DOCUMENTARY SERIES
THIRD PERIOD – 46
日本は、なぜ海を越えて
大陸へ向かったのか
大陸へ向かったのか
― 日清戦争、満州、国際金融、そして「大東亜共栄圏」へ ―
第三期-45で見たのは、
「作る力」が、工場から戦場へ届いていく世界だった。
しかし――
その巨大な「作る力」は、
いったい、いつから生まれていたのだろうか。
そして、その世界の中で――
日本は、どこへ向かっていたのか。
「作る力」が、工場から戦場へ届いていく世界だった。
しかし――
その巨大な「作る力」は、
いったい、いつから生まれていたのだろうか。
そして、その世界の中で――
日本は、どこへ向かっていたのか。
SPECIAL INTRODUCTION
1890年代、世界はすでに
「巨大な工業体系」になり始めていた
「巨大な工業体系」になり始めていた
鉄道が大陸を横断し、鉄鋼が巨大な工場を生み、石油が新しい産業を育て、機械が大量の製品を作り始めていた。
アメリカは急速に工業大国へ成長し、ドイツも鉄鋼・化学・機械工業を拡大していた。
イギリスは、海運・金融・貿易・植民地を結ぶ巨大なネットワークを持っていた。
そして――
工業力は、軍事力にもなった。
アメリカは急速に工業大国へ成長し、ドイツも鉄鋼・化学・機械工業を拡大していた。
イギリスは、海運・金融・貿易・植民地を結ぶ巨大なネットワークを持っていた。
そして――
工業力は、軍事力にもなった。
AND JAPAN
では、その頃――日本はどうだったのか
日本もまた、この新しい世界へ入ろうとしていた。
鉄道を敷き、工場を作り、造船所を整え、鉱山を開く。
欧米から技術や制度を取り込みながら、「作る力」を急速に身につけていった。
鉄道を敷き、工場を作り、造船所を整え、鉱山を開く。
欧米から技術や制度を取り込みながら、「作る力」を急速に身につけていった。
「兵器工場」が巨大になったのではない。
巨大化した工業そのものが、兵器を作れるようになった。
巨大化した工業そのものが、兵器を作れるようになった。
鉄を作る。
機械を作る。
鉄道を作る。
船を作る。
そして――
大砲や軍艦も作る。
それまで別々に見えていた産業が、少しずつ一つの巨大な生産体系へつながっていった。
機械を作る。
鉄道を作る。
船を作る。
そして――
大砲や軍艦も作る。
それまで別々に見えていた産業が、少しずつ一つの巨大な生産体系へつながっていった。
THIRD PERIOD – 45 → 46
第三期-45で見たのは、その「作る力」が戦場へ届く時代だった。
しかし――
その時代は、1890年代に突然始まったものではない。
その土台は、すでに19世紀の工場の中で作られていた。
しかし――
その時代は、1890年代に突然始まったものではない。
その土台は、すでに19世紀の工場の中で作られていた。
日本もまた、この新しい世界へ入ろうとしていた。
鉄道を敷き、工場を作り、造船所を整え、鉱山を開き、軍隊を近代化する。
欧米から技術・制度・機械を取り込みながら、自らの産業と軍事力を急速に整えていった。
鉄道を敷き、工場を作り、造船所を整え、鉱山を開き、軍隊を近代化する。
欧米から技術・制度・機械を取り込みながら、自らの産業と軍事力を急速に整えていった。
そして――
日本が近代化するにつれて、世界との関係も変わっていった。
海の向こうには、すでに巨大な工業国家が存在していた。
その世界では、
産業は、貿易とつながり、
貿易は金融とつながり、
金融は国家とつながり、
国家は軍事とつながっていた。
日本もまた、その巨大な循環の中へ入っていく。
日本が近代化するにつれて、世界との関係も変わっていった。
海の向こうには、すでに巨大な工業国家が存在していた。
その世界では、
産業は、貿易とつながり、
貿易は金融とつながり、
金融は国家とつながり、
国家は軍事とつながっていた。
日本もまた、その巨大な循環の中へ入っていく。
SPECIAL CHAPTER
1898~1899年、
中国をめぐって世界が動いていた
中国をめぐって世界が動いていた
日本の話を始める前に――
一度、世界全体を見ておきたい。
一度、世界全体を見ておきたい。
1898年。
アメリカの風刺画には、
中国の「壁」を壊そうとする国々が描かれていた。
アメリカの風刺画には、
中国の「壁」を壊そうとする国々が描かれていた。
フランス。
ドイツ。
イギリス。
ロシア。
そして――
日本もいた。
ドイツ。
イギリス。
ロシア。
そして――
日本もいた。
この風刺画が面白いのは、
日本がすでに「外側から中国を見る国」ではなく、
中国をめぐる国際競争の中にいる国として描かれていることだ。
日本がすでに「外側から中国を見る国」ではなく、
中国をめぐる国際競争の中にいる国として描かれていることだ。
そして翌年――
1899年。
1899年。
今度は、中国の地図そのものを
切り分けようとする列強が描かれた。
ロシア。
イギリス。
フランス。
ドイツ。
イタリア。
そして、その外側には――
アメリカ。
切り分けようとする列強が描かれた。
ロシア。
イギリス。
フランス。
ドイツ。
イタリア。
そして、その外側には――
アメリカ。
A WORLD OF COMPETING POWERS
中国をめぐって動いていたのは、
日本だけではなかった。
欧米列強もまた、
貿易・港湾・鉄道・外交・軍事を通じて
中国との関係を広げようとしていた。
日本だけではなかった。
欧米列強もまた、
貿易・港湾・鉄道・外交・軍事を通じて
中国との関係を広げようとしていた。
では――
日本は、なぜこの場所にいたのか。
日本は、なぜこの場所にいたのか。
序章|島国だった日本は、
なぜ海を越えて大陸へ向かったのか
なぜ海を越えて大陸へ向かったのか
江戸時代。
日本の海外との関係は、
限られた窓を通じたものだった。
日本の海外との関係は、
限られた窓を通じたものだった。
江戸
↓
幕末
黒船・開国
黒船・開国
↓
明治維新
↓
近代国家化
そして日本は、
欧米の軍事・産業・制度を学びながら、
鉄道、工場、造船、鉱山、軍制を整えていった。
日本は「島国だから大陸に関係がなかった」のではない。
近代国家になった日本にとって、
朝鮮半島と中国大陸は、
次第に安全保障や国益と結びつく地域になっていった。
欧米の軍事・産業・制度を学びながら、
鉄道、工場、造船、鉱山、軍制を整えていった。
日本は「島国だから大陸に関係がなかった」のではない。
近代国家になった日本にとって、
朝鮮半島と中国大陸は、
次第に安全保障や国益と結びつく地域になっていった。
THE QUESTION
では――
日本は、いつからそこへ入っていったのか。
日本は、いつからそこへ入っていったのか。
第1章|日本は、いつから朝鮮へ入っていったのか
― 近代国家化、産業化、そして朝鮮半島をめぐる国際関係 ―
1894年。
日清戦争が始まった。
しかし、日本が朝鮮半島へ関わり始めたのは、この年からではなかった。
日清戦争が始まった。
しかし、日本が朝鮮半島へ関わり始めたのは、この年からではなかった。
その頃の日本では、もう一つの大きな変化が進んでいた。
明治維新以降、鉄道を敷き、造船所を整え、鉄鋼や機械工業を育て、近代的な軍隊と産業をつくっていく。
日本は、それまでとは違う「作る力」を身につけ始めていた。
明治維新以降、鉄道を敷き、造船所を整え、鉄鋼や機械工業を育て、近代的な軍隊と産業をつくっていく。
日本は、それまでとは違う「作る力」を身につけ始めていた。
THE INDUSTRIAL POWER
その「作る力」を担ったのは、国家だけではなかった
造船、鉄鋼、鉱山、鉄道、機械――
そこには、次第に大きくなっていく企業があった。
三菱もまた、造船から機械・重工業へと事業を広げながら、近代日本の「作る力」を担う企業の一つになっていく。
そこには、次第に大きくなっていく企業があった。
三菱もまた、造船から機械・重工業へと事業を広げながら、近代日本の「作る力」を担う企業の一つになっていく。
しかし――
「作る力」は、工場だけでは成り立たなかった。
そして、
鉄を作るには、鉄鉱石や石炭がいる。
工場を動かすには、エネルギーがいる。
鉄道を伸ばすには、土地と資材がいる。
船を作るには、造船所だけでなく、さまざまな資源と技術が必要になる。
「作る力」は、工場だけでは成り立たなかった。
そして、
鉄を作るには、鉄鉱石や石炭がいる。
工場を動かすには、エネルギーがいる。
鉄道を伸ばすには、土地と資材がいる。
船を作るには、造船所だけでなく、さまざまな資源と技術が必要になる。
そして日本が近代化していくにつれて、
海の向こうにある国々との関係も、それまでとは違う意味を持つようになっていった。
朝鮮半島もまた、その国際関係の中にあった。
では――
日本は、いつから朝鮮半島へ関わりを深めていったのか。
海の向こうにある国々との関係も、それまでとは違う意味を持つようになっていった。
朝鮮半島もまた、その国際関係の中にあった。
では――
日本は、いつから朝鮮半島へ関わりを深めていったのか。
1876
日朝修好条規
日朝修好条規
↓
1882
壬午軍乱
壬午軍乱
↓
1884
甲申政変
甲申政変
↓
1894
東学農民運動
東学農民運動
↓
清軍派遣
日本軍派遣
日本軍派遣
朝鮮国内では、政治的な対立が続いていた。
そこには、朝鮮自身の政治的な動きがあり、同時に清と日本も、朝鮮半島への関与を深めていった。
1894年、東学農民運動をきっかけに清が軍を派遣すると、日本も軍を派遣した。
そして日本軍は朝鮮王宮を占領し、朝鮮半島での緊張は、日清両国の戦争へつながっていく。
そこには、朝鮮自身の政治的な動きがあり、同時に清と日本も、朝鮮半島への関与を深めていった。
1894年、東学農民運動をきっかけに清が軍を派遣すると、日本も軍を派遣した。
そして日本軍は朝鮮王宮を占領し、朝鮮半島での緊張は、日清両国の戦争へつながっていく。
THREE ACTORS
清もいた。
日本もいた。
そして――
朝鮮自身も、政治的主体だった。
日本もいた。
そして――
朝鮮自身も、政治的主体だった。
「日本 対 中国」という二国間だけで見ると、
この時代の朝鮮半島で起きていたことは、あまりにも単純になってしまう。
朝鮮国内の政治、清と日本の関係、そして東アジアをめぐる国際関係。
その複数の線が、1894年に交差した。
この時代の朝鮮半島で起きていたことは、あまりにも単純になってしまう。
朝鮮国内の政治、清と日本の関係、そして東アジアをめぐる国際関係。
その複数の線が、1894年に交差した。
そして――
その先で、
日本は初めて「帝国」としての結果を手にする。
その先で、
日本は初めて「帝国」としての結果を手にする。
第2章|勝った日本は、何を手に入れたのか
― 日清戦争、台湾・澎湖・遼東、そして列強の世界へ ―
1894年から1895年。
日清戦争。
日清戦争。
日本は清に勝利した。
そして、その勝利は、
日本の姿そのものを変えていく。
そして、その勝利は、
日本の姿そのものを変えていく。
日清戦争
↓
台湾
↓
澎湖諸島
↓
遼東半島
↓
賠償金
1895年の下関条約によって、
台湾、澎湖諸島、遼東半島などが日本へ割譲され、
清からは巨額の賠償金が支払われることになった。
台湾、澎湖諸島、遼東半島などが日本へ割譲され、
清からは巨額の賠償金が支払われることになった。
A DIFFERENT JAPAN
日本は勝った。
しかし、その勝利は、
「元の日本」に戻ることではなかった。
日本は、領土と権益を持つ列強としての性格を、
さらに強めていった。
しかし、その勝利は、
「元の日本」に戻ることではなかった。
日本は、領土と権益を持つ列強としての性格を、
さらに強めていった。
戦争によって得た領土。
賠償金。
そして、それを背景にした国家・軍事・産業の拡大。
日本は、世界の列強が作っていた
「帝国の世界」の中へ、さらに深く入っていった。
賠償金。
そして、それを背景にした国家・軍事・産業の拡大。
日本は、世界の列強が作っていた
「帝国の世界」の中へ、さらに深く入っていった。
しかし――
日本が手に入れた遼東半島は、
そのまま日本に残ることにはならなかった。
日本が手に入れた遼東半島は、
そのまま日本に残ることにはならなかった。
第3章|返した土地に、
別の帝国が入ってきた
別の帝国が入ってきた
― 三国干渉、ロシアの南下、そして日露戦争へ ―
1895年。
日本は三国干渉を受け、
遼東半島を返還した。
日本は三国干渉を受け、
遼東半島を返還した。
そして1898年。
その土地へ、今度はロシアの勢力が入ってきた。
その土地へ、今度はロシアの勢力が入ってきた。
1895
三国干渉
三国干渉
↓
遼東半島返還
↓
1898
ロシアが旅順・大連を租借
ロシアが旅順・大連を租借
↓
鉄道・港湾・軍事拠点
↓
1904
日露戦争
日露戦争
ロシアは1898年、清から旅順・大連周辺を租借し、
旅順を海軍基地として整備する権利を得た。
さらに満州の鉄道建設・運営にも大きな影響力を持っていた。
旅順を海軍基地として整備する権利を得た。
さらに満州の鉄道建設・運営にも大きな影響力を持っていた。
FROM KOREA TO MANCHURIA
日本から見れば、
朝鮮半島の北側に、
ロシアの軍事・鉄道・港湾の影響力が
急速に広がっていた。
朝鮮半島の北側に、
ロシアの軍事・鉄道・港湾の影響力が
急速に広がっていた。
ここで、日本が向き合う相手は、
清だけではなくなった。
日本自身が、
大陸の勢力争いの中へ入っていた。
清だけではなくなった。
日本自身が、
大陸の勢力争いの中へ入っていた。
1904年。
日本とロシアは、
朝鮮半島と満州をめぐって戦うことになる。
日本とロシアは、
朝鮮半島と満州をめぐって戦うことになる。
第4章|戦争には、
もう一つの戦場があった
もう一つの戦場があった
― 貿易・公債・海外市場、そして国際金融へ ―
戦場には、兵士がいる。
艦隊がいる。
砲弾がある。
鉄道がある。
補給がある。
しかし――
それらを動かすには、
もう一つ必要なものがあった。
艦隊がいる。
砲弾がある。
鉄道がある。
補給がある。
しかし――
それらを動かすには、
もう一つ必要なものがあった。
ANOTHER BATTLEFIELD
武器
↓
貿易
↓
為替
↓
公債
↓
外国市場
↓
金融
↓
貿易
↓
為替
↓
公債
↓
外国市場
↓
金融
幕末には、
グラバーのような外国商人を通じて、
武器や船、貿易の商品が日本へ入ってきた。
グラバーのような外国商人を通じて、
武器や船、貿易の商品が日本へ入ってきた。
東アジアでは、
ジャーディン・マセソンのような商社も、
海運・貿易・金融を結ぶネットワークを形成していた。
ジャーディン・マセソンのような商社も、
海運・貿易・金融を結ぶネットワークを形成していた。
そして――
日本が近代国家へ変わっていくにつれて、
「戦争をするために必要なもの」も
少しずつ変わっていった。
日本が近代国家へ変わっていくにつれて、
「戦争をするために必要なもの」も
少しずつ変わっていった。
トーマス・グラバー
― 武器・船・貿易 ―
― 武器・船・貿易 ―
グラバーという一人の商人を辿ると、
幕末の日本が、
すでに海の向こうの商業ネットワークと
つながっていたことが見えてくる。
幕末の日本が、
すでに海の向こうの商業ネットワークと
つながっていたことが見えてくる。
FROM TRADE TO INDUSTRY
人
↓
商業
↓
武器・船
↓
日本の近代化
↓
商業
↓
武器・船
↓
日本の近代化
そして日露戦争になると――
必要になったのは、
武器や船だけではなかった。
それらを作り、動かし、
戦争を続けるための
巨大な資金も必要になった。
必要になったのは、
武器や船だけではなかった。
それらを作り、動かし、
戦争を続けるための
巨大な資金も必要になった。
ジェイコブ・シフ
― 国際金融・戦時公債 ―
― 国際金融・戦時公債 ―
ここで登場するのが、
ジェイコブ・シフだった。
ジェイコブ・シフだった。
シフが率いた
Kuhn, Loeb & Co.は、
ニューヨークの金融市場と結びついた
大手投資銀行だった。
そして1904~1905年の日露戦争では、
日本の戦時公債の資金調達に関わっていく。
Kuhn, Loeb & Co.は、
ニューヨークの金融市場と結びついた
大手投資銀行だった。
そして1904~1905年の日露戦争では、
日本の戦時公債の資金調達に関わっていく。
Kuhn, Loeb & Co.
↓
ニューヨーク
↓
国際金融市場
↓
ニューヨーク
↓
国際金融市場
ここで重要なのは、
「シフ」という一人の人物だけを見ることではない。
「シフ」という一人の人物だけを見ることではない。
一人の金融家の背後には、
金融会社があり、
ニューヨークの市場があり、
さらにロンドンやパリを含む
国際的な資本市場があった。
金融会社があり、
ニューヨークの市場があり、
さらにロンドンやパリを含む
国際的な資本市場があった。
FROM PERSON TO MARKET
ジェイコブ・シフ
↓
Kuhn, Loeb & Co.
↓
ニューヨーク金融市場
↓
国際資本市場
↓
日本の戦時公債
↓
Kuhn, Loeb & Co.
↓
ニューヨーク金融市場
↓
国際資本市場
↓
日本の戦時公債
日本政府は、
海外市場で戦費を調達する必要に迫られていた。
高橋是清はロンドンなどの海外市場を回り、
日本の戦時財政を支える資金調達を進めていく。
海外市場で戦費を調達する必要に迫られていた。
高橋是清はロンドンなどの海外市場を回り、
日本の戦時財政を支える資金調達を進めていく。
そしてニューヨークでは、
シフとKuhn, Loeb & Co.が
日本の戦時公債に関わった。
シフとKuhn, Loeb & Co.が
日本の戦時公債に関わった。
日本の戦時公債
― 海外市場から調達された戦費 ―
― 海外市場から調達された戦費 ―
つまり――
戦争の資金もまた、
海を越えて移動していた。
戦争の資金もまた、
海を越えて移動していた。
そしてシフは、
その資金調達に関わったことによって、
日本から勲章を受けることになる。
その資金調達に関わったことによって、
日本から勲章を受けることになる。
A STRANGE CONNECTION
日本で戦っていた兵士。
その戦争を支えるために
海外で資金を調達していた人々。
その両者は――
海を越えた金融市場によって、
一本の線でつながっていた。
その戦争を支えるために
海外で資金を調達していた人々。
その両者は――
海を越えた金融市場によって、
一本の線でつながっていた。
ここで見えてくるのは、
「シフが戦争を動かした」という単純な話ではない。
「シフが戦争を動かした」という単純な話ではない。
むしろ――
一人の金融家を辿っていくと、
日本の戦争そのものが、
国際的な金融市場とつながっていたことが見えてくる。
一人の金融家を辿っていくと、
日本の戦争そのものが、
国際的な金融市場とつながっていたことが見えてくる。
WAR WAS NOT ONLY ON THE BATTLEFIELD
戦争は、
戦場だけで起きていたのではなかった。
武器を作る場所。
船を動かす場所。
お金を集める場所。
そこもまた、戦争を支える場所だった。
戦場だけで起きていたのではなかった。
武器を作る場所。
船を動かす場所。
お金を集める場所。
そこもまた、戦争を支える場所だった。
第三期-45で見た
「作る力」が戦場へ届く仕組み。
その背後には――
お金を戦場へ届ける仕組みもあった。
「作る力」が戦場へ届く仕組み。
その背後には――
お金を戦場へ届ける仕組みもあった。
人から人へ。
商人から企業へ。
企業から市場へ。
市場から国家へ。
そして――
資金もまた、
海を越えて戦場へ向かった。
商人から企業へ。
企業から市場へ。
市場から国家へ。
そして――
資金もまた、
海を越えて戦場へ向かった。
第5章|満州は、鉄道から
巨大な産業圏へ変わっていった
巨大な産業圏へ変わっていった
― 南満州鉄道、資源、都市、そして広がる権益 ―
日露戦争が終わると、
日本は南満州で大きな権益を持つようになった。
日本は南満州で大きな権益を持つようになった。
その中心にあったのが、
南満州鉄道だった。
南満州鉄道だった。
鉄道
↓
駅・都市
↓
石炭・鉄
↓
電力・工場
↓
企業・人・軍事
鉄道は、線路だけではなかった。
人を運ぶ。
石炭を運ぶ。
鉄を運ぶ。
商品を運ぶ。
資本を運ぶ。
情報を運ぶ。
そして――
軍隊も動かす。
石炭を運ぶ。
鉄を運ぶ。
商品を運ぶ。
資本を運ぶ。
情報を運ぶ。
そして――
軍隊も動かす。
第三期-34で見た「線」。
第三期-45で見た「輸送」。
その二つが、
今度は満州で重なっていく。
第三期-45で見た「輸送」。
その二つが、
今度は満州で重なっていく。
1915年になると、
日本の対華二十一か条要求には、
南満州での鉄道、土地、居住、営業、鉱山など、
より広い権益に関する要求が含まれていた。
日本の対華二十一か条要求には、
南満州での鉄道、土地、居住、営業、鉱山など、
より広い権益に関する要求が含まれていた。
A LINE BECOMES A REGION
「線を守る」ことと、
「線の周りに巨大な権益を作る」ことは、
いつしか同じではなくなっていた。
「線の周りに巨大な権益を作る」ことは、
いつしか同じではなくなっていた。
鉄道は、
単なる交通手段ではなくなっていく。
その周囲に、
都市、資源、企業、工場、人、軍事が集まり、
一つの巨大な地域経済へつながっていった。
単なる交通手段ではなくなっていく。
その周囲に、
都市、資源、企業、工場、人、軍事が集まり、
一つの巨大な地域経済へつながっていった。
第6章|「守る線」は、いつ
「広げる線」になったのか
「広げる線」になったのか
― 満州事変、満州国、そして日中戦争への拡大 ―
ここから、日本の持つ「線」は、
さらに長くなっていく。
さらに長くなっていく。
満州
↓
鉄道・権益
↓
軍事
↓
1931
満州事変
満州事変
↓
1932
満州国
満州国
↓
1937
日中戦争
日中戦争
そして、日本の軍事的・政治的な関与は、
満州だけにとどまらなくなっていく。
満州だけにとどまらなくなっていく。
華北。
中国各地。
そして、さらに広い地域へ。
中国各地。
そして、さらに広い地域へ。
WHEN A LINE KEEPS EXTENDING
最初から、すべてが一枚の設計図に
描かれていたわけではない。
安全保障。
経済。
軍事。
外交。
それぞれの判断が積み重なっていった。
描かれていたわけではない。
安全保障。
経済。
軍事。
外交。
それぞれの判断が積み重なっていった。
そのたびに、
日本の持つ線は少しずつ伸びていった。
鉄道だった線は、
権益になり、
軍事拠点になり、
やがて――
勢力圏そのものになっていった。
日本の持つ線は少しずつ伸びていった。
鉄道だった線は、
権益になり、
軍事拠点になり、
やがて――
勢力圏そのものになっていった。
「守るための線」は、
いつの間にか、
「広がっていく線」になっていた。
いつの間にか、
「広がっていく線」になっていた。
1937年。
日中戦争が始まる。
そして日本は、
中国との戦争をさらに拡大させていく。
日中戦争が始まる。
そして日本は、
中国との戦争をさらに拡大させていく。
第7章|帝国には、
「理念」も必要になった
「理念」も必要になった
― 東亜新秩序、「共存共栄」、そして大東亜共栄圏 ―
巨大になった勢力圏には、
それを説明する言葉も必要になった。
それを説明する言葉も必要になった。
満州。
中国。
占領地域。
資源。
軍事。
経済。
その上に現れた言葉があった。
中国。
占領地域。
資源。
軍事。
経済。
その上に現れた言葉があった。
WORDS FOR A NEW ORDER
「東亜新秩序」
↓
「共存共栄」
↓
「大東亜共栄圏」
↓
「共存共栄」
↓
「大東亜共栄圏」
日本政府は1940年、
「大東亜共栄圏」という構想を掲げた。
日本側の公式説明では、
アジアに新しい秩序を作り、
各地域が共存共栄するという理念が語られた。
「大東亜共栄圏」という構想を掲げた。
日本側の公式説明では、
アジアに新しい秩序を作り、
各地域が共存共栄するという理念が語られた。
しかし、その時代の現地では、
日本軍による占領と、
政治的・経済的な支配も進んでいた。
日本軍による占領と、
政治的・経済的な支配も進んでいた。
IDEA AND REALITY
理念と現実。
その二つを分けて見る必要がある。
その二つを分けて見る必要がある。
「共栄」という言葉だけを見ても、
当時の現実は分からない。
しかし、逆に、
理念そのものを最初から一つの言葉で片づけても、
この時代の政治を理解することはできない。
日本が掲げた言葉と、
実際に広がっていた軍事・政治・経済の構造。
その両方を見る必要があった。
当時の現実は分からない。
しかし、逆に、
理念そのものを最初から一つの言葉で片づけても、
この時代の政治を理解することはできない。
日本が掲げた言葉と、
実際に広がっていた軍事・政治・経済の構造。
その両方を見る必要があった。
帝国が大きくなると、
土地だけではなく、
それを意味づける言葉まで大きくなった。
土地だけではなく、
それを意味づける言葉まで大きくなった。
第8章|そして、日本を世界につないでいた
「人」の線
「人」の線
― 満州・上海・日本、そして杉原千畝とユダヤ人難民 ―
ここまで見てきたのは、
武器。
金融。
鉄道。
資源。
軍隊。
国家。
しかし――
その線を移動していたのは、
物や軍隊だけではなかった。
武器。
金融。
鉄道。
資源。
軍隊。
国家。
しかし――
その線を移動していたのは、
物や軍隊だけではなかった。
満州
↓
ハルビン
↓
上海
↓
日本
↓
ヨーロッパ
満州や上海には、
さまざまな地域から人々が移動し、
国際的なコミュニティが形成されていた。
そして第二次世界大戦が近づくと、
ヨーロッパから逃れてきたユダヤ人難民も、
この東アジアのルートを通ることになる。
さまざまな地域から人々が移動し、
国際的なコミュニティが形成されていた。
そして第二次世界大戦が近づくと、
ヨーロッパから逃れてきたユダヤ人難民も、
この東アジアのルートを通ることになる。
1940年。
リトアニアのカウナス。
そこにいた日本の外交官、
杉原千畝。
リトアニアのカウナス。
そこにいた日本の外交官、
杉原千畝。
通過ビザ。
ソ連。
ウラジオストク。
日本。
そして――
上海。
ソ連。
ウラジオストク。
日本。
そして――
上海。
THE LINE OF PEOPLE
日本帝国の線は、
軍隊だけが移動したのではなかった。
鉄道を人が移動した。
港を人が渡った。
そして――
一枚のビザが、人の行き先を変えた。
軍隊だけが移動したのではなかった。
鉄道を人が移動した。
港を人が渡った。
そして――
一枚のビザが、人の行き先を変えた。
ホロコースト・ミュージアムによれば、
1940年10月から1941年8月までに、
約2,178人のポーランド系ユダヤ人難民が日本へ入り、
その多くがその後、上海へ移った。
杉原は1940年7月から8月にかけて、
2,000件を超える通過ビザを発給したとされている。
1940年10月から1941年8月までに、
約2,178人のポーランド系ユダヤ人難民が日本へ入り、
その多くがその後、上海へ移った。
杉原は1940年7月から8月にかけて、
2,000件を超える通過ビザを発給したとされている。
国家の線。
鉄道の線。
海の線。
外交の線。
その上を――
人が移動していた。
鉄道の線。
海の線。
外交の線。
その上を――
人が移動していた。
最終章|日本は、世界の中で
何になったのか
何になったのか
― 武器・金融・鉄道・資源・人、そのすべてをつないだ「見えない線」 ―
ここまでの歴史を、
一度だけ巻き戻してみる。
一度だけ巻き戻してみる。
武器・船
↓
貿易・海運
↓
金融
↓
国家
↓
軍事
↓
鉄道・産業
↓
資源・人
↓
外交・勢力圏
幕末には、武器と船を求めた。
明治には、近代国家と産業を作った。
そして――
朝鮮。
台湾。
遼東。
ロシア。
満州。
そのたびに、日本を取り巻く線は重なり、さらに遠くへ伸びていった。
明治には、近代国家と産業を作った。
そして――
朝鮮。
台湾。
遼東。
ロシア。
満州。
そのたびに、日本を取り巻く線は重なり、さらに遠くへ伸びていった。
THE INVISIBLE LINES
武器。
貿易。
金融。
国家。
軍事。
鉄道。
産業。
資源。
人。
外交。
勢力圏。
貿易。
金融。
国家。
軍事。
鉄道。
産業。
資源。
人。
外交。
勢力圏。
それぞれは、
最初から一つの仕組みだったわけではない。
しかし、そのたびに、
安全保障。
経済。
軍事。
外交。
それぞれの線が重なっていった。
最初から一つの仕組みだったわけではない。
しかし、そのたびに、
安全保障。
経済。
軍事。
外交。
それぞれの線が重なっていった。
THE CHANGE
そして気がつけば――
日本は、かつて自分が学んだ
「列強の世界」の中で、
列強の一つになっていた。
日本は、かつて自分が学んだ
「列強の世界」の中で、
列強の一つになっていた。
世界とつながることで、
日本は大きな力を得ていった。
技術を得た。
産業を育てた。
軍事力を整えた。
海外市場へつながった。
国際金融へつながった。
しかし――
つながりは、
いつまでも一方向には流れない。
日本は大きな力を得ていった。
技術を得た。
産業を育てた。
軍事力を整えた。
海外市場へつながった。
国際金融へつながった。
しかし――
つながりは、
いつまでも一方向には流れない。
力を得るためにつないだ線が、
今度は、その力をさらに遠くへ運び始める。
今度は、その力をさらに遠くへ運び始める。
THIRD PERIOD – 46
日本は、世界とつながることで強くなった。
では――
その「つながり」は、
日本をどこへ連れていったのか。
その「つながり」は、
日本をどこへ連れていったのか。
THIRD PERIOD – 46
日本を動かした「見えない線」は、
どこにつながっていたのか。
そして――
第三期-47へ。
第三期-47へ。