぜる。
悪魔の子と、
そんな
なんの根拠もない決めつけを
けれど根拠なんて必要ない無垢な子供に刷り込んだ。
「…あたしにはあんたの母親こそが悪魔だわ」
会ったこともないけど。というカナエの呟きに、「お会いしたくもないわね」とイツミが返した。
「…ねぇ」
カナエの呼び掛けに、真っ赤な目が上げられた。
「あんたの耳は、聞こえる方?」
唐突な問いに、キョーコが目を瞬かせた。
「好きよ。」
ポカンと口を開けたキョーコから視線を逸らし、頬杖をついたカナエが行儀わるく舌打ちをした。
「あたしはあんたが好きよ。ねぇ、聞こえてる?あんたのそのご大層な耳は。遥か昔に聞いた母親の声ばかりよみがえらせて。今、伝えてるあたしの言葉も、声も、届けないのかしらね。
ねぇ、悪魔の子なんて言われたあんたを、周囲すべてを不幸に導くなんて言われたあんたを、好きだなんて言う私は、もうどこかおかしくなってるのかしら?」
ねぇ、あたしはどこかおかしい?
涙も声も消えてしまったキョーコの髪を撫でて、イツミも微笑んで言った。
「わたしもよ。わたしもキョーコちやんが大好きよ。…ねぇ、キョーコちゃん。わたしもカナエも、キョーコちゃんが陛下のそばにいるのが嫌なら、いくらでもこの部屋に来てくれたらいいと思ってるのよ。」
でも、そうじゃないでしょう?
彼女が夜中に何度も目を覚ましてしまっていることを、カナエもイツミも気づいている。
眠れず、窓の外をそっと見ていることを。彼の居室がある方向を、見ていることを。
「キョーコちゃんが、そんな妄言ばかり信じて、そんな理由で逃げているのなら、私達は"それはいけない"と言わなければならないわ。」
「わかる?あんたがあんたを、自分で傷つけてるからよ。」
「私達はそれが許せないわ」
「別にあの王との子供ができようができまいが、いっそどうでもいいの」
「いっそ、子供は二の次なんです」
「おいおい…」
うなだれるヤシロに、レンは綺麗な笑顔を向けた。
「だって、ヤシロさん、彼女は、『幸せだ』って、言ってくれたんです。」
初めて、抱いた時。
幸せだと、言ってくれたんです。
その言葉に、涙が出そうだったなんて、彼女は知らないだろう。
言葉一つでこんなにも、俺を幸せにしてくれただなんて、彼女は気づいていないだろう。
「俺は彼女に幸せを与えたい。こと、これに関してだけは。子供も作らなくてはならないからではなく、俺が彼女を愛しているから、そうするんだと。」
レンの顔を見て、ヤシロは思わず視線を逸らし、ぐしゃりと乱暴に自身の髪をかき混ぜた。
…ヤシロとて、こんな言葉は言いたくない。けれど、言わなくてはならない。
「…だが、今はまだよくても、子を産まぬ王妃への風当たりは強くなる。逆に、お子を産めば彼女の地位は安定するぞ。」
「同じ事は二度言いません。」
そっけなく言って酒をあおるレンにヤシロは顔を覆って俯いた。
キョーコは己の手のひらから顔を上げた。
こんな所でいつまでも俯いていられない。
夜の始まり。すでに王宮の灯りも最低限まで落とされた時刻。
王夫妻の寝室の入口で、キョーコは改めて気合いを入れた。
優しい侍女達の言葉を胸に。
愛しいあの人を信じて。
ーーー君は、ただの子供だよ
ーーー心ない言葉に傷ついた
ーーー小さな、可愛いただの女の子だ
深呼吸の後、寝室に入ると、彼女の夫が書類から顔を上げた。
その少し驚いた顔に、キョーコの眉がキリリと上がる。
「また…!陛下!こんな小さな灯りでお仕事なさらないでとあれほど申し上げたではないですか…!」
「いや、これは…」
「この部屋にはお互いお仕事を持ち込まない。二人でそう決めましたよね?」
「そうなんだけど…その書類は明日の朝一で使いに持たせたいもので…」
「だからってこのような中で…!どうしても続けるとおっしゃるならもっと灯りを持たせます!わたくしも勿論起きていますからね?よろしいですか⁉」
腰に手を当てて怒りを顕にするキョーコに、レンが参ったなと笑った。
仕事は明日の朝にするから人を呼ばないでと言って諸手をあげる彼に、鷹揚に頷いてキョーコは書類の奪取に成功した。
そんなキョーコの書類を持たない方の手を、緩くレンが取る。
「キョーコ…?」
甘えた声のそんな小さな呼び掛けだけで、赤くなる耳を見つけて、レンの胸がじわりと温かくなった。
ゆらゆらと、揺らす、緩く繋いだ指先。
「今日はここで、寝てくれるの?」
まだ、彼女にとっての安全日とは言えない今夜。
彼女が小さく息を飲んだ。
微かによぎった恐怖の色に、胸を痛ませながらも、レンは緩く繋いだ手を離せないでいた。
潤む瞳が、逡巡して震える唇が、彼女の思いをかたどるのを待つ。
「キョーコ?」
「ここで…ここに、居ます。あなたのお側に…いたいです」
けれど
『悪魔の子…‼』
まだ、心が竦んでしまう
痛む心に耐え、彼女の眉が苦痛に歪んむのを、レンが心配そうに見つめる中、
まるで、懺悔するように彼女は言葉を吐き出した。
「………今夜は、したくありません」
言って彼女はぎゅっと目を瞑ったので、
レンは甘く苦笑した。今度はその手を強く握りなおして、そっと引いた。
きっと、断頭台にでも立った気分でいるのだろう。
周囲にとっては、水くさいことこの上ないのだが
彼女にとっては、闇雲に逃げるのをやめ、レンを信じてくれた、大きな一歩なのだ。
「ん。いいよ。しなくてもいいから…一緒に寝よう。きっと優しい夢を見るよ。」
嬉しそうなレンの笑顔とは対象的に、キョーコはぐしゃりと顔を悲しみに歪ませた。
「……ぅ………」
「うん?」
「…ダメですぅ…」
「ひどい顔だね。ほらほら、こするんじゃない。」
ボロボロと泣き出したキョーコに、レンは笑って涙をぬぐってやった。
「君だって、知ってたろう?俺は君を甘やかすのが大好きなんだって。俺の答え位、予想してほしいな」
こぼれ落ちる髪をすいて耳にかけてやりながら、顔を覗き込むと、彼女が首を横に振った。
信じていた。わかっていた。
彼が無理強いを、しないこと位。
けれど、その甘さに浸る事が
「ダメですぅ…どうして…義務も果たさずに、なのに愛してほしいだなんて…そんな勝手が…許されてはいけませ…」
えぐえぐと子供のように泣くキョーコに、レンはやれやれと息をついた。
「別に毎夜毎夜、してるわけじゃないだろうに」
そう言って、性を感じさせない抱擁をした。
小さい子にするみたいに「よしよし」と背中を撫でる。
「大丈夫大丈夫。」
華奢な身体を抱き締めて、寝台に横たわると、レンはその黒髪にキスをした。
震える身体。願う事を覚えた女の子。
心を締め付ける、妄言を、疑うことを知った子供。
逃げる事を選べるようになったひと。
逃げながらも、恐れながらも、手を差し伸べることができるようになった
愛しい子。
大丈夫。
大丈夫。
何回だって、言ってあげる。
「君は許される」
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