いつもありがとうございます。
今日は、少し深い話を書かせてもらいます。
バドミントンの話だけじゃなく、生きていく上での話です。
「頑張っているのに、誰も見てくれない」
「こんなにやっているのに、認めてもらえない」
こういう気持ちになったことは、ありませんか?
選手も、保護者も、指導者も、仕事をしている大人も。
この気持ちは、誰もが一度は感じることだと思います。
今日は、このことについて正直に書きます。
まず、一つ聞かせてください。
あなたは今、誰のために頑張っていますか?
「認められるために頑張っている」
「評価されるために頑張っている」
「誰かに見てもらうために頑張っている」
もしこれが答えなら、それが「認められない辛さ」の原因かもしれないです。
認められることを目的にして頑張っている限り、認められなかった瞬間に頑張る理由が消えます。
評価されることを目的にして努力している限り、評価されなかった瞬間に努力する意味が分からなくなります。
コーチとして、15年間選手たちを見てきました。
長く成長し続ける選手には、共通したものがあります。
「認められるから頑張る」ではなく「自分がそうありたいから頑張る」という軸を持っていることです。
試合で勝っても負けても、コーチに褒められても叱られても、その軸は変わらない。
「自分はどんな選手でいたいか」「自分はどんな人間でいたいか」という問いへの答えを持っている選手は、認められなくても動き続けます。
なぜなら、頑張る理由が自分の内側にあるからです。
外側からの評価に左右されない。その強さが、長期的な成長を生みます。
「在り方」という言葉を、私はよく使います。
「在り方」とは「自分はどんな人間でいるか」という軸のことです。
「認められたい」「評価されたい」は、外側に向いた欲求です。
「こんな人間でいたい」「こう在りたい」は、内側に向いた在り方です。
外側に向いた欲求で動いている人は、外側の状況が変わるたびに揺れます。
内側の在り方で動いている人は、外側の状況が変わっても揺れません。
この違いが、長期的に大きな差を生みます。
でも正直に言います。
「認められたい」という気持ちは、人間として自然なことです。
誰だって、頑張ったことを見てもらいたい。努力を認めてもらいたい。その気持ちは本物だし、大切にしていいです。
問題は、それが「頑張る理由」になっている時です。
「認められたいから頑張る」ではなく「頑張った結果として認めてもらえたら嬉しい」という順番にすること。
この順番を変えるだけで、頑張ることの質が変わります。
プロコーチとして、クライアントの方によく聞く質問があります。
「誰も見ていなくても、同じように頑張れますか?」
この質問に「はい」と答えられる人は、在り方で動いている人です。
「それは難しいです」と答える人は、外側の評価で動いている人です。
どちらが悪いということじゃないです。
でも「誰も見ていなくても同じように頑張れる人」の方が、長期的に大きく成長することを、15年間で何度も見てきました。
誰も見ていない練習で手を抜く選手は、試合でも大事な場面で手を抜きます。
誰も見ていない練習でも全力でやる選手は、試合でも大事な場面で全力が出ます。
「見られているかどうか」ではなく「自分がどうありたいか」で動ける選手が、本物の強さを持っています。
最後に。
「頑張っているのに認められない」と感じている人へ。
一度だけ、自分に問いかけてみてください。
「自分は誰のために、何のために頑張っているのか」
その答えが「認められるため」なら、少しだけ軸をずらしてみてください。
「自分はどんな人間でいたいか」「何のためにこれをやっているのか」という問いへの答えを、自分の言葉で持つことが先です。
その答えが見つかった時、認められなくても動き続けられる力が生まれます。
認められることより、自分が納得できる生き方をすること。
それが、本当の意味で豊かな人生につながると思っています。