今年最後の記事は


【我が家の長男にやり×四柱推命】

【本質を知ることの効果】



以上、とっても長いでーす。


お時間あればお付き合いください💫




長男の本質にある星は

(つちのと)

という星である。




自然物だとに象徴される。



この己を本質にもつ人は畑が作物を育む様子から




モグラ教育力がある

モグラ面倒見が良い

モグラ穏やか




という気質を本質にもつ、と、よく本などに書かれている。




この冬休みは長男に己を感じることが多かった。




次男がサンタさんにリクエストしたぷにるんずを一番お世話しているのは長男である。



爪噛み深爪治りません




このブログの読者は40代以上の方が多いので一応ぷにるんずの説明を挟むと要するにたまごっちである。



次男から
ほんわかぷにるんずがほちい
と聞いた時は何それ?と思ったが調べたら令和のたまごっちだった。




30年前に私が初めてたまごっちのお世話をしたときは見事にへびっちに育った(育った?)




10年前長男を妊娠した時は喜びと同時に

真顔たまごっちですらまともにお世話できなかった私が人など育てられるのか

と不安もあった。




その長男はなんとか今のところ人として成長をし、ぷにるんずのお世話を率先してやっている。


うんちを流し、お掃除をし、お風呂にいれて、ご飯を与える。ミニゲームでせっせとコインを稼ぎ、おしゃれな着替えと新しいお部屋を買ってあげている。



にやりみて、めっちゃぷにぷにしたら喜んでこんなことする



といいながら裏技みたいなものも見つけ出した。



さすが、育成上手な己さんである。


(ほんわか←すぐ飽きた人)




そして先日私は長男からポケカの遊び方を教えてもらった。


その教え方がとても上手なのだ。しかも優しい。


私が長男に勉強を教えるとき、あんなにイラついてパワハラもどきになってしまうのに、彼は非常に穏やかに優しく教えてくれる。




本当に私の子だろうか?



さすが教え上手な己さんである。



私が長男に


真顔きのちゃんは教えるのがとっても上手だね。ポケカのルールが良く分かったよ。


と言ったら


ほっこりうんまあね、よかった、よかった。


と満更でもない、を絵に描いたような顔をしていた。


上手な教え方など教えていないのに、むしろ悪い手本しか見せていないのに、最初から上手な教え方ができちゃう、という長男の姿をみて



真顔本質恐るべし



と、四柱推命を学んだ母は思った。





今年挑戦した【ママのための占い教室】では本質を深めるワークのようなものをしている。


その中で【己】をパートナーに、子どもにもつ方から



「そこにいるのが当たり前」



というワードが出たのがとても印象的だった。



己さんは本当にそんな感じがある。



思い返してみても私が知る己さんはそこにいて当たり前な空気感がある。つい忘れがちだけど、私達の足元には土がある。同じ土でも戊(つちのえ)は ありますね という存在感だが、己にそういうごり押しのアピール力はない。



その代わりにふと気づくといつもそばにいてくれる安心感というか、いなくなることなど想像がつかないし、例え近くにいなくてもすぐに会えるような親近感がある。



そう言った意味ではいつもいるのが当たり前と思われて理不尽な思いをすることも多いだろう己さんだが


彼らが揺らぐと地震のように周りも揺らぐ。




言葉が正しいか分からないが、弱そうなのに影響力が強い。



穏やかで優しい己さんを知らず知らずのうちに支配してやろうと企みその気になってる輩も多いかもしれないが、所詮は己さんの手のひらの上で転がっているだけ。



それを分かった上で転がしといてくれる懐深い己さんにはもっと畏怖の念を抱くべきである。(お前がな)



舐めてかかると被害は甚大になる。周りはそのことをよく覚えて備えておかなければならないのだ。




大地讃頌は己さんのための歌なのではないか






長男が不安定だったのは次男が生まれたときと小学校1年生の時。



あの時は本当に、大変だった。



ぷにるんずをお世話している長男をみると大地が安定していることの平和に感謝の念が湧いてくる。





長くなるのだがもう少し長男でいう【己つちのと】の部分、四柱推命の命式に現れる【本質】というものについて続ける。



(長くてもういいや、という方もここまで読んでくださってありがとうございます✨良いお年をお迎えください!)





四柱推命ではまず最初に命式内の【日柱の天干(てんかん)】、日干(にっかん)とか、日主(にっしゅ)などと言われる部分を読む。



その人の本質と言われる部分。



この本質をお伝えすると「あんまり当たってない」と感じる人が少なくない。


私自身、癸の解説を読んだときに、概ねその通りだけど違うところも多いな、とは思った。


まあ所詮占いだし、みんながみんなズバッと当てはまるわけないよな、10種類しかないのだし。と、最初は思っていた。


それは星占いが12星座しかないのに、みながそれに当てはまるわけがないよな、という感覚や理屈と同じである。


しかし、自分が占う側を1年、2年と続けるうちにその考えが変わってきた。


例えば私は本質に癸、雨に象徴されるものをもつのだが、雨が雨であることを意識しているかと言われたら意識していないだろう。


雨に、あなたは癒しで、恵みで、冷たくて、潤いをもたらす存在なのですよ、と伝えても、


傘え?? そうなんですか?


というリアクションが返ってきそうである。


でも、雨により大地は潤い、作物は育ち、命は芽生え、気温が下がる。それは雨がそうしようとしてしているわけではなく、ただ、この地球上では事実としてそうなる。



【本質】というのは言葉にするとふわっとしてて大変掴みにくく、掴もうとすればするほど逃げていく感覚になるのは、掴もうとしてもしなくても "そうなってしまうもの"  だからなのだと思う。



そんな感じがあるような気はしても一生手応えらしい手応えはないものなのかもしれない。



人間はあくまで人間であり、雨でもなければ畑でもない。あなたは雨のような人ですよ、と言われてもアツくなることもあるしドライになることもあるだろう。



でもそこで、所詮占い、と切り捨てるのは勿体無いと思っている。



必ずそう(本質通り)であれ、と強制するものでもされるものでもないが、自分が大いにブレて空回っているとき、なんか世界と噛み合っていないと感じるときに、雨なり畑なりのイメージをもつことはある種の救いになると、占う側になって感じていることである。



もしかしたらそれは他の言葉や文化になると宗教や神様的な、信仰に近い感覚とも近いものかもしれない。



自分の中にイメージをもつこと。



本当か嘘かはこの際どうでもいい。



自分の存在自体どこからやったきたのかわからないものなのだから、占いと言われるものを利用するのも有りである。



そこに、私の本質は雨らしい、と書かれていたら2分でいい。できるだけリアルに雨をイメージしてみる。



おそらく、早いうちに


真顔本質恐るべし


な効果が現れると思う。



それはそうだな、できるだけ本音に近いところで生きることができるようになる、という感じだろうか。


すっごい胡散臭い言い方をすれば、


魂が里帰りするような感覚


とも言えるだろうか。
胡散臭すぎますけどね。




生きるのは辛くて当たり前だし、ある意味辛いから生きるみたいな面もあって生きとし生けるもの皆ドMだなと思う。



だからこれをやって日常がすぐに好転してストレスフリー✨になるわけでもないが、戦い傷つき疲れたあとの回復速度が変わってくると、私はそう感じている。



本質を知って自分に合った仕事を探すとか、今よりストレス少なく稼ぐとか、もちろんそういう攻めの使い方もありだが、


本質を知るってもっとこう、攻めでも守りでもない、真ん中に自分を戻す力があるのではないかな、と思う。



命式を持ってて自分の本質知ってるよー!って人は、2分でいいからしっかりと、リアルに、雨なり畑なり宝石なりが自然の中にある様子をイメージしてみてほしい。



イメージしてみた結果、きのこ何言ってんだろ、って人が8割なのはしょうがないとして、なんかきのこのいってることわかる、って人が2割くらいいたら嬉しいです。









以上、ぷにるんずのお世話をしている長男を見ながら年の瀬になんとなく頭に浮かんできた盛大な独り言でした。





そんなこんなで今年も一年、みんな頑張ったよね!!


ここまで読んでくれてありがとう!!




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