法学部の学生のころまだ自分の適性を見極められなくてクラシックギターのクラブに入った。
そのクラブにはフラメンコギターを弾く一人の学生がいた。
彼のギターへの情熱は他の私たちにはとても付いていけないくらいのものだった。
コンサートマスターだった彼が寸分の狂いなく打つリズムは機械のように正確で、私たちにミスを許さない彼に私たちは時折ため息をついた。
定期演奏会でボレロを彼の編曲で弾いた。
たった一台のギターで始まり、一台また一台と増え、最後は数十台のギターの合奏はまるでとどろきのように会場に響き渡り、そしてクライマックスで不意に終わる。
私たちのボレロは彼の気迫で完成した。
卒業の時、他の同級生は公務員や銀行やあるいは大学院に進むというときに彼はフラメンコギターでスペインに留学をした。
「大丈夫かよ?」
誰もがそう言った。
卒業から20年以上たったある日、あるテレビ番組で美しい女優さんがフラメンコを踊るその隣でフラメンコギターを弾く彼を見た。
彼は今、フラメンコギターの世界では知られた存在だ。
恋人でもなかった彼を今鮮明に思いだしたのは、モーリスラヴェルのボレロを聞いたからだ。
音楽というものは、その曲を聞いたころの自分に一瞬にして時空を超えて引き戻してくれる力があると思う。