春の決断
先週末、送別会でした
私の。
突然の退職だったんだけど、同期のみんなが集まってくれまして。
1年前の突発性難聴後も、ずっと仕事で耳を酷使し続けていたから耳の痛みとめまいが悪化。
仕事→悪化→休む→仕事→悪化→休む→仕事→悪化・・・の繰り返し。
そんなこんなで、今の仕事を続けない方がいいとお医者さんに言われちゃった。
というのが、2週間くらい前のこと。
で、耳を使わずにいたら、だいぶ調子戻ってる![]()
原因がまさに業務なのに、無理して、体削って、薬飲んでまで働くのよそうって。
完治までは、自分の目指している仕事ではないけど続けなきゃって、意固地になってたのかもしれない。
不安だったのかな、病後に受け入れてくれた場所から去ることが。
でも退職を決断、正直、ホッとした部分もあり。
誰かに止めてもらわないとダメだったというか・・・。
病気をしてから、何もかもが途中のままで終わっちゃうの。
みんな体を優先すると全うできなくて。
それが、体のためなのか、甘えなのか本当のところ分かんなくなってる。
それなのに落ち込むことなく、元気です。
この精神力だけは自分でも驚き、成長したナなんて![]()
だって私の中で大きな計画がスタートしているから、それこそ譲れないことだから。
詳しいことはまた、後日改めてご報告します。
このあいだ、つくしを見つけた。
いのちのエネルギーがあふれる感じで、こっちも元気になる![]()
春ですね。
体に悪いとは知りながら
昨年の秋にチリへ行ったときのこと。
サンチャゴまで直行便がないので、トランジットでトロントの空港に7時間も待機。ひたすら時間を潰していたら、再会してしまった![]()
恐怖のお菓子、Reese's。
学生時代にアメリカへ留学したときにはまって、太る原因の一部となっただろうチョコ
。
中にピーナツバターが入っていて、初めて食べたときにはその甘さにクラクラしたほど。
でもなぜか、また食べたくなって、歯を浮かせながらも食べちゃう。
当時、日本人学生で流行ったHERSHEY'SのCookies&creamは大人買いして日本へのお土産にしたら大好評。
しばらくすると日本でも良くお店で見られるようになった。
でも、甘くてお土産にはちょっと・・・と思って買わなかったReese'sは日本のどこを探しても売ってなくて。
あれからすっかり存在を忘れていたのに、それなのに![]()
カナダでの再会があって、忘れられず。
今月、父がアメリカへ仕事で行くと聞いて、思わず買ってきて~と頼んでしまった。すると、こんなに大量に!!!
甘いチョコの中にしょっぱ甘いピーナツバター、やみつきになること確実。
嫌いっていう日本人も多いけど。
ちょっと前に騒がれた塩スィーツなんかより大先輩なんじゃ?
私は塩キャラメルの甘さはちょっとダメなんだけど・・・これは大丈夫。
日本では使用が認可されていない酸化防止剤が入っていて輸入できないらしい。
やっぱり、怖いなあ
ゲキ甘だし、カロリー高いし、いろんなもの入ってるし、体に悪いって分かってるのに。
ファーストフードもインスタントラーメンも食べないけど、これは好き!なんて・・・矛盾してる、わたし。
まあ、たまに食べるならいいよね??
抗がん剤治療後3年、髪の毛の今
髪の毛が伸びたなあ、と30年生きてきて何度も感じてきたように当たり前に感じる今日このごろ。
治療で抜けちゃったのに、と思うことが減った。
それは、確実に私が治ってきている証拠であって、忘れ始めているということ。
髪の長さがはるかに肩よりも長くなった。
あれ?そういえば、最後の抗がん剤治療って3月だった。
PCに眠っている副作用記録を開いてみた。
3月18日、3年前の。
3年も経つんだ。
今、直面していることなんて、大したことない全く大したことじゃないなって涙が出たよ、でも元気な涙ね![]()
成長したはずなのに、あの頃の私に励まされるなんて。
3つも大人になってるのに、笑っちゃう。
ゼロからよくここまで伸びた、ほんとうによく伸びたゾ、感心。
実は地肌を触ると、まだちびっちゃい髪がいっぱいある、でも見た目では全然わかんない。
ここまで伸びた髪の毛が意地らしくて、かわいそうすぎて傷つけたくなくて、
カラーだけは未だにどうしてもできない![]()
治療でどのくらい抜けてどのくらいで生えて伸びるのかを必死で調べていた私、シャワーを後に髪の毛の束で真っ黒になった排水溝を前に震えていた私に伝えてあげたい。
これから治療をする人たちへも伝えたい。
「絶対生えてくるから、大丈夫」って。
主治医の先生にもこう言われていたんだけど、あそこまで無くなると不安になるんだよね。
分かりにくいけど、こんなに伸びました![]()
牛乳は牛の赤ちゃんのもの
先日の記事で思いのほか反響があり・・・
牛乳についてちょっとだけ書いてみます![]()
↑これは・・・乳牛じゃないか。。
私が病後、食生活からガン細胞をやっつけようとがんばっていた頃に出会った文献で、マジで目から鱗でした。
ああ、牛乳嫌いでよかったって(笑)
なんだか牛乳自体が好きじゃない私が書くと何だか悪口のようで![]()
ということで、こんな学説というか研究をしてる先生もいるということでサラッと流してくださいませ。
人間の赤ちゃんも生まれてからしばらくの間は母乳を飲む。
母乳にはたくさんの栄養や免疫物質が含まれている、もちろん人間の赤ちゃんを育てるための。
つまり牛乳は牛の赤ちゃんが立派な牛にすくすく育つための栄養がたっぷり含まれている。
すでに成人して成長の必要のない大人が、それもほかの動物のミルクを摂取するのはどなの??
と、簡単にまとめるとこんな感じでした。
子供でも大量摂取は良くなくて、脳にも影響があるとか書いてあったけど、そこまでは専門的すぎてよくは理解できなかったから、何とも。。。
でも、そうだよなあ。
牛乳は牛の赤ちゃんのためのもの。
昔のように栄養がなかなか摂れない時代ならともかく、現代ではねぇ、と本気で感心したのです。
ちなみに私は小松菜やゴマでカルシウムを摂っています![]()
アンチ?ジャンクフード
まさに入院中の腰椎穿刺後のひどいめまいみたいな症状に悩まされてました。
今の仕事は私にとってめまいを誘発する業務なようで、お医者さんに相談しないとです![]()
今朝はだいぶマシになったので診断書をもらいに、わざわざいつもの大学病院まで行ったのに・・・月に一度の休診日だったぁぁ![]()
せっかくフラフラな体で行ったのに、朝8時半しかもめまいアリじゃ他に行くところもない。
そしたら、ふと、朝マック
と思いついて、地元のマックへ。
朝マックはもう数年ぶりだし、マック自体も超久しぶり~
でも、食べてから大後悔。。。やっぱり食べている喜びが感じられないなあ。
実は病気をするずっとずっと前からジャンクフードがあまり好きじゃない。
たまに食べたくなってマックやモスへ行くこともあるけど、本当にたまーに。
カップラーメンも1年に1回も食べれば多い方で、スナック菓子は自分では買わないし、大しておいしいとも思わない。
コーラなどの炭酸類、ジュースも嫌い。
甘い液体がどうも苦手のようで、のどごしがツライ。
だから飴
も食べない、だってジュース飲んでるみたいに口の中からのどまで甘くなるから。
飲む物は、お茶か水かコーヒーかお酒、大人には栄養価が高すぎる牛乳にいたってはどんなにがんばっても飲めない。
不思議なもので、我慢しなくてもまあまあ健康的な嗜好。
いや。けど、チョコやケーキは好きだし、苦手だったはずのチーズはフランス行ってから好きになっちゃったし、和食党ではあっても洋食も好き。
お酒も病気前ほど飲めないけど、治療中の断酒の反動かやっぱりやめられない。
やっぱ。
忘れてはいけない、口に入れた物で自分の体ができているってことを。
もっともっと気をつけてあげないとなあ、と思うのです、もう三十路だしねぇ。
↑アイルランドの絶壁
よくみる夢
昔っからよく見る夢。
シチュエーションはさまざまだけど、筋が同じ夢をよく見る。
いちばん多いのは、絶望的状況で遅刻するだろう夢![]()
どんなにがんばっても電車がなぜか遠回りしたり、乗り継いでも乗り継いでも遠くなったり。
邪魔が入ったり、これでもかってほど追い込まれて何時間も遅れることになる。
そして必ず目的地にたどり着く前に目が覚める。
現実の私は遅刻が嫌いで、念入りに時間設定するからそんな遅刻したことないのに。どんだけ遅刻を恐がってるのか(笑)
それから、小学校時代のピアノ教室や高校時代の塾をさぼる夢。
月謝は親が払い続けているのに、休んだり、練習しなかったり。
良心が痛んで苦しんでいる夢。
小さい頃からお稽古ごとが多かった私、ズル休みなんて恐くてできない性質だった。
自分が習いたがって通っていたはずなんだけどなぁ。
ここ数年よく見るのは、アパートを借りっぱなしで家賃を払い続けている夢。
もうそこには住んでいないのに、がんばっても引き払うことがなぜかできずにそのまま。
たぶん、病気で帰国したときに、パリのアパートがそのままだった悪夢が消えてくれないんだと思う。
不思議なもので、よく見る夢って幸せなものでない。
心の傷だったりするのかな??心の底で怖がってることとか、心残りとか、願望とか・・・まあ実際のところ、深くは自分でもよく解明できないし、気にしてないけど。でも、自分と向き合うひとつの手助けになる気もする。
もう少し、楽に生きようよ!なんて最近思っちゃう、生真面目すぎるって。
夢といえば、私のは完全カラーでして。
白黒やセピアの夢を見る人もいるということを知ったときの衝撃具合といったら。
夢があまりに鮮明で現実と区別つかなくなりそうになることも、ちょっと恐いです![]()
パリの住所
洗濯物を入れていて、ふと目に留まったメモ。
我が家は父と母の部屋に洗濯物を干すベランダがある。
母の机の横の壁に日の光で色あせたメモがあった。
私のパリの住所、電話・携帯番号、そしてパリへの電話のかけ方。
それは母がはずすにはずせない、ただの紙切れ。
きっと、母の想いを意味するもの。
私が乗り越えても乗り越えても、どんなに強くなって元気になっても、当時
失ったものは返ってこない。
結果として多くのものを得ても、今が良くても、どんなに未来が輝いていても、あのときの無念さ恐怖、悲しみ、それは消えてなくなるものではない。
それを母は胸の痛みとして今も感じていて、そして娘を想うとなんとなくまだ捨てることのできなメモ、なのだと思う。

数ヶ月前に、フランスの携帯番号が無効になった。
定期的にネットでチャージをして、パリへ行ったときに困らないようにずっと維持してきた番号。
ちょうどチャージをしなければいけない時期にサイト上のメンテナンスとかで、
チャージができなくなってて。
番号の期限まで毎日チェックしたのに、ずっとずっとメンテナンス中だった。
どうしてこうもフランスって・・・
結局、番号はそのまま失効。
パリで不便になることも嫌だけど、やっぱり、フランスの友人たちの携帯・アドレス帳から私の番号が消されることが一番悲しいよ。
でも、もういいんじゃない?ってもう一人の私が思った。
これでフランスと私をつなぐものまたひとつ無くなる、でもそれでいいんじゃない?って。
パリは、たまに遊びに戻るところ、生きるところでも生活するところでもなくなった。
そう認めることでパリはまたある意味近い存在になって、日本や世界が目の前に広がってくる。
いろんな選択肢がある、何でもできる、どこへでも行けるって。
お気に入りでヒーリング
お気に入りは、なぜかピンク色の物が多い。
いくら年を重ねても、ピンク・キティちゃん・キラキラは嫌いになれない・・・
うーん、どうしよう。
私の最新PC、事情があって譲り受けました、ラッキー![]()
ちなみにキティのマウスは予想を裏切ることなく使いにくい。
キャスキドストンのイチゴ柄マグはかわいすぎて色違いの青も買っちゃった。
気づけば少々古めの機種となってしまって・・・
でもこのピンクは手放せない。
お風呂のお供の防水DVDプレイヤー。
毎日の半身浴では米TVドラマ、そして日々生姜湯も飲んでいるせいか平熱が36度台に上がった![]()
レペットのシューズたち。
気がつくと、赤系、キラキラ系ばかり集まってた(笑)
次は緑とか紫がほしいです。
でも典型的な日本人の私、ペッタンコのバレエシューズは短足が際立つ![]()
かなり大ぶりのピンククリスタル。
パリのスワロフスキーのお店でやはり一目ぼれ。
置物系ありすぎて買わない宣言したのに・・・、即、連れ帰りました。
お部屋はピンクだらけの気持ち悪い人みたい??
でも、実際はバランスを考えてピンクではない物の方が多いのです![]()
好きなものに囲まれて過ごすこと、これは一番簡単なリラックス法。
イイ風吹いてます
この1ヶ月ほど、いろんなことが起こってる。
良い意味での激動の1年になることが既に予想できる今日この頃。
すばらしい風が吹いてる、絶対に。
自分に、とっても甘い私![]()
もっと食事に気をつけて、体を健康にしないといけない。
もっと勉強をして、妥協してはいけない。
この2つを守らないと、このせっかくの風に乗り損なっちゃう。
自分の命と夢を見失わない。
厄年の誓い?ということで、2008年再々スタート![]()












