ミミカムdays!

ミミカムdays!

歴史探索・文明研究の記録

DOCUMENTARY SERIES
THIRD PERIOD – 47
 
日本軍は、なぜ南へ
向かったのか
― 中国から東南アジア、資源・制裁・外交、そして太平洋戦争へ ―
第三期-46で見たのは、
日本が海を越えて大陸へ向かい、
その先で企業・金融・鉄道・資源・軍事が
一つの「見えない線」につながっていく世界だった。

しかし――

その線は、
満州と中国だけで終わらなかった。

地図を、さらに南へ動かしてみる。

そこには――

インドシナ。
マレー。
ボルネオ。
スマトラ。
ジャワ。

そして、その先には――

石油と、近代工業を支える資源があった。
SPECIAL INTRODUCTION
大陸の先に、
もう一つの海があった
130
満州。

中国。

第三期-46で追ってきた日本の「線」は、
さらに南へ伸び始めていた。

その先には、
フランス領インドシナ。
マレー。
オランダ領東インド。
ボルネオ。
スマトラ。
ジャワ。
そして、その地域には――

石油。
ゴム。
錫。
ボーキサイト。

近代工業を支える資源が存在していた。
130
日本の工業化が進むほど、

日本国内だけでは完結しないものが、 増えていった。
原料。
燃料。
海運。
外貨。

そして――

それらを運ぶ、
海の道。
THE NEXT LINE
満州

中国

インドシナ

東南アジア

資源・海運・石油
130
日本は、再び海の向こうを見ることになる。

しかし――

その海の向こうには、
日本だけではなく、
イギリス、アメリカ、オランダ、フランスなど、
すでに別の「線」を持つ国々がいた。
THIRD PERIOD – 46 → 47
第三期-46では、
日本が「大陸」へ向かった線を見た。

第三期-47では――

その線が、さらに「南」へ伸びていく。
序章|満州から、
南へ
130
1930年代。

日本は満州に大きな権益を持ち、
1937年には中国との戦争が全面化していった。
しかし――

中国との戦争は、
短期間で終わるものではなかった。

戦争が長期化するほど、
必要になるものも増えていった。

武器。
弾薬。
車両。
船。
燃料。
資金。
そして――

原料。
130
1937年7月の盧溝橋事件から、
華北・上海などでの戦闘を経て、
日中間の戦争は拡大していった。

そして1939年。
ヨーロッパでも大戦が始まる。
A CHANGING WORLD
中国での戦争

欧州での戦争

海上交通

資源・貿易

外交
日本を取り巻く世界は、
一つずつ複雑になっていった。

そして――

日本の視線は、
中国大陸のさらに南へ向かい始める。
130
THE QUESTION
中国との戦争が長期化するなかで――

日本は、次にどこへ向かったのか。
第1章|日本は、なぜ
南を見るようになったのか
― 中国戦争の長期化、インドシナ、そして南方への進出 ―
130
1930年代後半。

日本が見ていたのは、
中国大陸だけではなくなっていた。
130
中国の南には、
フランス領インドシナがある。

そのさらに南には、
マレー。
オランダ領東インド。
そして東南アジアの島々が広がっていた。
130
中国
フランス領
インドシナ
タイ・マレー
オランダ領
東インド
南方の資源・海上交通
1940年。

フランスがドイツに敗れると、
東南アジアの植民地をめぐる環境も変化した。

日本はフランス領インドシナへの軍事的関与を強め、
1940年9月には日本軍が北部インドシナへ進入した。
130

 

130
THE SOUTHWARD ADVANCE
しかし――

「南へ向かった理由」を、
一つの言葉だけで説明することはできない。

中国戦争。
資源。
貿易。
外交。
軍事戦略。
欧州戦争。
それぞれの事情が重なり、
日本の南方への関与は深くなっていった。

そして、その先にあったのが――

石油だった。
日本の「線」は、
大陸から南の海へ伸び始めた。
第2章|一滴の石油が、
国家を動かす
― 工場・艦船・航空機、そして「燃料」という見えない力 ―

 

第三期-44で見た。

一つの国が、
巨大な工場になった。

第三期-45では、
その「作る力」が戦場へ届いていった。
しかし――

作っただけでは、
動かすことができない。
THE HIDDEN FUEL
飛行機

艦船

戦車

トラック

工場・発電・輸送
その多くを動かすために、
大量の燃料が必要だった。

つまり――

「作る力」の背後には、
「燃やす力」があった。
130
1941年。

日本とオランダ領東インドとの間では、
石油などの資源をめぐる経済交渉が続いていた。

日本側は、必要な石油の供給を確保しようとしていた。
ONE DROP
一滴の石油は、
単なる燃料ではなかった。

それは――

工場を動かし、
船を動かし、
飛行機を動かし、
軍隊を動かすための力だった。
130
そして、その石油が豊富に存在していた地域が、
日本のさらに南にあった。
130
「作る力」があっても、
燃料がなければ動かない。

そして――

燃料を求める線は、
海を越えていった。
第3章|海の向こうには、
巨大な資源地帯があった
― オランダ領東インド、石油・ゴム・錫、そして海上交通 ―
日本の南には、
巨大な島々が広がっていた。
130

 

スマトラ
ボルネオ
ジャワ
石油・ゴム・錫

 

130
そこには、
近代工業に必要なさまざまな資源があった。
130
特に重要だったのが、
石油。
130
そして、
資源があるだけでは意味がない。

それを掘る。
運ぶ。
売る。
買う。
船に積む。

そのためには、
港と海運と金融が必要になる。
FROM RESOURCE TO TRADE
資源

鉱山・油田



海運

貿易

金融
1941年初頭。

日本とオランダ領東インドの間では、
天然資源や貿易をめぐる交渉が行われていた。

日本にとって、
「南」は単なる地理ではなくなっていた。
THE RESOURCE LINE
日本が必要としていたもの

海の向こうに存在するもの

その二つを結ぶ海上交通
130
しかし――

その海を、
日本だけが見ていたわけではない。

イギリスはマレーとシンガポールを持ち、
オランダは東インドを支配し、
アメリカも太平洋と中国に大きな利害を持っていた。
南へ伸びた線は、
別の国々の線と重なり始めていた。
第4章|戦争は、
戦場だけで起きていたのか
― 貿易・石油・輸出管理、そして資産凍結へ ―
第三期-46では、
日露戦争を支えた「もう一つの戦場」を見た。

それは――

国際金融だった。
第三期-47では、
その線が別の形で現れる。

今度は、
「お金を集める線」ではない。

「物を買う線」が、
切れ始める。
ANOTHER BATTLEFIELD
戦争

貿易

輸出管理

資産凍結

石油・資源
1941年7月。

アメリカは日本の資産を凍結し、
日本との金融・貿易取引に対する管理を強めた。

米国の外交史料には、
凍結措置が日本のオランダ領東インドとの石油取引にも
大きな影響を与えたことが記録されている。
130
THE LINE BEGINS TO BREAK
これまで――

海を越えていた。

商品。
資金。
資源。

しかし今度は、

その「線」そのものが、
国家によって制限され始めた。
これは、
戦場で銃弾が飛び交う前から起きていた。

貿易の条件が変わる。
金融が止まる。
資源の流れが細くなる。

そして――

経済そのものが、
国家間の対立の一部になっていった。
130
戦争は、
戦場から始まるとは限らない。


海を渡る商品の線が、
先に変わることもある。
第5章|国境を越えた企業は、
戦争でどうなったのか
― 三菱・三井・海運・商社、そして企業活動と国家 ―
第三期-38。

巨大企業は、
世界をどう変えたのか。

第三期-39。

企業・金融・国家が、
一つの仕組みになり始めた。
そして第三期-40、44、45では、
その企業と国家の仕組みが、
戦争のための生産システムへ組み込まれていった。
130
第三期-38
巨大企業
第三期-39
企業・金融・国家
第三期-40
総力戦
第三期-45
生産力→戦場
第三期-47
企業活動→国際対立
日本でも、
三菱や三井などの企業が、
造船、鉱山、商業、金融など、
さまざまな分野へ事業を広げていた。

海運会社。
商社。
石油会社。
鉱山会社。
金融機関。

近代経済は、
一つの会社だけで動いていたわけではない。
130
THE CORPORATE LINE
企業

工場



貿易

資源

金融

国家との結びつき
企業は国境を越えて活動できる。

しかし――

戦争によって国家同士の関係が変わると、
企業の活動する世界も変わっていく。
130
WHEN BORDERS RETURN
企業は、
国境を越えていた。

商品も、
国境を越えていた。

資本も、
国境を越えていた。

しかし――

戦争は、
その国境を再び強くした。
第三期-46で見た
グラバーやジャーディン・マセソンの時代には、
海を越える商業ネットワークが日本の近代化を支えた。

しかし1940年代になると、
同じ「海を越える線」が、
国家間の対立によって分断され始める。
世界をつないでいた企業の線が、
戦争によって国家の線に囲まれていった。
第6章|日本は、外交で
出口を探していた
― 日米交渉、石油、インドシナ、そして1941年11月 ―
ここまで来ると――

話は「南進」だけではなくなる。

日本とアメリカは、
1941年にも交渉を続けていた。
130
日本側には、
中国での戦争を抱えながら、
南方への進出と資源確保をどう両立させるのかという問題があった。

アメリカ側には、
中国問題、インドシナ、日本の軍事行動、
そして太平洋地域の秩序をめぐる問題があった。
THE DIPLOMATIC LINE
中国

インドシナ

石油

貿易

資産凍結

三国同盟
1941年11月20日。

日本側は、アメリカに提案を行った。

そこには、
東南アジア・南太平洋への新たな武力進出を抑えること、
インドシナからの撤兵条件、
オランダ領東インドからの物資調達、
そして――

石油の供給。
THE LAST LINE?
戦争。

その前に――

外交という線が、
まだ残っていた。
130
しかし、交渉はまとまらなかった。

11月26日。

アメリカ側は、
太平洋地域全体の平和的な合意を目指す提案を日本側へ示した。
130
その文書には、
中国、インドシナ、通商、資産凍結、
そして太平洋全体の問題が重なっていた。

つまり――

一つの交渉の中に、
それまで別々だった「線」が、
すべて入り込んでいた。
130
外交という「最後の線」の向こう側には、
すでに軍事という別の線が伸びていた。
第7章|ヨーロッパの戦争が、
太平洋を近づけた
― 欧州戦争、日独伊三国同盟、ソ連、そして南方 ―
1939年。

ヨーロッパで戦争が始まった。
130
しかし――

ここで、
一つの出来事が次の出来事を
直接引き起こしたと考えるのではなく、

同じ時代に、
世界の各地で何が起きていたのか。


その時間軸を、
一度だけ並べてみる。
THE CHANGING WORLD — 1939 → 1941
1939|欧州戦争
ドイツのポーランド侵攻
1940|フランス崩壊
日本の南方進出
1940|日独伊三国同盟
日本・ドイツ・イタリア
1941|独ソ戦
ドイツのソ連侵攻
1941|南部仏印への進出
この並びは、
一つの出来事が次の出来事を
単純に引き起こしたことを示すものではない。

むしろ――

1939年から1941年にかけて、
ヨーロッパとアジアの情勢が、
同時に大きく動いていた。
130
1940年9月27日。

日本、ドイツ、イタリアは、
三国同盟を締結した。

条約は、
ヨーロッパと「大東亜」における
それぞれの新秩序を認め、
一定の条件のもとで
政治・経済・軍事面の協力を定めていた。
TWO WARS BECOME ONE WORLD
ヨーロッパ

ドイツ・イタリア

日独伊三国同盟

日本

東アジア・太平洋
130
そして1941年6月。

ドイツがソ連へ侵攻する。
130
ヨーロッパの戦争は、
さらに巨大なものになっていった。

その一方で日本は、
ソ連との中立条約を維持しながら、
南方への進出を強めていく。
THE WORLD GETS CONNECTED
日本の戦争は、
日本だけの問題ではなくなっていた。

ヨーロッパの戦争と、
アジアの戦争が、
同じ世界の中で重なり始めていた。
第三期-46で見た「列強の世界」。

そこでは、
ヨーロッパの列強と、
アジアの列強が、
それぞれの「線」を持っていた。

しかし1939年以降――

その線は、
戦争によって次第に重なり始める。
そして――

太平洋が、その中心の一つになっていく。
第8章|1941年、
複数の線が、同じ海域で交差した
― 中国・資源・石油・貿易・外交、そして12月 ―
ここまで来たら、
一度だけ、すべての線を並べてみる。
JAPAN
中国での長期戦

南方への進出

資源

石油

海運

軍事
130
UNITED STATES
中国との関係

対日貿易

輸出管理

資産凍結

石油・太平洋
130
BRITAIN
マレー

シンガポール

インド洋・太平洋

中国への補給線
130
NETHERLANDS
オランダ領東インド

石油

ゴム・錫

南方資源
130
GERMANY / ITALY
欧州戦争

日独伊三国同盟

ヨーロッパとアジア
130
一つ一つを見ると、
別々の問題に見える。

中国。
インドシナ。
石油。
貿易。
資産凍結。
三国同盟。
外交。

しかし――

地図の上に重ねてみると、
それらの線が同じ海域へ近づいていることが見えてくる。
130
THE PACIFIC
中国

インドシナ

マレー

シンガポール

オランダ領東インド

太平洋
130
そして1941年12月。

日本軍による真珠湾攻撃と、
東南アジア・太平洋各地への攻撃が始まる。

アメリカとの戦争だけではない。

イギリス領、オランダ領など、
それまで別々に見えていた地域も戦場となり、
戦争は一気に広がっていった。
「南へ向かう」という一つの線は――

ついに、太平洋全体へ伸びていった。
ここで重要なのは、
「石油だけが原因だった」とすることでも、
「一つの計画だけで全てが決まった」とすることでもない。

中国での戦争。
南方への進出。
資源。
貿易。
経済制裁。
外交。
軍事同盟。
そして――

1941年12月。

複数の線が、
同じ海域で交差した。
SPECIAL CHAPTER|もう一つの「線」
― 戦争の線を越えた人々、杉原千畝、そして上海 ―
 
1941年。

太平洋に向かって、
世界の線が集中していた。

しかし――
その大きな線の中には、
もう一つ、
小さな線があった。
ここまで見てきたのは、

武器。
金融。
資源。
鉄道。
船。
国家。

しかし――

その線を移動していたのは、
物や軍隊だけではなかった。
ヨーロッパ
リトアニア
カウナス
ソ連
ウラジオストク
日本
上海
1940年。

ヨーロッパでは、
ナチス・ドイツによる迫害と戦争から逃れようとする
ユダヤ人難民が生まれていた。

その一部は、
東へ向かうことで逃げ道を探した。
130
リトアニアのカウナス。

そこにいた日本の外交官、
杉原千畝。

1940年7月から8月、
杉原は2,000件を超える通過ビザを発給した。
130

 

130
THE LINE OF PEOPLE
一枚のビザ

ソ連

ウラジオストク

日本

上海
米国ホロコースト記念博物館によれば、
1940年10月から1941年8月までに、
約2,178人のポーランド系ユダヤ人難民が日本へ入り、
その多くがその後、上海へ移った。
130
ここで見えてくるのは、
国家の軍事的な「線」とは別の、
もう一つの人間の「線」だった。

国境が閉じていく時代にも、
人々は別のルートを探して移動していた。
国家の線。
鉄道の線。
海の線。
外交の線。

その上を――

人が移動していた。
そして1941年。

人々がたどったその道の先でも、
世界の情勢は大きく変わり始めていた。
最終章|見えない線は、
ついに太平洋で交差した
― 中国・資源・金融・企業・外交、そして「南」へ伸びた線 ―
ここまでの歴史を、
一度だけ巻き戻してみる。
THE INVISIBLE LINES
中国での戦争
南方への進出
資源・石油
貿易・海運
金融・制裁
外交・軍事
1941年・太平洋
第三期-46では、
日本が大陸へ向かうまでの線を見た。

朝鮮。
台湾。
遼東。
満州。
鉄道。
企業。
金融。

そして第三期-47では――

その線が、
さらに南へ伸びていった。
130
これらは、
最初から一つの仕組みだったわけではない。

中国での戦争があり、
南方への進出があり、
資源をめぐる問題があり、
石油をめぐる問題があった。

そこには、
貿易と海運があり、
金融と制裁があり、
外交交渉と軍事的な判断があった。

それぞれの線は、
それぞれの場所から伸びていた。
THE CHANGE
そして――

それらの線が、
同じ時代の中で
重なり始めた。
ここで重要なのは、
一つの原因を探すことではない。

「石油があったから」でもなく、
「制裁があったから」でもなく、
「中国で戦争をしていたから」だけでもない。

中国での戦争。
工業化。
資源。
貿易。
海運。
金融。
制裁。
外交。
軍事。
そして、欧州で拡大していた戦争。

複数の線が、
少しずつ同じ場所へ近づいていった。
企業は、国境を越えていた。

商品も、海を越えていた。

資源も、海を越えていた。

金融も、海を越えていた。

外交も、国境を越えて動いていた。

そして――

国家の軍事力もまた、
海を越えようとしていた。
THE LINES CONVERGE
中国での戦争

南方への進出

資源・石油

貿易・海運

金融・制裁

外交・軍事
そして――

それぞれの線が、
1941年の太平洋で交差した。
130

 

130
だから、1941年を
一つの出来事だけで見ることはできない。

そこには、
それまでに積み重なってきた
さまざまな線があった。

大陸から南へ伸びた線。

資源を求めて海を越えた線。

商品と船を動かした線。

金融と制裁によって揺れた線。

外交によって最後までつながっていた線。

そして――
軍事によって動き始めた線。
THIRD PERIOD – 46 → 47
第三期-46

日本は、なぜ海を越えて
大陸へ向かったのか。


第三期-47

日本は、なぜさらに
南へ向かったのか。
そして――

大陸から南へ伸びた複数の線は、
ついに太平洋で交差した。
THIRD PERIOD – 47
南へ伸びた「見えない線」は、
なぜ、太平洋で
交差することになったのか。
そして――

第三期-48へ。