最近、子どもたちを見ていて、不思議に思うことがあります。

 

どうして大人は、こんなにも子どものやることに関わりたくなるのだろう。

 

練習のこと。

 

試合のこと。

 

友達とのこと。

 

チームのこと。

 

誰と練習するのか。

 

何をするのか。

 

どうすればいいのか。

 

子どもが何かをするたびに、大人が先に考え、先に動き、時には子どもの代わりに話をする。

 

もちろん、心配だからだと思います。

 

失敗してほしくない。

 

嫌な思いをしてほしくない。

 

できればうまくいってほしい。

 

親なら、そう思うのは自然なことだと思います。

 

でも最近、僕は少し違うことを考えるようになりました。

 

大人に大人の世界があるように、子どもには子どもの世界がある。

 

そこに、大人はどこまで入る必要があるのでしょうか。

 

親がいないから、できることもある

 

子どもたちだけでいる時の姿を見ていると、大人の前とは少し違います。

 

自分たちで話す。

 

揉めることもある。

 

誰かが困っていれば声をかける。

 

意見が合わなければ、自分たちで折り合いをつける。

 

うまくいかないこともあります。

 

でも、僕はその「うまくいかない時間」も大切だと思っています。

 

誰かに嫌なことを言われた。

 

自分の思い通りにならなかった。

 

仲間とうまく意思疎通できなかった。

 

そんな時、

 

「どうしよう」

 

と自分で考える。

 

相手に伝えてみる。

 

失敗する。

 

また考える。

 

そうやって、人との関わり方を覚えていく。

 

ところが、そのたびに大人が入って答えを出してしまったら、

 

子どもが自分で人間関係をつくる機会は、どこへ行くのでしょう。

 

ずっと見られているということ

 

もう一つ気になることがあります。

 

子どもが何かをする時、いつも親が見ている。

 

練習を見ている。

 

試合を見ている。

 

終わったら評価される。

 

良かったことを言われる。

 

できなかったことも言われる。

 

それが当たり前になると、

 

子どもはいつの間にか、

 

「自分はどうしたいか」より、「親からどう見えるか」

 

を気にするようにならないでしょうか。

 

本来スポーツは、子ども自身がやっているものです。

 

コートに立つのも子ども。

 

失敗するのも子ども。

 

悔しいのも子ども。

 

うれしいのも子どもです。

 

その経験まで、大人のものにしてはいけないと思っています。

 

その関わりは、誰のためだろう

 

親が子どもに関わる時、

 

一度だけ考えてみてもいいのかもしれません。

 

「今、私は何のために関わろうとしているんだろう?」

 

この子の安全を守るためなのか。

 

この子が助けを求めているからなのか。

 

それとも、

 

失敗する姿を自分が見たくないからなのか。

 

自分の思った方向へ進んでほしいからなのか。

 

自分が安心したいからなのか。

 

同じ「子どものため」でも、少し違います。

 

もちろん、危険なことや、いじめ、ハラスメントなど、大人が入らなければならない場面はあります。

 

そこは放っておく話ではありません。

 

でも、子ども自身が乗り越えられる小さな問題まで、大人がすべて取り除く必要はないと思っています。

 

見守ることは、何もしないことではない

 

子どもから少し離れるというと、

 

「放任ではないか」

 

と思われるかもしれません。

 

僕は違うと思っています。

 

いつでも助けられる場所にはいる。

 

でも、すぐには手を出さない。

 

困っているからといって、すぐ答えを教えない。

 

子どもたちだけで解決できそうなら、少し待ってみる。

 

そして本当に助けが必要になったら、手を差し伸べる。

 

こちらの方が、大人にとっては難しいことなのかもしれません。

 

子どもを動かす方が簡単だからです。

 

子どもの人生を、子どもに返す

 

僕たち大人は、子どもより長く生きています。

 

だから、先が見えることがあります。

 

「それをやったら失敗するよ」

 

と思うこともある。

 

でも、失敗すると分かっていても、

 

安全に失敗できることなら、経験させた方がいいこともあると思っています。

 

いつか子どもたちは、大人になります。

 

その時、親がいつも横にいるわけではありません。

 

自分で考える。

 

人と関わる。

 

失敗する。

 

助けを求める。

 

もう一度やる。

 

そういう力は、

 

大人がいない時間の中で育つものもある。

 

だから僕は、子どもの世界をもう少し子どもたちに返してもいいのではないかと思っています。

 

大人がいないから育つものがある。

 

親が決めないから、自分で決めるようになる。

 

助けてもらえないからではなく、

 

「自分でやってみる時間を、大人が奪わない」

 

ということ。

 

子どもの成長を願うからこそ、

 

時には近づくことより、

 

少し離れて見ていることの方が必要なのかもしれません。