最近、塩尻の練習を見ていて、少し感じていることがあります。

 

僕が子どもたちに指示することが、以前より少なくなってきました。

 

「準備して」

 

「次はこれをやって」

 

「誰か声をかけて」

 

「早く始めよう」

 

以前だったら、こちらから声をかけていたような場面でも、最近は子どもたちが自分たちで動くことが増えてきたように感じます。

 

誰かが動き始める。

 

それを見て、別の子も動く。

 

必要なことがあれば、誰かが声をかける。

 

分からなければ、子ども同士で話している。

 

もちろん、まだ全部が全部というわけではありません。

 

言わなければならないこともあります。

 

それでも、

 

「言われたから動く」から、「自分たちで気づいて動く」へ。

 

少しずつ変わってきているのかなと思います。

 

大人が言った方が早い

 

子どもたちを指導していると、どうしても言いたくなります。

 

準備が遅ければ、

 

「早く準備しよう」

 

と僕が言った方が早い。

 

誰も動かなければ、

 

「○○やって」

 

と役割を決めた方が早い。

 

練習が止まれば、

 

次にやることをすぐに教えた方が効率もいい。

 

実際、その方が練習はスムーズに進みます。

 

でも最近、

 

少し違うことも考えるようになりました。

 

大人が先に気づいて、

 

大人が先に言って、

 

大人が全部整えてしまったら、

 

子どもたちはいつ、

 

「自分で気づく」

 

ようになるのだろう。

 

少し待ってみる

 

何も言わずに見ていると、

 

こちらが思っているより時間がかかることがあります。

 

「早くやればいいのに」

 

と思うこともあります。

 

でも、

 

しばらくすると誰かが気づく。

 

そして動き始める。

 

すると、

 

その一人を見て、周りも動き始める。

 

最近は、そんな場面が増えてきました。

 

これって、バドミントンが上手になることとは少し違う成長かもしれません。

 

でも僕は、

 

とても大事な成長だと思っています。

 

自主性は、一人だけのものではない

 

もう一つ面白いのは、

 

自主性というのは、一人ひとりの能力だけではないということです。

 

誰かが動く。

 

誰かが声をかける。

 

誰かが後輩を手伝う。

 

それを毎日見ていると、

 

今度は別の子が同じことをするようになる。

 

少しずつ、

 

「このチームでは、自分たちで動くのが普通」

 

になっていく。

 

これがチームの文化になっていくのかなと思います。

 

指導者が毎回、

 

「自主的に動きなさい」

 

と言わなくても、

 

周りを見ながら自然と動く。

 

そんな集団になっていったらいいなと思っています。

 

指導者が必要なくなっていく

 

指導者として、

 

教えられることが増えるのは嬉しいことです。

 

でも、

 

本当に目指したいのは、

 

僕がいなければ何もできない選手を育てることではありません。

 

自分で考える。

 

自分で動く。

 

仲間と話す。

 

必要なら助けを求める。

 

そして、

 

自分たちで練習をつくっていける。

 

そんな選手になってほしいと思っています。

 

だから最近、

 

僕が言わなくても子どもたちが動いている姿を見ると、

 

少し嬉しくなります。

 

成長というのは、大人が何かをさせられるようになることではなく、大人がいなくてもできることが増えていくことなのかもしれません。

 

これから僕の声が、

 

もっと必要なくなっていったらいい。

 

それは指導者として、

 

少し寂しくて、

 

とても嬉しいことなのだと思っています。