試合会場に行くと、たくさんの子どもたちがいます。

 

必死にシャトルを追っている子。

 

ポイントを取って小さくガッツポーズをする子。

 

負けて、なかなかコートから出てこられない子。

 

仲間の試合を大きな声で応援している子。

 

当然、僕も選手を見ています。

 

でも時々、

 

コートではなく、その後ろを見てしまうことがあります。

 

保護者席です。

 

子どもがミスをした時。

 

連続でポイントを取られた時。

 

あと一本で負けた時。

 

そして、

 

試合を終えた子どもが戻ってきた時。

 

その時の大人の表情や言葉が、僕は気になります。

 


 

子どもが負けた。

 

本人も悔しい。

 

そこへ、

 

「なんであそこで打たなかったの?」

 

「練習ではできていたじゃん」

 

「もっと足を動かさないと」

 

そんな言葉がすぐに飛んでくる。

 

もちろん、

 

親も一生懸命なのだと思います。

 

毎日の送迎をして、

 

大会にも付き添い、

 

子どもが努力してきた姿を一番近くで見てきた。

 

だから勝ってほしい。

 

その気持ちはよく分かります。

 

僕も選手が負ければ悔しい。

 

でも、

 

時々、不思議に思うことがあります。

 

なぜ、大人の方がその試合の当事者になっているのだろう。

 


 

コートに立ったのは子どもです。

 

サーブを打ったのも、

 

ミスをしたのも、

 

怖くなったのも、

 

最後の一本を取り切れなかったのも、

 

その子です。

 

そして、

 

その経験を次にどうするのかを考えるのも、

 

本来はその子自身です。

 

大人が先に答えを言ってしまえば、

 

子どもは自分で試合を振り返る前に、

 

大人の評価を聞くことになります。

 

「今日の試合、どうだった?」

 

と聞かれる前に、

 

「今日はダメだった」

 

と決められてしまう。

 

それは少し、もったいない気がします。

 


 

だからといって、

 

僕は「親は何も言わない方がいい」とは思っていません。

 

子どもには、

 

大人の支えが必要です。

 

励ましてほしい日もある。

 

話を聞いてほしい日もある。

 

アドバイスが必要なこともあります。

 

ただ、

 

応援することと、子どもの競技の当事者になることは違う。

 

ここは、僕自身も指導者として気をつけなければならないところだと思っています。

 

指導者だって同じです。

 

勝たせたい気持ちが強くなりすぎれば、

 

選手より先に答えを出したくなる。

 

動かしたくなる。

 

こちらの思い通りにプレーさせたくなる。

 

でも、

 

僕が代わりに試合をすることはできません。

 


 

試合が終わった子が、

 

保護者席へ戻っていく。

 

勝った日は、

 

たぶん難しくありません。

 

「よかったね」

 

「頑張ったね」

 

自然に笑顔になれる。

 

僕が気になるのは、

 

負けた日です。

 

思うようにできなかった日。

 

期待していた結果にならなかった日。

 

そんな日に、

 

その子が戻ってきた時、

 

大人はどんな顔で迎えるのだろう。

 

次の大会でも、

 

僕はコートを見ると思います。

 

でも時々、

 

その後ろも見ると思います。

 

勝った子をどう褒めるかより、負けた子をどう迎えるか。

 

そこには、

 

僕たち大人が子どものスポーツに何を求めているのかが、

 

少しだけ表れるような気がしています。

 

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