こんにちはニコニコ


年老いた両親の話が続きましたが


火曜日深夜はわたしが大好きなテレビ番組

ラブラブ中京テレビの『太田上田』をロキポで観て


(『太田上田』はYouTubeでも観られます)


ラブラブTBSラジオの『爆笑問題カーボーイ』を聴いて


テンションが上がりました。


***


結局のところ、親は親、わたしはわたしです。

親に必要以上に構っている暇は無いし

わたしは仕事をして生活していかなければならないし。

残りの人生、楽しみたいので

必要以上に親に邪魔されるのは心外です。


というのも、あまり書きたくはありませんが、


8年前に元夫の異常なヤキモチとモラハラが原因で

体調を崩して逃げるように離婚して戻ってきたわたしに

「世間体が悪い、みっともないから同じ市に住むな💢💢💢」

と、気が狂ったように言ってきたのは母です。


わたしに言うだけでは物足りず

父に毎日当たり散らして

「あの子の結婚がうまく行かなかったのは

あんたのせいだ💢

あんたが◯◯さん(わたしの元夫)にうまく話が

出来なかったから、あの二人はこじれたんだ💢

市内に住まないようにあんたからも言いなさい💢」

と父に怒鳴り散らす毎日。

こういう人なんです、恥ずかしい母親ですが💦



それを目の当たりにした妹が

「お姉ちゃん、お父さんが可哀想だから

市内に住まないでえーん

と言ってきたのです。



もう少し遡ると

元夫は、母から見てもルックスが良く

「俳優さんみたいだね」とわたしに言ったりして、

資産家で、エリートであることも凄く気に入っていました。

母はわたし以上に舞い上がってわたしの再婚を

親戚に自慢して歩いたのです。

それが離婚となったので、自分の面目丸潰れで

我慢できなかったという、

本当にお恥ずかしい親なのです。



わたしは、

「だったらそれで構わないので

一生会いませんから」

という姿勢でしたし。

大嫌いな母と縁が切れて、スカッとしていました。



実際は、ボロボロに傷付いて離婚をし

妹宅の近くにアパートを借りたのに

市外に住めと言われて、また部屋探しをして

クタクタで。

精神的にもその時期はボロボロになりましたが。



立ち直ると過去を一切振り返らないタイプのわたしは

「母からも解放されたし、介護もしなくて良いし

人生楽しめるぞ〜キラキラキラキラキラキラ」と

身軽になれたことで清々しかったのを覚えています。



その後、3年くらい経ってから

弟を通じて軽い謝罪はあり、わたしも許さないといけない雰囲気になったので

上辺だけは仲の良い感じで距離をおきながら付き合ってきました。



ただ、『言ったこと』は『言わなかったこと』にはなりません。時々思い出しては

「わたしを『みっともない』と言った母の介護なんか

絶対にしない。わたしの何倍も可愛がられた妹と弟がやればいいんだ」

と思ってきたので

父の心配はしてきましたが

母のことはどうでも良いのです。


妹、弟も、母の介護に関しては

わたしに一切期待していません。

幼少期からの母のわたしに対する暴言や理不尽なヒステリックなど、全て事情を分かっているからです。


この件は、ブログにちょこっと書いたかどうか覚えていませんが、

「振り返っても仕方がないことは振り返らず

とにかく人生を楽しみたい‼︎

母なんかに振り回されたくない‼︎

母はどうせわたしより先に死ぬんだし

わたしはわたしで楽しむんだ‼︎」

と心底思っていて、そのうちにその考えは無意識に

わたしの中に根付いていったので

普段考えることもなく

今更、誰かに語ることでもなくなっていました。


妹、弟が理解者であることも大きいのですが

関わらなくて済む、ということほど有難いことはありません。


一人暮らしに慣れ過ぎて、おひとり様にも慣れ過ぎて

家族で過ごす人ってストレス溜まらないのかなぁ、

ひとりの時間が無くても辛くないのかなぁ、

と本気で思ってしまうまでになった現在


今更、親のことで煩わされることはありません。


市外に住んだことが返ってラッキーだったとさえ

思えます。

あの時は辛かったけど、そのお陰?で母の介護からは免れられる訳ですから。

「みっともないから市内に住むな!」と派手に騒いで言っておいて、年老いたからと言って

「わたしの面倒をみなさい」なんて絶対言わせませんからてへぺろ


妹、弟がいますし。


ふと、こんな恥ずかしい話は書きたくなかったのですが

改めて

目には目を、歯には歯を‼︎


わたしはお人好しではないので

母に対してはその考えで、全く後悔はありませんニコニコ

それで帳尻が合うし、お互いに嫌いなのだから、無理して付き合うことはないし、

必要以上に近付かないのが、

お互いの幸せだと思っています。


妹、弟とは血の繋がりを感じますが

母のことは遠い親戚のオバサン、という感覚しか持ったことがありません。

あまりにも性格が違い過ぎて、家族と思えないのです。

もっとめちゃくちゃな親子関係もありますし

恵まれたこと、恵まれなかったこと、

人の数だけ様々なことがあります。


今現在は、意外なことに?

仕事が張り合いがあって充実を感じています。

派遣で、難しい仕事なのですが

健康に気をつけて長く勤務したいと思っていますウインク


(ふと思い出しましたが

今から10年前、両親が73歳の時に

父が忍耐の限界で「母さんと離婚する!」

と言い出して、わたしは大賛成して喜びましたが

短期間別居した後に、父が母に謝罪して

離婚話は消えました←『父よ!情けないぞ!』と内心思いました。離婚して欲しかったのに、ガッカリでしたw)完了