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miminemのブログ

不安神経症、アメリカ生活、などなど、思いついたことを書いていきます。


初投稿が、こんな内容なんて。。。
でも、一人で抱えてるのが苦しいので、ぶつぶつ独り言ではありますが、私の経験を書いていきたいな、、と。

タイトルどおり、パニック発作から、不安神経症を診断された者です。
ま、まさか、私がこんなことに、、、と、発症後も何度となく思ったものですが、
なっちまったものはしょうがない。。
かと言って、このとても厄介なものと向き合っていくには、そうでございますか、、と、さらっと受け入れられるものでもなく、非常に苦しいものです。

私は専門家ではないので、治療にはこうしましょう、これがいいです、と言ったものは紹介できませんです。
あくまで、私が体験してきたこと、治療に向けてやってきたこと、やっていることを書いていくだけですが、どこかで同じ体験をされていて、どこかで読んでくださっているかもしれない誰かと、この苦しみを共有できたら、、と思っております。

さて、本題へ。。

あれは忘れもしません。
去年(2015年)の6月14日、日曜日。私は突然パニック発作を起こしました。

ここまでの流れと言いますとね、まず、発作1ヶ月前くらいだったと思いますわ。
右の目が、なーんか変だったんですよ。ちかちかするというか、下のほうだけ、変に波うって物が見えるって言うですね、、とっても変な感じになってきたんです。
でも、寝て朝起きた時には、普通でしたし、昼過ぎくらいからちょっと変だったんで、別にどうってことないか、くらいにしか思っていなかったんです。

そして、パニック発作の3日前です。
目の調子が戻らないのと、ああ、、そろそろ、新しいコンタクトレンズの注文しないと行けないしな、、と思い、眼科医に会ったわけです。
そこで、

「目が炎症している。これから2週間、めがねで過ごしてください。」

と言われました。

コンタクトレンズを、ン十年利用してる私にしたら、過去に、あらあら、、目に傷がついてるから、当分めがねで過ごしてね、なんていわれたことは何度かあったので、今回も別によくあることっちゃあ、よくあることではあったのですが、なぜか、このときばかりは、2週間めがねで過ごせ、と言われて、ものすごーーーーーく気分が落ちたんです。
がーん、、、、、ってな感じで。
めがねはもちろん持っているのですが、私は普段、めがねは自宅でしか使用してませんでして、そのめがねも、コンタクトよりもあえてちょっと弱い度数で作ってもらったものなんですね。
なんで、室内ではよく見えるんですが、屋外となると、遠くがまったくもって見えない。。
こりゃ困ったぞ。。。。。これから2週間、どうしたらいいんだ!!??となってしまったわけです。
しかし、しょうがないっすね。。炎症してるって言われてしまったら、めがねちゃんでやるしかないわけです。

その日は、どんよりしたまま帰宅。


翌日は、それでも、その、よく遠くが見えないめがねで、丸1日、なんとか仕事をこなしました。

そして、パニック当日になるわけです。
その日は、知り合いのお子さんの誕生日会があるっていうので、準備のお手伝いに呼ばれており、朝からめがね姿ばりばりで外出。
知り合いが、途中で、買い物しないといけないものがある、というので、彼女のお子さんたちと一緒に、車の中で待っておりました。
15分くらい経った頃でしたか。。
なんか、息苦しくなってきたわけです。でもって、首の後ろあたりが、うわん、うわん、、と、変な感覚に襲われてきたんですよねえ。。。
あ、あら、、なんかやばいわ、、と思い、車を降り、とりあえず、外の空気を、、と思ったんですが、またまた、この日が、どんよりした蒸し暑い日でしてねえ。。。
外の空気、なんつったって、気持ちよくもなんともなかったんです。
いろいろ考えて、そういえば、、、
「遠足のとき、バスの中で気持ち悪くなったら、遠くの景色をみるんだよ。いいね。」
なんて、よく両親に言われたなあ、と思い出し、じゃ、じゃあ、、、遠くを見て深呼吸してみるか、と思ったわけですが、めがねで遠くが見えないじゃあないですか!!
やだ、、見えない、、苦しい、、、深呼吸もまったく意味ねーし!!!と思ってるうちに、ドンドンドンドン変な感じが体を襲ってきまして。。。

やっとこさ、買い物から戻った知り合いに事情を即座に説明して、帰宅。
丁度、早出の仕事から帰宅きた旦那を捕まえて、
「た、たすけてええええええーーーー」
と、叫びましたのね。

とりあえず、横になってみたり、水をがぼがぼ飲んだりしたんですが、気分はどんどん悪くなるばかり。
そのうち、胸がドキドキしてきて、手足に変な痺れが出てきました。
もう、このあたりから、どうにもこうにも、、って感じでしたねえ。。
体全体が硬直してしまい、手なんてもう、こういう感じ(って見えないですけど。)で曲がったまま固まっており、
「ああ、、、、もう駄目だ。。。私は、駄目なんだ。。このまま終わるんだ。。」
と思い始めました。
だんなは、冷たいタオルを顔や首にあててくれたりしましたが、そんなのも何もならない。。
「もう駄目!!!救急つれて行ってくれーーー!!!」
と叫び、急いで外に出ました。
ええ、、、自分で出たんです。出れるわけです。。
でも、苦しい。。。
外に出てから、立ってることができず、道にだらーーーーんと座り込んでる状態でした。

そのうち、記憶がひやーーーっと?遠くなっていく感覚に陥り、
「ああ、、私はもう本当に駄目なんだ。。。もう終わるんだ。。」
と思いましたねえ。。
日本の家族や、親友たちにも会えないまま、私は終わる。。
ああ、、アメリカでこんなことになるなんて。。。私って駄目な女だったわ。。
なんてことを考えていると、は!!っとまた正気に戻り、今度は、まだ自分の頭は大丈夫なのかを試してみようと思い、掛け算の九九を言ってみたり、この数日前に、仕事で算数の分数計算をする機会があったので、暗算で分数計算をしてみたり、順番に、家族と友達の名前を言ってみたり、頭に浮かんだ歌を歌ってみたり。。
「よ、よし。。。まだなんとか、頭が回ってるわ。。」
と確認作業をしたわけです。

そして一安心したところへ、だんだん、記憶が遠のいていくのがマックス状態に。
せめて、旦那だけには、最後に何か言わないと、、、と思い、
「今までありがとう。さようなら。。」
と言おうと思ったんですけどね、
「いや、、待てよ。。。ここで、さようなら、、なんて言ったら、これから入院でもするとなった時に、世話してもらえないかもしれないから、さようならはやめておくか。。」
と思い、旦那には、
「ごめんなさい。。。こんなことになっちゃって、ごめーーん!!!!」
と言いましたわ。
旦那は
「な、なに言ってんだよ!!もうすぐ救急車来るから。頑張れ!!」
と言ってたんじゃないでしょうか。
あんまり覚えてません、苦しすぎ&記憶が遠のきかけていたんで。

で、ぴーぽーぴーぽー聞こえてきました。
あちらはプロだから、なんでしょうかね。。
私を一目みて、自分で救急車へ乗れ、っていうわけですよお。
ええ??救急車の醍醐味って、担架に乗る、くらいしかないのに、メインアイテムが出てこないなんて!!!と言いたくなりましたが、そんな私が得意とする文句の一つも言えない状態でしてね。。一応、救急隊に支えられながら、車に乗り込みました。。。

いろいろ初回からぶっとばして書いてしまいましたが、、私が体験した症状のまとめです。

1)とにかく息苦しい
2)首、肩、肩甲骨あたりから、気味の悪い痛みや、血が逆流してる感じがある
3)手足が痺れる
4)めまいがすごい
5)吐き気がするが、吐けない

主にこの5つがありました。
思い出したくもない苦しみですが、だからって、すぐに忘れられるほど、さらっとした体験でもないんですよねえ。。
だって、この日がきっかけで、私の生活は、逆さまになった、、と言いましょうか、
まさに、地獄へ突き落とされたかのような生活に入って行くからです。

次は、救急へ行ってから、、、のことを書きます。