2021年7月11日(日)
次は、高椅神社にお参りする。
この神社、県内でも最古レベルで、いろんな言い伝えがあり、奉っているのが調理の神様、とかなり珍しい神社だと思うのだけれど、どうしてこんなにもマイナーなんだろう(←こらっ)
調べても、神社の由来等は、簡単にしか載っていない。まとめてみると、かなり魅力的なお話がある。
高椅神社の創建は景行天皇41年(111)に日本武尊が東夷東征で当地まで進軍した際、この地を霊地と悟り、国常立尊、天鏡尊、天萬尊の三柱を勧請し戦勝祈願を行ったのが始まりと伝えられているらしい。あ、画像はダンさん付
高椅神社の「楼門」は、県指定文化財であり、江戸中期(1770年)水野結城家の寄進により建立されたということで、比較的新しい。そして、ニュースによると、2019年に1世紀ぶりの改修工事が行われたそう。そのほか、高椅神社太々神楽は市指定無形民族文化財に登録されているとか。
鳥居の奥が桜門。改修工事が終わったときは、2階を開放して、上からの眺めを堪能したらしい。開放することはもうないのかなぁ
栃木県でも最古の神社のひとつであり、延喜式内社の格式を誇る古社。主祭神「磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)」が日本料理の「始祖神」として祀られている。コロナ禍前、小山で和食サミットなるものも開催されたとか。
🔪高椅神社では伝統的な調理法にのっとり手を触れずに魚をさばく「包丁式」が有名。境内には全国の調理師会会員により造営された「包丁塚」があり、腕前を上げたいと願う料理人らに崇拝されている。
長元2年(1029)、境内で井戸を掘ると大きな鯉が出てきたことを朝廷に報告したところ「日本一社禁鯉宮」の勅額を賜ったと。そのため、氏子達は鯉を神の化身として捉え、鯉を食することや鯉絵のついた器物等の使用を禁じ、5月の鯉のぼりも立てない事などの風習が現在でも残っているそう。「鯉の明神さま」と親しまれているのはこの由緒によるもので、境内の南端にある神池には氏子、崇敬者の奉納した鯉が多数放流されている。
ね?この神社、有名になってもおかしくないいろんな逸話があるでしょ?
ダンさんが言うには、一部の人(料理人さんとか)には、知る人ぞ知る有名な神社ではあるらしい。
と、こんな風に思っていたら、千年の池の記事に、コメントいただいた、ゆめみさちゃまが、地元のお方だと~?!包丁式や神楽のこと、地元情報ありましたら、コメント待ってます
そして、ごじゃ母さまがきぶなちゃんとかわいく撮っていた、氷室のあじさい坂に向かう。
今日はもりだくさんや~!!って思っていたら・・・
真岡で、ありえへんくらいのゲリラ豪雨に見舞われ、命の危険を感じたため、断念。
でも、命の危険を感じたのは・・・
台風やゲリラ豪雨に突っ込むのが大好きなダンさん、あんたの運転だよっ →
無駄な晴れ女パワーなんて言ったから、バチがあたったんやろか~
密なし安心、近場を短時間で回る花見物、激しい雨と激しい運転で終了。
命は自分で守らねば
長々~なブログに毎度、お付き合いいただき、ありがとうございました
急に暑くなってきましたが、みなさん、お体にお気をつけて、お気張りやす
安近短で花見物@ 激しい雨と激しい運転で途中終了。