DOCUMENTARY SERIES
THIRD PERIOD – 55
携帯電話は、
なぜ世界になったのか
なぜ世界になったのか
― ガラケー、日本メーカー、iPhone、Android、そして世界の巨大サプライチェーンへ ―
序章|「携帯を持つ」ことが、特別だった
THE MOBILE PHONE
第三期-54では――
「世界のいい車」の条件が、
時代とともに変わっていく姿を見た。
大きさ。
効率。
品質。
性能。
ブランド。
快適性。
そして――
電動化。
「世界のいい車」の条件が、
時代とともに変わっていく姿を見た。
大きさ。
効率。
品質。
性能。
ブランド。
快適性。
そして――
電動化。
では――
もっと小さな製品では、
何が起きていたのだろう。
もっと小さな製品では、
何が起きていたのだろう。
それは――
私たちが、
毎日のように手にしてきた
「携帯電話」だった。
私たちが、
毎日のように手にしてきた
「携帯電話」だった。
1980年代。
まだ携帯電話は、
誰もが持っているものではなかった。
まだ携帯電話は、
誰もが持っているものではなかった。
大きな携帯電話。
ショルダーフォン。
自動車電話
ポケットベル。
ショルダーフォン。
自動車電話
ポケットベル。

そして――
少しずつ、
電話が小さくなっていった。
少しずつ、
電話が小さくなっていった。
持ち歩く電話。
1990年代。
折りたたみ携帯。
カラー液晶。
メール。
着信メロディ。
カメラ。
折りたたみ携帯。
カラー液晶。
メール。
着信メロディ。
カメラ。

さらに――
ワンセグ。
おサイフケータイ。
防水。
赤外線通信。
ワンセグ。
おサイフケータイ。
防水。
赤外線通信。
WHEN A PHONE BECAME MORE
電話をするための道具が――
少しずつ、
「電話以上のもの」に
なっていった。
少しずつ、
「電話以上のもの」に
なっていった。
電話。
↓
携帯電話。
↓
メール。
↓
カメラ。
↓
音楽。
↓
テレビ。
↓
決済。
↓
情報端末。
↓
携帯電話。
↓
メール。
↓
カメラ。
↓
音楽。
↓
テレビ。
↓
決済。
↓
情報端末。
しかし――
この時代の日本には、
世界から見ると
少し不思議な携帯電話の世界が
できあがっていた。
この時代の日本には、
世界から見ると
少し不思議な携帯電話の世界が
できあがっていた。
それが――
「日本の携帯電話」だった。
「日本の携帯電話」だった。

では――
なぜ日本の携帯電話は、
あそこまで細かく
進化していったのか。
なぜ日本の携帯電話は、
あそこまで細かく
進化していったのか。
第1章|日本の携帯電話は、なぜあんなに進化したのか
THE GALAPAGOS PHONE
1990年代後半から2000年代。
日本の携帯電話売り場には、
驚くほど多くの機種が並んでいた。
日本の携帯電話売り場には、
驚くほど多くの機種が並んでいた。

NEC。
Panasonic。
Sharp。
Fujitsu。
Sony。
Toshiba。
Casio。
Hitachi。
Mitsubishi。
Sanyo。
Panasonic。
Sharp。
Fujitsu。
Sony。
Toshiba。
Casio。
Hitachi。
Mitsubishi。
Sanyo。
メーカーごとに、
違う形。
違うデザイン。
違う機能。
違う形。
違うデザイン。
違う機能。
折りたたみ。
スライド。
薄型。
大型液晶。
高画質カメラ。
スライド。
薄型。
大型液晶。
高画質カメラ。
さらに――
ワンセグ。
おサイフケータイ。
防水。
赤外線通信。
おサイフケータイ。
防水。
赤外線通信。

携帯電話は、
「電話をする機械」から――
「電話をする機械」から――
生活そのものを、
小さな端末へ
詰め込む製品へ
と変わっていった。
小さな端末へ
詰め込む製品へ
と変わっていった。
ここで重要なのは――
日本の携帯電話が、
単純に世界より遅れていた
ということではない。
日本の携帯電話が、
単純に世界より遅れていた
ということではない。
THE JAPANESE PHONE
日本の市場では――
「携帯電話に、
何ができるか」
その細かな違いそのものが、
競争になっていた。
「携帯電話に、
何ができるか」
その細かな違いそのものが、
競争になっていた。
小型化。
↓
高機能化。
↓
カメラ。
↓
通信。
↓
生活機能。
↓
さらに新しい機種。
↓
高機能化。
↓
カメラ。
↓
通信。
↓
生活機能。
↓
さらに新しい機種。
だから――
日本の携帯電話は、
日本の市場に合わせて
非常に細かく進化していった。
日本の携帯電話は、
日本の市場に合わせて
非常に細かく進化していった。
「ガラパゴス」と呼ばれたのは、
その独自の進化だった。
その独自の進化だった。
しかし――
端末だけを見ていると、
もう一つの重要な仕組みが
見えてこない。
端末だけを見ていると、
もう一つの重要な仕組みが
見えてこない。
携帯電話を売っていたのは、
メーカーだけではなかった。
メーカーだけではなかった。
第2章|携帯電話は「メーカー」だけで決まらなかった
THE CARRIER WARS
日本の携帯電話を語るとき、
もう一つの名前がある。
もう一つの名前がある。
NTTドコモ。
au。
J-PHONE。
Vodafone。
そして――
SoftBank。
au。
J-PHONE。
Vodafone。
そして――
SoftBank。

当時、
携帯電話を選ぶということは――
携帯電話を選ぶということは――
「どの機種にするか」
だけではなかった。
「どこの会社にするか」

という選択でもあった。
キャリアが通信網を持つ。
料金プランを作る。
販売網を作る。
料金プランを作る。
販売網を作る。
メーカーは、
その市場に合わせて
大量の端末を開発する。
その市場に合わせて
大量の端末を開発する。
THE JAPANESE MOBILE SYSTEM
携帯電話は――
一つの製品ではなく、
一つの市場システムに
なっていた。
一つの製品ではなく、
一つの市場システムに
なっていた。
キャリア。
↓
メーカー。
↓
機種。
↓
通信サービス。
↓
販売店。
↓
利用者。
↓
メーカー。
↓
機種。
↓
通信サービス。
↓
販売店。
↓
利用者。
だから日本の携帯電話売り場には、
次々と新しい機種が登場した。
次々と新しい機種が登場した。
昨日までの人気機種が、
数か月後には
新しい機種に置き換わる。
数か月後には
新しい機種に置き換わる。
「新しい携帯を買う」
ということそのものが、
一つの文化になっていた。
一つの文化になっていた。

しかし――
この日本独自の競争の外側では、
別の方向から
携帯電話を変えようとする動きが
始まっていた。
この日本独自の競争の外側では、
別の方向から
携帯電話を変えようとする動きが
始まっていた。
電話を、
もっとコンピューターに近づける。
もっとコンピューターに近づける。
第3章|世界では、別の電話が生まれていた
THE SMARTPHONE
2000年代。
日本では、
携帯電話が細かく進化していた。
日本では、
携帯電話が細かく進化していた。
しかし――
日本の外側では、
別の方向から
携帯電話を変えようとする動きが
進んでいた。
日本の外側では、
別の方向から
携帯電話を変えようとする動きが
進んでいた。
BlackBerry。
Palm。
Windows Mobile。
Palm。
Windows Mobile。

キーボード。
メール。
インターネット。
スケジュール。
文書。
メール。
インターネット。
スケジュール。
文書。

そこにあったのは――
「電話をもっと便利にする」
という発想だけではなかった。
「電話をもっと便利にする」
という発想だけではなかった。
携帯電話を、
コンピューターに近づける。
コンピューターに近づける。
電話を持ち歩く。
そこから――
そこから――
情報を持ち歩く。
という考え方が、
少しずつ現実になっていった。
少しずつ現実になっていった。
そして――
2007年。
2007年。

iPhone。
ここで重要なのは、
iPhoneが単純に
「機能の多い携帯電話」
として登場したことではない。
iPhoneが単純に
「機能の多い携帯電話」
として登場したことではない。
Appleが一つにまとめようとしたのは――
電話。
iPod。
インターネット。
iPod。
インターネット。

電話をする。
音楽を聴く。
ウェブを見る。
メールをする。
地図を見る。
音楽を聴く。
ウェブを見る。
メールをする。
地図を見る。
それまで別々だった
「持ち歩くデジタル体験」を――
「持ち歩くデジタル体験」を――
一つの端末に。
そして、その端末を
指で直接操作する。
指で直接操作する。
マルチタッチ。
THE SMARTPHONE
「電話」に、
新しい機能を足したのではない。
「電話」そのものを――
デジタル端末へ
作り替えた。
新しい機能を足したのではない。
「電話」そのものを――
デジタル端末へ
作り替えた。
電話。
+
iPod。
+
インターネット。
↓
マルチタッチ。
↓
一つの端末へ。
+
iPod。
+
インターネット。
↓
マルチタッチ。
↓
一つの端末へ。
画面を操作する。
インターネットにつながる。
アプリを追加する。
インターネットにつながる。
アプリを追加する。
携帯電話そのものに、
新しい機能を一つずつ追加するのではなく――
新しい機能を一つずつ追加するのではなく――
端末そのものを、
「プラットフォーム」にする。
「プラットフォーム」にする。
すると――
競争する対象も、
変わっていく。
競争する対象も、
変わっていく。
端末。
↓
OS。
↓
アプリ。
↓
サービス。
↓
エコシステム。
↓
OS。
↓
アプリ。
↓
サービス。
↓
エコシステム。
それまでの携帯電話は、
メーカーが作った端末の中に
どんな機能を入れるかが、
大きな競争だった。
メーカーが作った端末の中に
どんな機能を入れるかが、
大きな競争だった。
これからは――
その端末が、
どんなソフトウェアとつながり、
どんなサービスを利用できるのかが
重要になっていく。
その端末が、
どんなソフトウェアとつながり、
どんなサービスを利用できるのかが
重要になっていく。
THE CHANGE OF THE ARENA
変わったのは――
携帯電話の性能だけではない。
携帯電話の性能だけではない。
「何ができるか」
↓
「何につながるか」
↓
「どんな世界を使えるか」
↓
「何につながるか」
↓
「どんな世界を使えるか」
これは――
まだ日本の携帯電話市場の
出来事ではなかった。
まだ日本の携帯電話市場の
出来事ではなかった。
世界で、
携帯電話そのものの
意味が変わり始めていた。
携帯電話そのものの
意味が変わり始めていた。
そして――
この新しい電話が、
日本に入ってくる。
この新しい電話が、
日本に入ってくる。
次に変わるのは、
日本の市場だった。
日本の市場だった。
第4章|iPhoneは、なぜ日本の携帯電話を変えたのか
THE IPHONE IN JAPAN
2007年。
世界では、
iPhoneが登場した。
世界では、
iPhoneが登場した。
しかし――
日本では、
すぐに同じことが
起きたわけではなかった。
日本では、
すぐに同じことが
起きたわけではなかった。
日本には、
すでに巨大な携帯電話市場があった。
すでに巨大な携帯電話市場があった。
メーカーがいる。
キャリアがいる。
販売店がある。
キャリアがいる。
販売店がある。
そして――
新しい機種が、
次々と登場していた。
新しい機種が、
次々と登場していた。
その日本市場に、
最初にiPhoneを持ち込んだのが――
最初にiPhoneを持ち込んだのが――
SoftBankだった。

2008年。
SoftBank|iPhone 3G

日本の携帯電話売り場に、
それまでとは違う端末が
現れた。
それまでとは違う端末が
現れた。
そして――
2011年。
2011年。
au|iPhone 4s

さらに――
2013年。
2013年。
docomo|iPhone 5s / 5c

THE IPHONE ENTERS JAPAN
世界で生まれた
新しい携帯電話が――
日本の三大キャリアへ
入っていった。
新しい携帯電話が――
日本の三大キャリアへ
入っていった。
2008|SoftBank
↓
2011|au
↓
2013|docomo
↓
2011|au
↓
2013|docomo
この三つの出来事を、
単なる販売開始の年表として見ると、
少し物足りない。
単なる販売開始の年表として見ると、
少し物足りない。
なぜなら――
日本ではそれまで、
キャリアとメーカーの組み合わせが
携帯電話市場を
大きく形作っていたからだ。
日本ではそれまで、
キャリアとメーカーの組み合わせが
携帯電話市場を
大きく形作っていたからだ。
ところが、
iPhoneは――
iPhoneは――
「この端末を使いたい」
という、
利用者側からの新しい需要を
強く生み出した。
利用者側からの新しい需要を
強く生み出した。
キャリアが端末を選び、
メーカーが機能を競う。
メーカーが機能を競う。
そんな日本の携帯電話市場に――
OS。
アプリ。
インターネット。
クラウド。
アプリ。
インターネット。
クラウド。
という新しい競争軸が
入り込んできた。
入り込んできた。
THE JAPANESE TURNING POINT
日本の携帯電話市場は――
「新しい機種を選ぶ市場」から、
「新しい世界につながる端末を
選ぶ市場」へ。
「新しい機種を選ぶ市場」から、
「新しい世界につながる端末を
選ぶ市場」へ。
メーカー。
↓
キャリア。
↓
端末。
↓
OS。
↓
アプリ。
↓
利用者。
↓
キャリア。
↓
端末。
↓
OS。
↓
アプリ。
↓
利用者。
つまり――
日本にiPhoneが入ってきたことで、
一つの新製品が増えたのではない。
日本にiPhoneが入ってきたことで、
一つの新製品が増えたのではない。
日本の携帯電話市場が、
別の競争の中へ
入っていった。
別の競争の中へ
入っていった。
そして――
その変化の先で、
これまで日本市場を支えてきた
多くのメーカーが
新しい競争に直面することになる。
その変化の先で、
これまで日本市場を支えてきた
多くのメーカーが
新しい競争に直面することになる。
次に見るのは――
そのメーカーたちの
「その後」だ。
そのメーカーたちの
「その後」だ。
第5章|日本メーカーは、なぜ消えていったのか
THE LOST HANDSET
かつて――
日本の携帯電話売り場には、
たくさんのメーカーの名前があった。
日本の携帯電話売り場には、
たくさんのメーカーの名前があった。
NEC。
Panasonic。
Fujitsu。
Sharp。
Toshiba。
Casio。
Mitsubishi。
Sanyo。
Sony。
Panasonic。
Fujitsu。
Sharp。
Toshiba。
Casio。
Mitsubishi。
Sanyo。
Sony。

しかし――
スマートフォン時代になると、
その名前が少しずつ
減っていった。
スマートフォン時代になると、
その名前が少しずつ
減っていった。
2013年。
NECは、
スマートフォンの新規開発を中止し、
販売中の機種をもって
生産・販売を終了する方針を発表した。
NECは、
スマートフォンの新規開発を中止し、
販売中の機種をもって
生産・販売を終了する方針を発表した。

NEC自身が説明した理由の一つは――
「スケールメリット」の重要性。
スマートフォンが急速に普及する一方で、
出荷台数は減少していた。
出荷台数は減少していた。
WHEN THE SCALE CHANGED
日本メーカーが、
突然「作れなくなった」のではない。
突然「作れなくなった」のではない。
市場が変わる。
↓
競争の規模が変わる。
↓
必要な投資が変わる。
↓
開発コストが変わる。
↓
必要な販売台数も変わる。
↓
競争の規模が変わる。
↓
必要な投資が変わる。
↓
開発コストが変わる。
↓
必要な販売台数も変わる。
つまり――
変わったのは、
メーカーの技術だけではなかった。
変わったのは、
メーカーの技術だけではなかった。
日本の携帯電話を支えていた、
「競争の構造」そのものが
変わっていた。
「競争の構造」そのものが
変わっていた。

日本の携帯電話が、
ある日突然消えたのではない。
ある日突然消えたのではない。
それまで多くのメーカーが
競争できていた市場が、
別の市場へ変わっていった。
競争できていた市場が、
別の市場へ変わっていった。
そして――
かつての携帯電話は、
一つの時代の記憶に
なっていく。
かつての携帯電話は、
一つの時代の記憶に
なっていく。
その最後の姿を、
一度見ておきたい。
一度見ておきたい。
SPECIAL CHAPTER|最後のガラケー
THE LAST FEATURE PHONE
一台の携帯電話。
折りたたむ。
回す。
滑らせる。
光らせる。
着せ替える。
回す。
滑らせる。
光らせる。
着せ替える。

かつて――
日本の携帯電話は、
「同じ形」ではなかった。
日本の携帯電話は、
「同じ形」ではなかった。
折りたたみ式。
スライド式。
回転式。
ストレート型。
スライド式。
回転式。
ストレート型。

メーカーごとに、
違う答えを出していた。
違う答えを出していた。
電話。
メール。
カメラ。
音楽。
テレビ。
おサイフケータイ。
赤外線。
Bluetooth。
メール。
カメラ。
音楽。
テレビ。
おサイフケータイ。
赤外線。
Bluetooth。
しかし――
それだけではなかった。
それだけではなかった。
携帯電話そのものが、
「自分の好み」を表す
小さな道具でもあった。
「自分の好み」を表す
小さな道具でもあった。
たとえば――
光る携帯。

auの「W43S」。

背面には、
12個のLED。
12個のLED。
着信すると光る。
メールでも光る。
音楽を再生しても光る。
メールでも光る。
音楽を再生しても光る。
しかも――
背面のパネルを、
交換できた。
交換できた。

「ミルキーウェイ」。
「ピーコック」。
「シャンデリア」。
「トロピカル」。
「ピーコック」。
「シャンデリア」。
「トロピカル」。
パネルを変えるだけで、
同じ携帯電話の表情が変わる。
同じ携帯電話の表情が変わる。
さらに音楽に合わせて、
光り方まで変わった。
光り方まで変わった。
A PHONE WITH PERSONALITY
携帯電話は――
「使うもの」から、
「選ぶもの」へ。
「使うもの」から、
「選ぶもの」へ。
機能。
↓
デザイン。
↓
色。
↓
光。
↓
自分らしさ。
↓
デザイン。
↓
色。
↓
光。
↓
自分らしさ。
音楽を聴くことにも、
こだわりがあった。
こだわりがあった。

Sony Ericssonの
「Walkmanケータイ W42S」。
「Walkmanケータイ W42S」。
音楽専用メモリ。
長時間再生。
専用の操作性。
長時間再生。
専用の操作性。
そして――
Bluetooth。
携帯電話から、
ワイヤレスで音楽を飛ばす。
ワイヤレスで音楽を飛ばす。
2006年のau「W44T」では、
Bluetoothオーディオに対応し、
本体に最大約650曲を保存できた。
Bluetoothオーディオに対応し、
本体に最大約650曲を保存できた。
まだスマートフォンではない。
それでも――
携帯電話は、
もう「電話」だけでは
なくなっていた。
携帯電話は、
もう「電話」だけでは
なくなっていた。
そして、
形そのものにも
個性があった。
形そのものにも
個性があった。
ソニーは――
回した。
回した。
「SO505i」。

画面部分を、
左右に180度回転させる。
左右に180度回転させる。
カメラを使うときには、
デジタルカメラのような
横位置になる。
デジタルカメラのような
横位置になる。

「開く」のではなく――
「回す」。

三菱は――
「滑らせた」。
「滑らせた」。
スライドさせると、
その下からテンキーが現れる。
その下からテンキーが現れる。

「開く」のではなく――
「滑らせる」。
「滑らせる」。
一台の携帯電話に、
メーカーごとの考え方が
そのまま形になっていた。
メーカーごとの考え方が
そのまま形になっていた。
THE PHONE WAS A CHOICE
「どの携帯を持つか」が、
「自分は何が好きか」を
語ることさえあった。
「自分は何が好きか」を
語ることさえあった。
音楽が好き。
デザインが好き。
写真が好き。
機能が好き。
人と違うものが好き。
デザインが好き。
写真が好き。
機能が好き。
人と違うものが好き。
だから――
同じ携帯電話を持っている人を
見つけると、
見つけると、
「あ、それ持ってるんだ」
それだけで、
話が始まることもあった。
話が始まることもあった。
音楽の話。
着せ替えパネルの話。
カメラの話。
新機種の話。
着せ替えパネルの話。
カメラの話。
新機種の話。
携帯電話が、
小さな「共通言語」になっていた。
小さな「共通言語」になっていた。
2000年代の日本では――
携帯電話そのものが、
一つの文化だった。
一つの文化だった。
メーカーは、
次の機種で何を変えるかを考える。
次の機種で何を変えるかを考える。
キャリアは、
どのメーカーの端末を
揃えるかを競う。
どのメーカーの端末を
揃えるかを競う。
そして利用者は――
その中から、
自分の一台を選んだ。
その中から、
自分の一台を選んだ。
しかし――
世界の別の場所では、
違う競争が始まっていた。
違う競争が始まっていた。
電話に、
コンピューターを入れる。
コンピューターを入れる。
インターネット。
アプリ。
タッチスクリーン。
そして――
巨大なサービス。
アプリ。
タッチスクリーン。
そして――
巨大なサービス。
携帯電話は、
「一台の製品」から――
「一台の製品」から――
「世界につながる端末」へ。
THE END OF AN ERA
ガラケーの時代は、
単純に「古い携帯電話」の
時代ではなかった。
単純に「古い携帯電話」の
時代ではなかった。
機能を競った。
↓
形を競った。
↓
個性を競った。
↓
「自分の一台」を選んだ。
↓
そして――
競争の舞台そのものが変わった。
↓
形を競った。
↓
個性を競った。
↓
「自分の一台」を選んだ。
↓
そして――
競争の舞台そのものが変わった。
日本の携帯電話は、
突然つまらなくなったのではない。
突然つまらなくなったのではない。
その小さな端末の中に、
これまで以上に大きな世界が
入ってきたのだ。
これまで以上に大きな世界が
入ってきたのだ。
電話。
↓
携帯電話。
↓
多機能携帯。
↓
スマートフォン。
↓
世界のコンピューター。
↓
携帯電話。
↓
多機能携帯。
↓
スマートフォン。
↓
世界のコンピューター。
ここで――
日本の携帯電話の物語を、
一度閉じる。
日本の携帯電話の物語を、
一度閉じる。
次に見るのは――
世界だ。
世界だ。
第7章|そのスマートフォンは、どこで作られているのか
WHERE IS MY PHONE MADE?
一台のスマートフォン。

しかし――
Appleという名前だけでは、
その一台が
どこで作られたのかは
見えてこない。
Appleという名前だけでは、
その一台が
どこで作られたのかは
見えてこない。
視線を引いてみる。
アメリカ。
台湾。
日本。
韓国。
中国。
そして――
世界。
台湾。
日本。
韓国。
中国。
そして――
世界。
Appleのサプライチェーンには、
60を超える国々に、
数千のサプライヤー施設が存在する。
60を超える国々に、
数千のサプライヤー施設が存在する。
一つのスマートフォンは、
一つの工場だけで
完結しているわけではない。
一つの工場だけで
完結しているわけではない。
THE GLOBAL PHONE
一台のスマートフォンの中に――
世界の企業。
世界の技術。
世界の工場。
世界の企業。
世界の技術。
世界の工場。
設計。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
ディスプレイ。
↓
組立。
↓
物流。
↓
世界市場。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
ディスプレイ。
↓
組立。
↓
物流。
↓
世界市場。
そして――
ここで視点を、
さらに一点へ絞る。
ここで視点を、
さらに一点へ絞る。
中国・鄭州。

そこには――
「iPhone City」
と呼ばれるほど大規模な
スマートフォン生産拠点が形成された。
スマートフォン生産拠点が形成された。

巨大な工場。

大量の従業員。
寮。
食堂。
道路。
物流。
周辺の街。
寮。
食堂。
道路。
物流。
周辺の街。

ここで重要なのは――
「中国でiPhoneを作っている」
という一文だけではない。
「中国でiPhoneを作っている」
という一文だけではない。
工場だけではない、
iPhoneを作るための、
都市規模の生産圏がある。
iPhoneを作るための、
都市規模の生産圏がある。
工場だけではない。

人。
住宅。
交通。
物流。
部品。
管理。
そして――
大量生産を支える周辺産業。
住宅。
交通。
物流。
部品。
管理。
そして――
大量生産を支える周辺産業。

THE iPHONE CITY
小さなスマートフォンの背後に――
巨大な都市規模の
生産システムがあった。
巨大な都市規模の
生産システムがあった。
製品。
↓
工場。
↓
人。
↓
物流。
↓
都市。
↓
世界市場。
↓
工場。
↓
人。
↓
物流。
↓
都市。
↓
世界市場。
第三期-50で見た、
「一つの製品が産業全体を動かす」
という現象が――
「一つの製品が産業全体を動かす」
という現象が――
今度は、
手のひらに入る製品で
現れていた。
手のひらに入る製品で
現れていた。
では――
そのとき、
「日本製」という言葉は
どうなったのだろう。
そのとき、
「日本製」という言葉は
どうなったのだろう。
第8章|「日本製」は消えたのか
MADE IN JAPAN?
第三期-53では――
「MADE IN JAPAN」が
世界市場で意味を持つようになった
過程を見た。
「MADE IN JAPAN」が
世界市場で意味を持つようになった
過程を見た。
ラジオ。
カメラ。
二輪車。
自動車。
テレビ。
カメラ。
二輪車。
自動車。
テレビ。

日本で作る。
↓
世界へ売る。
↓
世界へ売る。
しかし――
スマートフォンの時代になると、
製品の「国籍」は
少し複雑になっていった。
スマートフォンの時代になると、
製品の「国籍」は
少し複雑になっていった。

Sonyは、
日本の企業である。
日本の企業である。
しかし――
日本企業だからといって、
すべての電子製品が
日本国内だけで作られている
わけではない。
日本企業だからといって、
すべての電子製品が
日本国内だけで作られている
わけではない。
WHAT DOES MADE IN JAPAN MEAN?
日本企業。
日本ブランド。
日本の技術。
日本ブランド。
日本の技術。
設計。
↓
素材。
↓
部品。
↓
組立。
↓
物流。
↓
販売。
↓
素材。
↓
部品。
↓
組立。
↓
物流。
↓
販売。
それぞれが、
同じ国にあるとは限らない。
同じ国にあるとは限らない。
日本。
中国。
韓国。
タイ。
マレーシア。
英国。
そして――
その他の国々。
中国。
韓国。
タイ。
マレーシア。
英国。
そして――
その他の国々。
一つの製品の中に、
複数の国の技術や部品、
生産拠点が入ってくる。
複数の国の技術や部品、
生産拠点が入ってくる。
「日本製は消えた」
と単純に考えるよりも――
「一つの製品を、
一つの国だけで説明することが
難しくなった」
一つの国だけで説明することが
難しくなった」
と考えた方が、
現在の製品には近い。
現在の製品には近い。
第三期-53で見た、
「MADE IN JAPAN」。
「MADE IN JAPAN」。
その先には――
「世界で作る製品」
という、
別の時代が待っていた。
別の時代が待っていた。
第9章|一台のスマートフォンに、何か国の技術が入っているのか
THE GLOBAL PHONE
ここまで来ると――
一台のスマートフォンを、
一つの国の製品として見ることが
難しくなってくる。
一台のスマートフォンを、
一つの国の製品として見ることが
難しくなってくる。
Appleが、
製品を設計する。
製品を設計する。

世界各地で、
半導体や部品が作られる。
半導体や部品が作られる。

日本の素材や部品。
韓国のディスプレイやメモリ。
台湾の半導体・製造技術。
アメリカの半導体設計やソフトウェア。
韓国のディスプレイやメモリ。
台湾の半導体・製造技術。
アメリカの半導体設計やソフトウェア。

そして――
中国を含むアジアの
巨大な製造・組立ネットワークへ
つながっていく。
中国を含むアジアの
巨大な製造・組立ネットワークへ
つながっていく。
ONE PHONE, MANY COUNTRIES
一台のスマートフォンは――
一つの国だけでは
完成しない。
一つの国だけでは
完成しない。
設計。
↓
素材。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
組立。
↓
物流。
↓
世界の利用者。
↓
素材。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
組立。
↓
物流。
↓
世界の利用者。
そして現在――
スマートフォンの生産そのものも、
一つの国だけに
集中しているわけではない。
スマートフォンの生産そのものも、
一つの国だけに
集中しているわけではない。
中国。
インド。
ベトナム。
インド。
ベトナム。

この三か国だけで――
世界のスマートフォン生産の
90%以上。
世界のスマートフォン生産の
90%以上。
これは――
「中国製のスマートフォンが
世界の90%以上」
「中国製のスマートフォンが
世界の90%以上」
という意味ではない。
2025年。
中国。
インド。
ベトナム。
中国。
インド。
ベトナム。
アジアに形成された
巨大な生産ネットワークが、
世界のスマートフォンを
大量に生み出している。
巨大な生産ネットワークが、
世界のスマートフォンを
大量に生み出している。
そして――
その中でも中国には、
巨大な市場だけでなく、
部品。
組立。
物流。
自動化。
電子機器。
関連産業。
その中でも中国には、
巨大な市場だけでなく、
部品。
組立。
物流。
自動化。
電子機器。
関連産業。
「世界の工場」
と呼ばれてきた場所が、
次第に別の姿を
見せ始めている。
次第に別の姿を
見せ始めている。
工場は――
ただ物を作る場所ではない。
ただ物を作る場所ではない。
大量生産。
自動化。
ロボット。
電池。
半導体。
通信。
AI。
自動化。
ロボット。
電池。
半導体。
通信。
AI。
そして――
次の製品を作るための技術。
第三期-54では、
中国のEV産業を通して――
中国のEV産業を通して――
「車を作る力」だけではなく、
「車を生み出す産業の組み合わせ」
「車を生み出す産業の組み合わせ」
そのものが変わっていく姿を見た。
第三期-55では、
もっと小さな製品を見る。
もっと小さな製品を見る。
手のひらに入る、
スマートフォン。
スマートフォン。
しかし――
その背後にも、
巨大な「作る力」が
存在していた。
その背後にも、
巨大な「作る力」が
存在していた。
最終章|私たちは、世界の「作る力」を持ち歩いている
THE WORLD IN YOUR HAND
最初は――
ただの電話だった。
ただの電話だった。
持ち歩く。
電話する。
電話する。
やがて――
メール。
カメラ。
音楽。
テレビ。
インターネット。
カメラ。
音楽。
テレビ。
インターネット。

そして――
スマートフォン。
スマートフォン。

THE WORLD IN YOUR HAND
手のひらにあるのは――
一台の電話ではない。
一台の電話ではない。
OS。
↓
アプリ。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
素材。
↓
工場。
↓
物流。
↓
世界市場。
↓
アプリ。
↓
半導体。
↓
電子部品。
↓
素材。
↓
工場。
↓
物流。
↓
世界市場。

表側には――
Apple。
画面の中には――
世界中の技術。
そして、その一台を
大量に形にする場所には――
大量に形にする場所には――
巨大な生産システムがある。

私たちは、
アメリカのブランドを使っている。
アメリカのブランドを使っている。
日本の素材や部品に
支えられている。
支えられている。
台湾の半導体・製造技術につながっている。
中国を含むアジアの
巨大な生産力によって
形にされている。
巨大な生産力によって
形にされている。
そして――
世界中で使われている。
だから――
「アメリカ製か?」
「中国製か?」
「日本製か?」
「アメリカ製か?」
「中国製か?」
「日本製か?」
という国籍だけでは、
現代の製品の姿を
捉えきれなくなっている。
現代の製品の姿を
捉えきれなくなっている。
一台のスマートフォンは、
一つの国の製品ではない。
一つの国の製品ではない。
その中には――
世界の企業。
世界の技術。
世界の素材。
世界の工場。
世界の物流。
世界の企業。
世界の技術。
世界の素材。
世界の工場。
世界の物流。
それらが重なって、
一つの製品になっている。
一つの製品になっている。
THE PRODUCT BECAME THE WORLD
小さな製品の中に――
世界の「作る力」が
入っている。
世界の「作る力」が
入っている。
技術。
↓
企業。
↓
工場。
↓
都市。
↓
国境を越える供給網。
↓
世界市場。
↓
私たちの手の中へ。
↓
企業。
↓
工場。
↓
都市。
↓
国境を越える供給網。
↓
世界市場。
↓
私たちの手の中へ。
第三期-50で見た、
「作る力」。
「作る力」。
戦争によって巨大化した
生産システム。
生産システム。
第三期-53で見た、
「MADE IN JAPAN」。
「MADE IN JAPAN」。
日本で作った製品が、
世界市場へ出ていった時代。
世界市場へ出ていった時代。
第三期-54で見た、
「世界のいい車」。
「世界のいい車」。
自動車を作るために、
資源・企業・技術が
世界規模でつながっていった。
資源・企業・技術が
世界規模でつながっていった。
そして第三期-55で見た――
「世界のスマートフォン」。
車も。
スマートフォンも。
スマートフォンも。
ただの商品ではなかった。

その時代の、
「作る力」が
姿を変えて現れたものだった。
「作る力」が
姿を変えて現れたものだった。
そして――
私たちが毎日手にしている
一台の中に、
私たちが毎日手にしている
一台の中に、
いまの世界の
産業地図が入っている。
産業地図が入っている。
かつては――
「どこの国で作ったのか」が重要だった。
しかし今――
「どこの国のものなのか」だけではなく、
「どこに、
どんな技術と企業と工場が
つながっているのか」を
見る時代になった。
「どこに、
どんな技術と企業と工場が
つながっているのか」を
見る時代になった。
そして――
「作る力」は、
一つの国の中だけに
存在するものではなくなっている。
「作る力」は、
一つの国の中だけに
存在するものではなくなっている。
第三期-50から始まった――
「作る力」
という問いは、
ここまで来た。
ここまで来た。
THIRD PERIOD – 55
私たちは、世界の
「作る力」を持ち歩いている。
そして――
一台のスマートフォンの中に、
世界の技術と産業が
重なっている。
「作る力」は、
国境を越えて、
世界へ繋がるものへ変わっていった。
では――
この世界の「作る力」を、
次に変えるのは――
どんな技術なのか。
第三期-56へ――
一台のスマートフォンの中に、
世界の技術と産業が
重なっている。
「作る力」は、
国境を越えて、
世界へ繋がるものへ変わっていった。
では――
この世界の「作る力」を、
次に変えるのは――
どんな技術なのか。
第三期-56へ――