DOCUMENTARY SERIES
THIRD PERIOD – 21
なぜ、アメリカは
アジアに基地を置き続けるのか
アジアに基地を置き続けるのか
― 日本・韓国・フィリピンから見る「同盟」と「基地」の戦後史―
第三期-20では――
敗戦した日本が、
占領され、
帝国を解体され、
民主化され、
そして――
主権を回復していくまでを見てきた。
その一方で――
日本の外側では、
アジアの新しい秩序が
作られ始めていた。
敗戦した日本が、
占領され、
帝国を解体され、
民主化され、
そして――
主権を回復していくまでを見てきた。
その一方で――
日本の外側では、
アジアの新しい秩序が
作られ始めていた。
日本は――
帝国ではなくなった。
軍隊も解体された。
そして――
1952年、
主権を回復した。
帝国ではなくなった。
軍隊も解体された。
そして――
1952年、
主権を回復した。
しかし――
その日本には、
アメリカ軍が残った。
その日本には、
アメリカ軍が残った。

1950年代。
日本は独立国家へ戻りつつあった。
しかし――
日本列島には、
アメリカ軍の施設が残り、
新しい安全保障関係が
形づくられていた。
日本は独立国家へ戻りつつあった。
しかし――
日本列島には、
アメリカ軍の施設が残り、
新しい安全保障関係が
形づくられていた。
ここで――
一つの疑問が生まれる。
一つの疑問が生まれる。
戦争は終わった。
日本も主権を回復した。
それなのに――
なぜ、
外国軍の基地は
残ったのか。
日本も主権を回復した。
それなのに――
なぜ、
外国軍の基地は
残ったのか。
そして――
この現象は、
日本だけではなかった。
この現象は、
日本だけではなかった。

戦後アジア。
日本。
韓国。
フィリピン。
アメリカとの安全保障関係が、
それぞれ異なる形で
形成されていった。
日本。
韓国。
フィリピン。
アメリカとの安全保障関係が、
それぞれ異なる形で
形成されていった。
しかし――
三つの国は、
同じ道を歩んだわけではない。
三つの国は、
同じ道を歩んだわけではない。
日本では――
敗戦と占領のあとに、
講和と安全保障条約が結ばれた。
韓国では――
分断と朝鮮戦争の中で、
同盟が形成された。
フィリピンでは――
独立後も基地協定が続いたが、
やがて米軍は撤退し、
その後、別の形で
軍事協力が復活した。
敗戦と占領のあとに、
講和と安全保障条約が結ばれた。
韓国では――
分断と朝鮮戦争の中で、
同盟が形成された。
フィリピンでは――
独立後も基地協定が続いたが、
やがて米軍は撤退し、
その後、別の形で
軍事協力が復活した。
THREE COUNTRIES / THREE PATHS
日本。
韓国。
フィリピン。
同じ「基地」でも、
生まれた理由は
同じではなかった。
韓国。
フィリピン。
同じ「基地」でも、
生まれた理由は
同じではなかった。
では――
なぜ、この地域には
「同盟」と「基地」を中心とする
安全保障の仕組みが
形成されたのか。
なぜ、この地域には
「同盟」と「基地」を中心とする
安全保障の仕組みが
形成されたのか。
THE NEXT QUESTION
では――
なぜ、
アメリカは
アジアに基地を置き続けるのか。
なぜ、
アメリカは
アジアに基地を置き続けるのか。
そして――
なぜ、日本。
韓国。
フィリピン。
それぞれの国は、
その安全保障関係を
受け入れ、あるいは
選び直してきたのか。
なぜ、日本。
韓国。
フィリピン。
それぞれの国は、
その安全保障関係を
受け入れ、あるいは
選び直してきたのか。
第三期-21では――
日本から始め、
韓国へ。
フィリピンへ。
そして最後に、
三つの国を一つの地図に重ねる。
日本から始め、
韓国へ。
フィリピンへ。
そして最後に、
三つの国を一つの地図に重ねる。
「アメリカが基地を置いた」
という一つの物語ではなく――
戦争。
冷戦。
地理。
同盟。
国家の選択。
国内政治。
それらが重なって、
現在の安全保障秩序が
どのように作られたのかを見る。
という一つの物語ではなく――
戦争。
冷戦。
地理。
同盟。
国家の選択。
国内政治。
それらが重なって、
現在の安全保障秩序が
どのように作られたのかを見る。
第1章|戦争が終わったのに、なぜ基地は消えなかったのか
― 「占領軍」から「同盟軍」へ ―
1945年。
日本は敗れた。
日本は敗れた。

1945年。
日本に進駐した
連合国軍。
この時点での米軍は、
日本を占領する側だった。
日本に進駐した
連合国軍。
この時点での米軍は、
日本を占領する側だった。
日本には――
まだ日本軍が存在していた。
しかし、
武装解除と復員が進み、
日本帝国の軍事組織は
解体されていった。
まだ日本軍が存在していた。
しかし、
武装解除と復員が進み、
日本帝国の軍事組織は
解体されていった。
戦争が終われば――
やがて、
外国軍も去っていく。
当初は、
そう見えていた。
やがて、
外国軍も去っていく。
当初は、
そう見えていた。
ところが――
世界の情勢が変わる。
世界の情勢が変わる。
1940年代後半。
米ソを中心とする対立が、
次第に「冷戦」と呼ばれる構造へ
変わっていった。
1949年。
中国で新しい政権が成立する。
そして――
1950年。
朝鮮戦争が始まった。
米ソを中心とする対立が、
次第に「冷戦」と呼ばれる構造へ
変わっていった。
1949年。
中国で新しい政権が成立する。
そして――
1950年。
朝鮮戦争が始まった。

1950年。
朝鮮半島で戦争が始まった。

日本列島は、
戦場ではなかった。
しかし――
その位置が、
突然大きな意味を持ち始めた。
朝鮮半島で戦争が始まった。

日本列島は、
戦場ではなかった。
しかし――
その位置が、
突然大きな意味を持ち始めた。
日本は――
朝鮮半島に近く、
西太平洋へもつながっている。
朝鮮半島に近く、
西太平洋へもつながっている。
飛行場。
港湾。
補給。
通信。
輸送。
戦争を支えるための
後方拠点として、
日本の重要性が
急速に高まっていった。
港湾。
補給。
通信。
輸送。
戦争を支えるための
後方拠点として、
日本の重要性が
急速に高まっていった。
FROM OCCUPATION TO ALLIANCE
1945 日本敗戦
↓
占領と米軍駐留
↓
冷戦の始まり
↓
1950 朝鮮戦争
↓
日本の戦略的重要性の上昇
↓
1951 講和・安全保障条約
↓
1952 日本の主権回復
1951年。
サンフランシスコ平和条約が結ばれた。
サンフランシスコ平和条約が結ばれた。
そして――
同じ年、
日本とアメリカの間で
安全保障条約が結ばれた。
同じ年、
日本とアメリカの間で
安全保障条約が結ばれた。
1951年。
日本は講和へ向かった。
しかし同時に――
アメリカ軍が日本国内の
施設・区域を使用できる
新しい安全保障関係が
作られていった。
日本は講和へ向かった。
しかし同時に――
アメリカ軍が日本国内の
施設・区域を使用できる
新しい安全保障関係が
作られていった。
1952年。
日本は主権を回復した。
日本は主権を回復した。
占領は終わった。
しかし――
アメリカ軍の駐留は、
「占領」から
「安全保障」へと
意味を変えて残った。
しかし――
アメリカ軍の駐留は、
「占領」から
「安全保障」へと
意味を変えて残った。
そして――
1960年。
新しい日米安全保障条約が
結ばれる。
1960年。
新しい日米安全保障条約が
結ばれる。
1960年。
新しい日米安全保障条約。
その成立をめぐって、
日本国内では
大規模な議論と抗議運動が起きた。
安全保障は――
外交だけではなく、
日本社会そのものの問題になった。
新しい日米安全保障条約。
その成立をめぐって、
日本国内では
大規模な議論と抗議運動が起きた。
安全保障は――
外交だけではなく、
日本社会そのものの問題になった。
つまり――
戦後の基地は、
単純に「占領軍が残ったもの」
ではなかった。
戦後の基地は、
単純に「占領軍が残ったもの」
ではなかった。
戦争。
冷戦。
朝鮮戦争。
日本の地理的位置。
講和。
そして――
日米間の条約。
冷戦。
朝鮮戦争。
日本の地理的位置。
講和。
そして――
日米間の条約。
こうして――
「占領軍」は、
「同盟軍」へと
姿を変えていった。
「同盟軍」へと
姿を変えていった。
しかし――
この仕組みは、
日本だけに作られたものではなかった。
この仕組みは、
日本だけに作られたものではなかった。
第2章|韓国では、なぜアメリカ軍が必要になったのか
― 分断、朝鮮戦争、そして「最前線」の形成 ―
日本とは――
別の場所で、
別の戦後が始まっていた。
別の場所で、
別の戦後が始まっていた。
1945年。
日本による朝鮮半島の統治が終わった。
しかし――
そこにすぐ一つの国家が
生まれたわけではなかった。
日本による朝鮮半島の統治が終わった。
しかし――
そこにすぐ一つの国家が
生まれたわけではなかった。
北にはソ連。
南にはアメリカ。
南にはアメリカ。
38度線を境に、
それぞれの占領地域が
形成されていく。
それぞれの占領地域が
形成されていく。
1948年。
南に大韓民国。
北に朝鮮民主主義人民共和国。
朝鮮半島は、
二つの国家へ分かれた。
南に大韓民国。
北に朝鮮民主主義人民共和国。
朝鮮半島は、
二つの国家へ分かれた。
日本では――
敗戦のあとに
占領と講和が続いた。
朝鮮半島では――
解放のあとに、
分断が始まった。
敗戦のあとに
占領と講和が続いた。
朝鮮半島では――
解放のあとに、
分断が始まった。
そして――
1950年6月25日。
朝鮮戦争が始まる。
1950年6月25日。
朝鮮戦争が始まる。
朝鮮戦争。
ソウルは戦場となり、
大量の避難民が発生した。
戦争は、
朝鮮半島だけの問題ではなく、
冷戦下の国際政治を
巻き込んでいった。
ソウルは戦場となり、
大量の避難民が発生した。
戦争は、
朝鮮半島だけの問題ではなく、
冷戦下の国際政治を
巻き込んでいった。
アメリカ軍を中心とする
国連軍が韓国側を支援し、
中国人民志願軍も
北朝鮮側に加わった。
国連軍が韓国側を支援し、
中国人民志願軍も
北朝鮮側に加わった。
そして――
1953年。
休戦協定が結ばれた。
1953年。
休戦協定が結ばれた。
1953年。
戦争は終結したのではなく、
休戦という形で止まった。
南北を分けるDMZは、
その後も残り続けた。
戦争は終結したのではなく、
休戦という形で止まった。
南北を分けるDMZは、
その後も残り続けた。
同じ年――
韓国とアメリカの間で、
相互防衛条約が結ばれた。
韓国とアメリカの間で、
相互防衛条約が結ばれた。
THE KOREAN PATH
1945 日本統治の終了
↓
38度線による分断
↓
1948 南北に国家成立
↓
1950 朝鮮戦争
↓
1953 休戦
↓
米韓相互防衛条約
↓
韓国における米軍駐留
ここで――
日本との違いが、
はっきりする。
日本との違いが、
はっきりする。
日本では――
敗戦。
占領。
講和。
同盟。
敗戦。
占領。
講和。
同盟。
韓国では――
植民地支配の終了。
分断。
戦争。
休戦。
同盟。
植民地支配の終了。
分断。
戦争。
休戦。
同盟。
同じ「米軍基地」でも――
そこに至る歴史は、
国によって違っていた。
そこに至る歴史は、
国によって違っていた。
韓国にとって、
米韓同盟は――
過去の占領を
そのまま延長したものではない。
米韓同盟は――
過去の占領を
そのまま延長したものではない。
朝鮮戦争という
巨大な安全保障上の経験と、
休戦後も続く南北対立の中で、
韓国の防衛を支える仕組みとして
形成された。
巨大な安全保障上の経験と、
休戦後も続く南北対立の中で、
韓国の防衛を支える仕組みとして
形成された。
つまり――
基地を理解するには、
「アメリカが何をしたのか」だけでは
足りない。
基地を理解するには、
「アメリカが何をしたのか」だけでは
足りない。
その国が、
何を恐れ、
何を守ろうとし、
どのような同盟を
必要としたのか。
何を恐れ、
何を守ろうとし、
どのような同盟を
必要としたのか。
そして――
もう一つ、
まったく違う道を歩んだ国がある。
まったく違う道を歩んだ国がある。
フィリピン。
第3章|フィリピンでは、なぜ基地が一度消えたのか
― 独立、基地協定、米軍撤退、そして新しい軍事協力 ―
フィリピンでは――
日本や韓国とは、
少し違う歴史が待っていた。
日本や韓国とは、
少し違う歴史が待っていた。
1946年。
フィリピンは、
アメリカから独立した。
しかし――
独立した国家と、
アメリカ軍の基地が
同時に存在することになった。
フィリピンは、
アメリカから独立した。
しかし――
独立した国家と、
アメリカ軍の基地が
同時に存在することになった。
1947年。
米比間で基地協定が結ばれる。
米比間で基地協定が結ばれる。
クラーク空軍基地。
スービック湾。
スービック湾。
フィリピンに置かれた米軍施設は、
西太平洋における
アメリカの重要な拠点となった。
西太平洋における
アメリカの重要な拠点となった。
戦後フィリピン。
政治的には――
独立国家。
安全保障の面では――
アメリカとの強い関係。
基地は、
その関係を象徴する存在だった。
政治的には――
独立国家。
安全保障の面では――
アメリカとの強い関係。
基地は、
その関係を象徴する存在だった。
しかし――
基地は、
永遠に存在するとは
限らなかった。
基地は、
永遠に存在するとは
限らなかった。
1991年。
フィリピン上院は、
米軍基地の継続使用につながる
条約を承認しなかった。
フィリピン上院は、
米軍基地の継続使用につながる
条約を承認しなかった。
1991年。
フィリピン国内では、
米軍基地をめぐる
主権・環境・政治の問題が
大きな議論となった。
そして――
基地の存続は
認められなかった。
フィリピン国内では、
米軍基地をめぐる
主権・環境・政治の問題が
大きな議論となった。
そして――
基地の存続は
認められなかった。
1992年。
アメリカ軍は、
クラークとスービックから
撤退した。
アメリカ軍は、
クラークとスービックから
撤退した。
THE PHILIPPINE PATH
1946 フィリピン独立
↓
1947 基地協定
↓
米軍基地の長期的運用
↓
1991 基地条約をめぐる決定
↓
1992 米軍撤退
↓
2014 EDCA
↓
ローテーション方式の軍事協力
ここが――
第三期-21で、
非常に重要なポイントになる。
第三期-21で、
非常に重要なポイントになる。
アメリカ軍基地は――
一度作られたら、
必ず残り続けるわけではない。
一度作られたら、
必ず残り続けるわけではない。
フィリピンでは――
基地が消えた。
基地が消えた。
しかし――
2014年。
アメリカとフィリピンは、
防衛協力強化協定、
EDCAを結んだ。
2014年。
アメリカとフィリピンは、
防衛協力強化協定、
EDCAを結んだ。
2014年以降。
フィリピン軍の施設への
アメリカ軍のローテーションアクセスや、
共同訓練、装備の事前配置など、
新しい形の軍事協力が進められた。
フィリピン軍の施設への
アメリカ軍のローテーションアクセスや、
共同訓練、装備の事前配置など、
新しい形の軍事協力が進められた。
つまり――
1947年の「基地」と、
2014年以降の「アクセス」は、
同じものではない。
1947年の「基地」と、
2014年以降の「アクセス」は、
同じものではない。
安全保障の仕組みは――
時代によって、
形を変えることができる。
時代によって、
形を変えることができる。
基地。
撤退。
そして――
再び軍事協力。
撤退。
そして――
再び軍事協力。
そこには、
アメリカの戦略だけではなく、
フィリピン自身の安全保障上の判断、
国内政治、
周辺環境の変化が重なっている。
アメリカの戦略だけではなく、
フィリピン自身の安全保障上の判断、
国内政治、
周辺環境の変化が重なっている。
では――
日本。
韓国。
フィリピン。
三つを並べると、
何が見えてくるのだろうか。
日本。
韓国。
フィリピン。
三つを並べると、
何が見えてくるのだろうか。
次は――
三つの国を、
一つの地図に重ねてみよう。
一つの地図に重ねてみよう。
第4章|三つの国を一つの地図に重ねると、何が見えるのか
― 地理がつないだ「西太平洋のネットワーク」 ―
日本。
韓国。
フィリピン。
韓国。
フィリピン。
ここまで――
それぞれの歴史を、
別々に見てきた。
それぞれの歴史を、
別々に見てきた。
東アジアから西太平洋へ。
日本列島。
朝鮮半島。
フィリピン。
沖縄。
グアム。
一つの地図に重ねてみると――
それぞれの場所が、
海を通じてつながっていることが見えてくる。
日本列島。
朝鮮半島。
フィリピン。
沖縄。
グアム。
一つの地図に重ねてみると――
それぞれの場所が、
海を通じてつながっていることが見えてくる。
この地域を、
もう一度だけ――
「帝国」ではなく、
「海」から見る。
もう一度だけ――
「帝国」ではなく、
「海」から見る。
東シナ海。
南シナ海。
西太平洋。
南シナ海。
西太平洋。
人。
物資。
エネルギー。
艦船。
航空機。
情報。
物資。
エネルギー。
艦船。
航空機。
情報。
さまざまなものが、
この海域を通って移動する。
この海域を通って移動する。
そして――
基地を見るときにも、
「建物」だけを見てはいけない。
基地を見るときにも、
「建物」だけを見てはいけない。
飛行場がある。
港がある。
補給施設がある。
通信施設がある。
港がある。
補給施設がある。
通信施設がある。
しかし――
それぞれが単独で
存在しているわけではない。
それぞれが単独で
存在しているわけではない。
基地
↓
アクセス
↓
補給・整備
↓
通信・情報
↓
共同訓練
↓
即応能力
↓
抑止
↓
アクセス
↓
補給・整備
↓
通信・情報
↓
共同訓練
↓
即応能力
↓
抑止
一つひとつの施設を離れて見ると、
ただの飛行場や港に見える。
ただの飛行場や港に見える。
しかし――
それらを一つの地図に重ねると、
別の姿が現れる。
それらを一つの地図に重ねると、
別の姿が現れる。
冷戦期の西太平洋。
複数の基地。
港湾。
飛行場。
海上交通路。
それぞれの拠点が、
同盟国との協力を通じて
一つの安全保障ネットワークを
形成していった。
複数の基地。
港湾。
飛行場。
海上交通路。
それぞれの拠点が、
同盟国との協力を通じて
一つの安全保障ネットワークを
形成していった。
ここで――
地図の上に、
もう一つの要素を重ねる。
地図の上に、
もう一つの要素を重ねる。
冷戦。
1945年以降――
この地域では、
ソ連。
中国。
北朝鮮。
そして――
アメリカとその同盟国。
この地域では、
ソ連。
中国。
北朝鮮。
そして――
アメリカとその同盟国。
地理と国際政治が重なった。
日本は――
ソ連極東、
朝鮮半島、
中国大陸に近い。
ソ連極東、
朝鮮半島、
中国大陸に近い。
韓国は――
北朝鮮と直接向き合う
最前線にある。
北朝鮮と直接向き合う
最前線にある。
フィリピンは――
西太平洋と東南アジアを結ぶ
海域に位置する。
西太平洋と東南アジアを結ぶ
海域に位置する。
THE STRATEGIC MAP
地理的位置
↓
冷戦下の対立
↓
海上交通・軍事的アクセス
↓
同盟国との協力
↓
抑止・即応能力
つまり――
アメリカの基地は、
一つひとつの「点」として
存在していたのではない。
一つひとつの「点」として
存在していたのではない。
THE NETWORK
基地は――
「点」ではなかった。
「点」ではなかった。
日本。
韓国。
フィリピン。
沖縄。
グアム。
それらが海と同盟によって結ばれ、
一つの「ネットワーク」を
形成していた。
韓国。
フィリピン。
沖縄。
グアム。
それらが海と同盟によって結ばれ、
一つの「ネットワーク」を
形成していた。
そして――
ここから、
一つの疑問が生まれる。
ここから、
一つの疑問が生まれる。
もし、このネットワークを
支えていた最大の対立――
冷戦が終わったなら。
支えていた最大の対立――
冷戦が終わったなら。
1991年。
ソ連が崩壊した。
ならば――
このネットワークも、
役割を終えたのだろうか。
このネットワークも、
役割を終えたのだろうか。
第5章|冷戦が終わっても、なぜ基地は消えなかったのか
― 1991年、「敵」が消えたあとに残ったもの ―
1991年。
1991年12月。
ソ連が崩壊した。
第二次世界大戦後、
世界を二分してきた
冷戦構造は大きく変わった。
ソ連が崩壊した。
第二次世界大戦後、
世界を二分してきた
冷戦構造は大きく変わった。
ならば――
冷戦のために作られた
同盟も基地も、
やがて消えていくのではないか。
冷戦のために作られた
同盟も基地も、
やがて消えていくのではないか。
しかし――
そうはならなかった。
そうはならなかった。
日本では――
日米同盟が続いた。
日米同盟が続いた。
韓国では――
米韓同盟が続いた。
米韓同盟が続いた。
一方、フィリピンでは――
1992年、
米軍が撤退した。
1992年、
米軍が撤退した。
1991 AND AFTER
ソ連崩壊
↓
冷戦構造の変化
↓
日本 同盟継続
↓
韓国 同盟継続
↓
フィリピン 米軍撤退
ここで重要なのは――
三つの国で、
同じ結果には
ならなかったことだ。
三つの国で、
同じ結果には
ならなかったことだ。
つまり――
「冷戦が終われば、
基地は自動的に消える」
わけではなかった。
「冷戦が終われば、
基地は自動的に消える」
わけではなかった。
韓国では――
南北分断が残った。
南北分断が残った。
日本では――
東アジアの安全保障環境が
変化し続けた。
東アジアの安全保障環境が
変化し続けた。
そして地域全体では――
中国の経済力・軍事力が
大きく変化していった。
中国の経済力・軍事力が
大きく変化していった。
冷戦後のアジア。
ソ連という一つの大きな対立軸が消えた一方、
朝鮮半島。
台湾海峡。
東シナ海。
南シナ海。
地域の安全保障上の問題は、
別の形で残り続けた。
ソ連という一つの大きな対立軸が消えた一方、
朝鮮半島。
台湾海峡。
東シナ海。
南シナ海。
地域の安全保障上の問題は、
別の形で残り続けた。
そして――
フィリピンでは、
一度は消えた米軍の存在が、
別の形で戻ってくる。
フィリピンでは、
一度は消えた米軍の存在が、
別の形で戻ってくる。
1992年。
米軍はフィリピンから撤退した。
米軍はフィリピンから撤退した。
しかし2014年――
米比両国は、
防衛協力強化協定
(EDCA)を結んだ。
米比両国は、
防衛協力強化協定
(EDCA)を結んだ。
恒久的な米軍基地を
そのまま復活させるのではなく――
フィリピン軍施設への
ローテーションアクセスや
共同訓練など、
別の形の協力が進んだ。
そのまま復活させるのではなく――
フィリピン軍施設への
ローテーションアクセスや
共同訓練など、
別の形の協力が進んだ。
基地が消えることと――
同盟が消えることは、
同じではなかった。
同盟が消えることは、
同じではなかった。
冷戦が終わっても――
同盟は、
別の役割を持つようになった。
同盟は、
別の役割を持つようになった。
共同訓練。
情報共有。
軍事的アクセス。
危機への対応。
海上交通の安全。
情報共有。
軍事的アクセス。
危機への対応。
海上交通の安全。
そして――
地域に対する抑止。
地域に対する抑止。
つまり――
「敵がいるから同盟がある」
それだけでは、
説明できなくなっていった。
それだけでは、
説明できなくなっていった。
冷戦は終わった。
しかし――
同盟は終わらなかった。
同盟は終わらなかった。
基地は、
残った場所もあれば、
形を変えた場所もあった。
残った場所もあれば、
形を変えた場所もあった。
では――
その同盟と基地を、
いったい誰が必要としていたのだろうか。
その同盟と基地を、
いったい誰が必要としていたのだろうか。
第6章|基地は「アメリカのもの」なのか
― 一つの基地に重なる、三つの安全保障 ―
ここまで――
日本。
韓国。
フィリピン。
日本。
韓国。
フィリピン。
三つの国を見てきた。
そして――
一つのことが見えてきた。
一つのことが見えてきた。
基地を、
「アメリカのもの」だけとして
見ることはできない。
「アメリカのもの」だけとして
見ることはできない。
もちろん――
アメリカには、
明確な戦略的利益がある。
アメリカには、
明確な戦略的利益がある。
前方展開。
軍事的アクセス。
抑止。
危機への即応。
軍事的アクセス。
抑止。
危機への即応。
広大な太平洋の向こうから、
必要なときに部隊を動かすためには、
前方の拠点が重要になる。
必要なときに部隊を動かすためには、
前方の拠点が重要になる。
しかし――
同盟国側にも、
それぞれの理由がある。
同盟国側にも、
それぞれの理由がある。
日本にとっては――
自国だけでは対応しにくい
安全保障上のリスクに対する
抑止と防衛協力。
自国だけでは対応しにくい
安全保障上のリスクに対する
抑止と防衛協力。
韓国にとっては――
朝鮮半島の安全保障。
朝鮮半島の安全保障。
フィリピンにとっては――
周辺海域をめぐる安全保障と、
米国との防衛協力。
周辺海域をめぐる安全保障と、
米国との防衛協力。
同盟とは――
一方だけが必要としている関係ではない。
それぞれの国が、
異なる利益と判断の中で
安全保障関係を維持している。
一方だけが必要としている関係ではない。
それぞれの国が、
異なる利益と判断の中で
安全保障関係を維持している。
THREE LAYERS
アメリカ前方展開
抑止
軍事的アクセス
地域への影響力
↓
同盟国
防衛
抑止
軍事協力
周辺国への対応
↓
地域社会
騒音
事故への不安
土地利用
環境
そして――
ここで初めて、
基地をめぐる問題の
「三つの層」が見えてくる。
ここで初めて、
基地をめぐる問題の
「三つの層」が見えてくる。
国家にとっての安全保障。
同盟にとっての軍事的必要性。
地域社会にとっての生活。
この三つは――
いつも完全に一致するとは限らない。
いつも完全に一致するとは限らない。
基地周辺では――
国家レベルの安全保障とは別に、
騒音。
事故への不安。
土地利用。
環境。
地域社会の日常に関わる問題が生まれる。
国家レベルの安全保障とは別に、
騒音。
事故への不安。
土地利用。
環境。
地域社会の日常に関わる問題が生まれる。
だから――
「基地は必要か、不要か」
という二択だけでは、
問題の全体を見ることができない。
「基地は必要か、不要か」
という二択だけでは、
問題の全体を見ることができない。
誰にとって必要なのか。
誰が負担するのか。
誰が決めるのか。
誰が負担するのか。
誰が決めるのか。
WHO NEEDS THE BASE?
基地を必要としているのは――
誰なのか。
誰なのか。
アメリカ。
同盟国。
地域社会。
それぞれの立場によって、
「安全保障」の意味は違っている。
同盟国。
地域社会。
それぞれの立場によって、
「安全保障」の意味は違っている。
フィリピンの歴史は――
基地のあり方が
変わり得ることを示している。
基地のあり方が
変わり得ることを示している。
日本と韓国の歴史は――
同盟が長期にわたって
維持される場合があることを示している。
同盟が長期にわたって
維持される場合があることを示している。
国家が選び、
同盟国が交渉し、
地域社会が向き合いながら――
その形が決まっていく。
同盟国が交渉し、
地域社会が向き合いながら――
その形が決まっていく。
だから――
「アメリカが基地を置いた」
だけではない。
「アメリカが基地を置いた」
だけではない。
アメリカには、
基地を必要とする理由がある。
同盟国にも、
基地を必要とする理由がある。
そして――
基地のある地域には、
別の現実がある。
基地を必要とする理由がある。
同盟国にも、
基地を必要とする理由がある。
そして――
基地のある地域には、
別の現実がある。
基地は――
一つの国だけの意思で
存在しているわけではない。
一つの国だけの意思で
存在しているわけではない。
戦略。
同盟。
地理。
政治。
地域社会。
同盟。
地理。
政治。
地域社会。
それらが重なって――
現在の安全保障秩序が
形づくられている。
現在の安全保障秩序が
形づくられている。
そして――
この秩序を理解するには、
もう一度、
地図を見る必要がある。
この秩序を理解するには、
もう一度、
地図を見る必要がある。
最終章|だから、現在のアジアの地図はこう見える
― 1945年から続く秩序を、現在の地図から見る ―
1945年。
日本帝国は、
消えた。
消えた。
しかし――
その後、
何もない空白が
生まれたわけではなかった。
その後、
何もない空白が
生まれたわけではなかった。
占領。
講和。
同盟。
そして――
冷戦。
講和。
同盟。
そして――
冷戦。
1945 → 1952 → 1991 → TODAY
戦争は終わった。
冷戦も終わった。
しかし――
その時代に作られた
安全保障の枠組みは、
現在までつながっている。
冷戦も終わった。
しかし――
その時代に作られた
安全保障の枠組みは、
現在までつながっている。
だから――
現在のアジアを見るとき、
1945年からの時間を
一度、写真でたどってみよう。
現在のアジアを見るとき、
1945年からの時間を
一度、写真でたどってみよう。
1945
戦争が終わった日本。
帝国は消え――
焼け跡から、
戦後が始まった。
帝国は消え――
焼け跡から、
戦後が始まった。
1950s
焼け跡の街は――
少しずつ、
新しい日常を
取り戻していった。
少しずつ、
新しい日常を
取り戻していった。
COLD WAR
しかし同時に――
日本。韓国。フィリピン。
沖縄。グアム。
この地域を結ぶ
新しい安全保障の
ネットワークが形成された。
日本。韓国。フィリピン。
沖縄。グアム。
この地域を結ぶ
新しい安全保障の
ネットワークが形成された。
TODAY
そして現在。
私たちは――
この地図の上で暮らしている。
私たちは――
この地図の上で暮らしている。

写真を並べると――
1945年から現在までの間に、
この地域で何が変わり、
何が残ったのかが見えてくる。
1945年から現在までの間に、
この地域で何が変わり、
何が残ったのかが見えてくる。
地図を見る。
日本の向こうに――
朝鮮半島がある。
その先に――
中国大陸。
南へ向かえば――
フィリピン。
北には――
ロシア極東。
そして――
そのすべてを、
太平洋がつないでいる。
朝鮮半島がある。
その先に――
中国大陸。
南へ向かえば――
フィリピン。
北には――
ロシア極東。
そして――
そのすべてを、
太平洋がつないでいる。
この地図は――1945年に突然、現在の形になったわけではない。
帝国が消えた。
冷戦が始まった。
同盟が結ばれた。
冷戦が始まった。
同盟が結ばれた。
そして――
1991年。
冷戦が終わった。
1991年。
冷戦が終わった。
それでも――
地図の上から、
すべてが消えたわけではなかった。
地図の上から、
すべてが消えたわけではなかった。
THE MAP WE INHERITED
私たちが暮らしているのは――
1945年そのものの世界ではない。
1945年そのものの世界ではない。
しかし――
その後の歴史によって形づくられた
同盟。
基地。
国境。
安全保障の仕組み。

それらは、
現在のアジアを理解するための
重要な手がかりになっている。
その後の歴史によって形づくられた
同盟。
基地。
国境。
安全保障の仕組み。

それらは、
現在のアジアを理解するための
重要な手がかりになっている。
そして現在――
この地域の環境は、
再び変化している。
この地域の環境は、
再び変化している。
中国は、
1945年とは比較にならないほど
大きな経済力と軍事力を持つようになった。
1945年とは比較にならないほど
大きな経済力と軍事力を持つようになった。
東アジアと西太平洋の
安全保障環境も、
変わり始めている。
安全保障環境も、
変わり始めている。
では――
1945年から続いてきた
この地図は――
これからも、
同じ形で続くのだろうか。
1945年から続いてきた
この地図は――
これからも、
同じ形で続くのだろうか。
その答えは、
まだ分からない。
まだ分からない。
ただ――
一つだけ、
見えていることがある。
一つだけ、
見えていることがある。
地図は、
歴史の結果であると同時に、
次の歴史の舞台でもある。
歴史の結果であると同時に、
次の歴史の舞台でもある。
そして――
歴史は、
ここで終わらない。
ここで終わらない。