大阪の空を赤黒く覆うディミニッシュに怯えながら、レジスタンスたちは「絶望」という二文字をリアルに体感していた。ココナッツたっぷりのアイスにおが屑を足したような醜悪な香りの漂うこの戦場で、悪い方向に全てが終わる。海は干上がり、空に穴が開き、大地は燃えて消えて、人間はみなわずかな灰を残して消えて無くなる。希望だった英雄はその先駆けの如く、忽然とこの世から消えてしまった。
「そ、そんなはずないでしょ!!彼はきっとまだ生きている!」
ジュンはそう叫んだが、もはや誰もがそれを彼女の強がりだと理解している。だってそうだろう。あれほど視覚化され、黒と翠に輝いていた覇気が一気に消えたのだから。アド9のボス、オーギュメントの一撃はそれほどまでに破壊的だった。
「もう、あきらめよう。大阪は終わりだ。
いや、大阪だけじゃない。これで世界はもう…。」
「やめて!!まだきっと…彼は戦ってる。わたし達があきらめてどうするの!!」
オーギュメントの放つディミニッシュが世界の終焉を呼び寄せる中で、ジュンは目に涙を浮かべながらそう叫んだ。
激闘!大阪編
遡ること五日。
サトシは誕生日を迎えていた。




約二時間にわたるやりたい放題のステージをし、面白い仲間に囲まれ、大量のプレゼントをいただき、朝まで楽しく飲んだその帰り道。サトシの携帯が何かを思い出したように突然震えた。
「もしもし?」
「サトシさん、大変です!」
酒が抜けきらずぼうっとした頭でも、その電話が仲間からの緊急事態を告げるものであることは理解できた。
「どうしたの?」
「サトシさん、大変です!大阪の友達からさっき連絡があったんですけど、アド9が動き出したらしくて・・・。」
「なんだって!?わかった!すぐに行く!」
こうしてサトシはアド9討伐のために大阪へと旅立つことになった。
大阪は既に戦場だった。
なんとかアド9を退けようと、街の人々は「レジスタンス」という抵抗勢力を組織し戦っていた。しかしその戦力差は歴然。次々と命を落としていく民間兵士達はもはや生きるのに疲れていた。ちぎれ飛ぶ命たち。なんのために生まれたのか、なんのために死んでいくのか。憂鬱の中で生死が無機質に交差し、もはや視界全体が煙にまかれたような、狐につままれたような、そんな宙に浮いたような感覚が大阪の街を覆っていた。
到着したサトシはまず疲弊しきったレジスタンスのアジトを訪れた。そこは梅田駅の地下、御堂筋線の改札前にある。入り口は机とダンボールで塞がれ、ビニールシートで覆われていた。その様子はさながらレジスタンスに物資と時間の余裕がないことを物語っているかのようだ。疲弊した兵士たちは黒ずんだ顔に喜怒哀楽を忘れた表情を浮かべ、味気のない非常食を齧っていた。
「なんだこれは・・・。」
状況がすぐには飲み込めていない状態とはいえ、サトシは目の前の絶望に困惑した。
こんな状態ではオーギュメントどころか、キンリューにすら勝ってこない。ディミニッシュの発動は目前に迫っているというのに。
「これは酷い・・・。ここのリーダーは誰なんだ?今の戦況を、」
「わたしよ。」
すぐ後ろで声がした。振り向くと、ポニーテールにタンクトップ、迷彩柄のズボンを履いた女が立っている。その表情は凛としていて、どこか憂いていて、街中を縫って生きている賢い猫のような印象を受けた。
「わたしがリーダーのジュン。あなた何が知りたいの?」
女はぶっきらぼうだった。サトシは少し憤慨しながらも、大阪のために気持ちを持ち直して答えることにした。
「残った武器と食料の数、敵の配置位置を知りたい。」
「もう何にも無いわ。目に入るもので全て。敵はここ以外そこらじゅうよ。」
最悪の予想が的中した。否、どこかで的中することを望んでいたのかも知れない。最悪というものは重なれば重なっていくほどにどこか快感に変わる節がある。何処まで落ちるのだろう、何処まで埋まるのだろう、そんな好奇心にも似た、息詰まるのが心地良くなるかのような感覚にとらわれるのは決して自分だけではないはずだ。もしかしたらこの女も、そういう感覚をいま楽しんでいるのかも知れない。
とにかくサトシの思考は一瞬だけ目の前のシリアスと全く関係ないことを受け入れようとしたが、自分の立場として一刻もそのような余裕は無いことに気づいた。
それから三日。夜が明け、鳥がさえずる。地上に出ると変にゆがんだ道路が露に濡れ、少し千切れた銀行の柱が重力を無視しているかのように不自然にたたずんでいる。そこらじゅうに銃弾の跡があり、崩れた建物の残骸が転がり、黒く固まった血が飛び散っていた。
このまま大阪が地上から姿を消すかどうかは、もはやこの作戦にかかっていた。昨夜まで生き残りのレジスタンスやジュンたちと考えた一発逆転の策。そこにはサトシの覇気とジュン率いるレジスタンスの連携が必須である。
彼らは短い時間で信頼関係を築き上げ、今それを実践しようとしていた。
アド9たちは一箇所、心斎橋の三角公園に集まっていた。やつらは今日、総がかりで滅人魔法ディミニッシュを空に放とうとしている。それはレジスタンス何人もの命と引き換えに手に入れた、人間サイド決死の情報であり最後のカードだった。
アド9・カタチカラシテブキミナアイース

アド9・キンリュー

アド9・ショーミキゲンノキレタアカフーク

アド9・ナゼカ=カントーフウノアジツケノウドーン

アド9・ドウカンガエテモ=トヤマブラックノパクリ「オオサカブラック」

アド9・ナンカウマイタコヤキ

アド9・ミミカキイジョウハケッシテシテクレナイオナーゴ

アド9・セイスーイ

アド9・オーギュメント(最強)

こいつらを一網打尽にするには、ここでディミニッシュを逆再生するしかない。それも、サトシの覇気をまとった全身全霊の一撃で。作戦自体を端的に言ってしまえばレジスタンスたちがアド9たちの注意を引き、その隙を突いて三角公園に飛び込むという極めてシンプルなものだが、そこには絶対的なタイミングと連携と覚悟が必要だった。
アド9が輪になり手をつなぐ。ディミニッシュを構築する呪文をやつらが唱えだしたらレジスタンス全員、一気に公園の草むらから体を出す。サトシは飛び出す心の準備をしながら少し後ろの方にある花壇に隠れていた。人間たち全員の鼓動が早くなる。汗が首や手足をつたい、足元の土に黒い斑点を描き始めた。地面を這うアリがその雫に群がる。ああ、やはりこんな虫でさえもこの世界を生きていきたくて必死なんだ。そんなことを思わせるようなのどかで奇妙な足元だった。
昔、実家の庭でアリを駆除したことがある。わしゃわしゃと際限なく巣から飛び出すその上から洗剤を流し込むと、次の日にはその全てが死んでいた。一匹として動くものはなく、まさに全滅。圧倒的な力の前では数も連携も意味をなさないことをサトシは小さな頃から知っていた。
「ワーカンダデドゥ!」
やつらの呪文が心斎橋に響きわたり、遂にその時はやってきた。
「いまよ!」
ジュンの号令と共に、レジスタンスは一斉に身を起こす。儀式の最中に突然囲まれたアド9たちは予期せぬことに驚きとまどい目を見開ら・・・
きはしなかった。敵は全員、レジスタンスの方向を向いていた。
罠だ!
ジュンがそう確信した時にはもう何もかも遅かった。キンリューの得意技「マズスープ」によって両端のレジスタンスがはじけ飛び、彼らの脳みそがジュンのくちびるに触れる。彼女は一瞬それを少し舐めてみようかと思った。
目の前に千切れた歯茎と少し汚い歯が転がっている。
いやだなぁ、わたしの口の中もこんな風に見世物になるのかなぁ。あの内臓って翠色の液体を出すんだ・・・。それじゃあ人間の体はルビーと少しのエメラルドと歯で出来てるんじゃあないかなぁ。それじゃあ、あの人もあの人も、わたしも、ほんとは宝石のカタマリだったんだね。キラキラ。人生キラキラだね。
もはやジュンには冷静に状況を判断することが出来なかった。
「ずちゃちゃちゃずず」
遠くの方で何かが聞こえた。これは・・・。これはまさか、あの伝説に聞く・・・。
サトシのアマルスタートクラッシュがアド9の野望を砕いた。大きな光が三角公園を包み込む。これは大阪を救う神の旋律か。ディミニッシュが逆再生されていく。敵は断末魔をあげ塵となった。
生き残ったわずかなレジスタンスたちは突然目の前に広がった勝利に一瞬とまどい、あっけにとられた。力を使い果たして不器用に地面へと落ちたサトシ。それを救世主だと理解するのに二秒ほどの時間を必要とした。
「か・・・勝ったのね・・・。」
ジュンがその言葉を自分で理解できるように、やけにゆっくりと呟く。他のレジスタンスもその周りに集まる。倒れたサトシは顔をあげ、こちらに向かって親指を突き上げた。それはまがいもない、勝利の証。それを見た人間たちは誰からともなく一斉に叫びだした。
「うおおおおおおお!勝ったああああ!」
ズドン!
突然、轟音とともにサトシの体が消えた。地面がえぐれ大きな穴が開く。中からあらわれたのはアド9最強のモンスター、オーギュメントだった。やつは地下に隠れディミニッシュの光を避けていたのだ。そして恐るべきことに、その強大な魔力で瞬く間に逆再生を修復しあるべき形に戻してしまった。その姿はまさに絶望の体現。人類の脅威。圧倒的な力。まさにこの状況においてオーギュメントこそが正義だった。ディミニッシュの影響により空が赤黒く染まり、この世の終焉へと近づいていく。そしてサトシの覇気が消えた・・・。
希望から絶望へ。レジスタンスたちは膝をつき、今起こっていることをただただ眺めることしか出来なかった。もはやジュンですら死を覚悟し、それを受け入れようと努力している。かつて生きるために仲間をつくり、導き、どんな屈辱にも耐えてでも勝利を呼び寄せようとしていた女戦士の姿はそこにはなかった。ジュンは思う。歴史に名高い勝者たちも死ぬときというのはこのくらい絶望的だったのだろうか。それとも絶望すら感じることなく死ねた人こそが勝者なのだろうか。あるいは死ぬことに希望をもてた人こそが勝者なのだろうか。
ならばわたしは仲間と勝者として死にたい・・・!
「彼はきっとまだ生きているわ!」
「もう、あきらめよう。大阪は終わりだ。
いや、大阪だけじゃない。これで世界はもう…。」
「やめて!!まだきっと…彼は戦ってる。わたし達があきらめてどうするの!!」
ジュンの目から涙があふれた。わたしは・・・わたしだけでも希望を捨てちゃいけない。レジスタンスたちが敗者として死ぬのを、なんとしてでも食い止めてやるんだ。絶対に人間は負けないんだ!
彼女の目には昨夜のサトシの姿が映っていた。
「俺は、絶対にあきらめない。」
そのとき、オーギュメントの動きが止まった。黒い光があたりを包み込む。まるでブラックホールのように大きくなったそれは、最強の敵の体を大きく膨らませて破裂させた。あたり一面に飛び散る肉片。それは人間のそれとは全く異なり、ひとつひとつがむかつく茶色をしていて、またひとつひとつが直視できないほどに醜悪。人間たちの怒りを逆なでするかのような物質で出来ているかのようで、踏みつけてさらに細かくしてやりたい衝動に駆られる。そう、ひとつひとつが万死に値する存在だったのだ。
脅威が砕けて消えたその爆発の中心に影がひとつ。先ほどまでとは違う、とてつもない強大な覇気をまとってはいるがそれは見たことのある温かさにあふれていた。そう、あれはサトシ。否、自分の中での正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求しながら目覚めた悪魔、メガサトシだった。
ジュンは思わず走り出していた。他のレジスタンスたちも三角公園に飛び込む。まとっていた覇気が消え、力なく倒れかけたサトシを抱きとめた。救世主は全ての力を使い果たし、泥のように眠っている。女は大粒の涙をこぼしながら何度も何度も繰り返した。
「ありがとう・・・。」
かくして世界の平和は一人の悪魔によって守られた。丸一日の昏睡から目覚め、生き残ったレジスタンスたちと楽しそうに宴を満喫するサトシを横目にジュンは一人外に出た。戦いの余韻とでも人は言うのだろうか。夜の空気は今までよりもずっと澄んでいて、とても美味しい。あるいはずっとそこにあったのに、気づかなかっただけなのかも知れない。生きているというのはこういうことなのかも知れない。
明日の朝になれば彼は帰ってしまうだろう。出来ればこのままずっと大阪にいて欲しいのだけれど。彼には東京での生活があるし仲間もいる。わたしのわがままで迷惑をかけてしまうわけにはいかない。
そんな葛藤をしていると、サトシがスッと隣にやってきた。
「風やべぇ気持ちいいわ」
「・・・そうね。」
「・・・また来るよ。会いに来る。」
「うん、待ってる。」
かくしてサトシは大阪にて世界を救い仲間のいる東京へと帰ってきた。彼は何も言わなかったが、この伝説はきっといつまでも大阪の今を生きる若者たちに語り継がれていくに違いない。ありがとう、サトシ!これからも彼の冒険は続いていく!

来週も絶対見ろよな!