『「台湾有事」の嘘と真実』 ——誰が平和を装い、誰が戦争を求めているのか? |  耳たぶドットカムのミミカムdays!

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🔥 序章:仮想敵国という幻想——“敵”は誰が作ったのか?

「敵を作れば、国民は団結する」
——これは歴史が何度も繰り返してきた、支配者の常套手段です。

📖 歴史の中の「仮想敵国」

冷戦期、アメリカは「ソ連」を“自由の敵”とし、ソ連は「アメリカ」を“資本主義の侵略者”と呼びました。
民衆は常に「外敵」への恐怖で結束させられ、膨大な軍事費国民の自由の制限が正当化されました。

💬 「敵がいなければ、作ればいい」
— 戦略シンクタンク関係者

🧠 「仮想敵国」という概念の本質

仮想敵国(Potential Adversary)」とは、将来敵対するかもしれない国を想定して戦略を立てる軍事用語です。

しかしそれが政治・メディアに転用されると、“敵ではない国”まで敵として民衆に刷り込まれる危険があります。

📌 米国覇権と「仮想敵」の必要性

国内統制のための敵:
  • 内政の失敗や不満から目を逸らすため、「中国」「ロシア」「テロ」などの外敵を強調
  • 「国家の安全保障」という大義名分で軍事費を増額し、軍産複合体を拡大
同盟国を従わせる手段:
  • 「中国の軍拡」や「ロシアの侵略欲」を煽り、日本・韓国・NATOに軍事的依存を促進
  • 米国製兵器の輸出軍事基地の提供外交自立の制限が進行

📊 仮想敵国の分析テーブル

国名 仮想敵国 目的 実際の脅威度
アメリカ ソ連 → 中国 軍事予算の拡大、同盟強化 中〜高
中国 アメリカ、日本、台湾 国内統制、ナショナリズム強化
ロシア NATO、アメリカ 国内支持の確保、軍事力誇示

💰 誰が「敵の演出」で得をしたのか?

  • 💣 軍需産業: 武器ビジネス拡大・契約増加
  • 🎩 政治家: 外敵の演出で支持率アップ
  • 📺 メディア: 恐怖や危機を煽り視聴率稼ぎ
  • 🏛️ シンクタンク: 戦略構想と利権獲得

🕊️ 本当に“敵”だったのか?

  • 🇨🇳 中国: WTO加盟以降、米国企業は中国市場で巨利を得た。
  • 🇷🇺 ロシア: 90年代初期は欧米との関係改善を試みたが、NATOの東方拡大に反発。
  • 🇮🇷 イラン: 度々核合意や中東安定への協力を模索していた。
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🧩 「仮想敵国」は、実際の脅威ではなく、“必要とされた敵”だったのではないか?

🧭 結論:本当の敵は誰なのか?

私たちは、メディアや政府が示す「敵像」を盲信せず、冷静に事実を見極める力が求められます。

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🕊️ 「敵を作るのではなく、信頼を築く」
——これが、真の平和と共存の第一歩なのです。

 

第2章:冷戦から現代までの米国による“敵の創出”の歴史

🧊 冷戦期:ソ連を“絶対悪”として描く

第二次世界大戦後、米国はソビエト連邦を「共産主義の脅威」として位置づけ、国内外での対立構造を強調しました。

  • キューバ危機(1962年):ソ連のミサイル配備計画に対し、米国は強硬な対応を取り、世界を核戦争の瀬戸際に立たせました。
  • ベトナム戦争:共産主義の拡大を防ぐ名目で介入し、多大な人的・経済的損失を被りました。

これらの事例では、実際の脅威以上に「敵」を強調することで、国内の結束を図る意図が見受けられます。

🌐 冷戦後:新たな“敵”の模索

ソ連崩壊後、明確な敵を失った米国は、新たな脅威を設定することで国民の関心を外部に向け続けました。

  • 湾岸戦争(1991年):イラクのクウェート侵攻に対し、国際的な正義を掲げて軍事介入を実施。
  • 対テロ戦争(2001年以降):アルカイダやタリバンを主要な敵とし、中東への軍事行動を拡大。

これらの行動は、国内の支持を得ると同時に、軍事産業の活性化にも寄与しました。

🐉 現代:再び中国とロシアを“敵”に

近年、米国は中国とロシアを主要な脅威として再設定し、対立構造を強調しています。

  • 中国:経済的台頭や技術革新を背景に、サイバー攻撃や知的財産権の侵害などを理由に敵視を強めています。
  • ロシア:ウクライナ侵攻や選挙介入疑惑などを通じて、再び主要な敵対国として位置づけられています。

これらの動きは、NATOの強化やアジア太平洋地域での軍事的プレゼンスの拡大など、 米国の国際的影響力を維持する手段ともなっています。

敵を創出するという構図は、ただの「安全保障」ではありません。
それは米国の国内統治と覇権維持の戦略でもあるのです。

このように、米国は時代ごとに「敵」を設定し、国内の結束や国際的な影響力の維持を図ってきました。 

その背景には、軍事産業やエネルギー企業、国際金融資本などの複合的な利益構造が存在しています。

参考までに、この縮尺の太平洋地図では、青は中国が領有権を主張している海域(南シナ海の大部分と東シナ海の一部)です。

赤はアメリカの領有権の一部、つまり実際の米国排他的経済水域を示しています。そして米国の軍事基地の地図です。

第3章:シャングリラ対話——舞台は整った

2025年5月末、シンガポールで開催されたシャングリラ対話。アジア太平洋地域の安全保障を語る舞台で、米国の「台湾防衛」名目の軍事支出と同盟強化が強調された。これは単なる外交イベントではなく、「戦争準備」というシナリオの一部として機能していた。

📌 戦争の前段階——“対話”という名の演出

米国はアジアの同盟国に対し、中国との「差し迫った」戦争に備えるよう要求
「アジアは今、かつてないほどの“防衛協力”を必要としている」
——ピート・ヘグセス米国防長官(2025年5月 シャングリラ対話にて)
💡 表面的には“対話”と“協調”を掲げながら、実際には中国封じ込め・台湾軍備強化という二重構造が明白に。
米国の主張:
・中国が「力による現状変更」を図っている
・台湾有事は“国際社会”にとっての危機
・「自由で開かれたインド太平洋」のための軍備増強が必要
一方で中国側は:
・台湾は内政問題であり、外部の介入は許容できない
・米国こそが現状を一方的に変えていると批判
・対話を求めつつも「主権を守る意思」に揺らぎはなし

🔍 対話を超えて準備される“次の段階”

シャングリラ対話後、米国は台湾に対する軍事支援パッケージのさらなる拡大を発表。日本やフィリピンとも「相互運用性強化」の名目で軍事演習が加速した。
イベント 見かけ上の目的 実質的な機能
シャングリラ対話(2025年5月) アジアの安全保障協議 中国封じ込め正当化、軍備拡大の布石
台湾支援予算案(同月発表) 防衛協力強化 米国軍需産業の活性化と戦争準備
日米比合同演習 地域安定の確保 戦場準備の試験運用

🎭 対話は「戦争準備」のステージだった

表面上は“平和のための会議”であるシャングリラ対話。しかし、米国の軍事同盟強化戦略、兵器輸出の促進、アジア諸国の従属化など、多層的な意図が内包されていた。
「平和を守るために兵器が必要だ」——そんな論理に疑問を持たない聴衆は、静かに“戦争準備”に拍手を送っている。
対話の本質は、対話ではなく「合意形成」だ。つまり、アジア各国をアメリカの戦略に巻き込むための外交イベントである。

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本当の「平和」を語る声はどこに?

中国代表の発言は「脅威」とされ、ロシアの姿は排除される。だが、一方的な軍事同盟構築こそ、地域の緊張を高めているのではないか?

「我々は防衛のためにここにいる」
——そう語る軍人たちの後ろに、無言で並ぶミサイルと予算案。

—— 国際政治アナリスト
シャングリラ対話は、もはや「平和の会議」ではない。アジア版NATOをつくり出すための“思想戦”の前線なのだ。

第4章:兵器とメディアと覇権構造——“平和”が覆う恐怖のビジネス

戦争は偶発的に起きるものではない。それは、恐怖によって煽られ、報道によって演出され、そして兵器によって具体化される。その背後には、メディアと軍需産業と政治が織りなす“軍拡のトライアングル”がある。

📺 恐怖を煽るメディア——演出される「脅威」

主要メディアの“演出”例:
・「台湾有事は明日にも起こりうる」(大手新聞)
・「中国は年内にも上陸作戦を開始か」(テレビ特集)
・「今こそ防衛力の“反撃的強化”を」(社説)
「国民の不安を煽れば、軍拡に反対する声は小さくなる」
——メディア関係者の匿名証言(2025年某国会前)
💡 恐怖はビジネスになる。「有事」の言葉が踊るほど、防衛予算は膨らみ、兵器産業は潤う。

💣 利益を生む“軍拡”構造

構成要素 機能 恩恵を受ける主体
メディア “敵”の存在を強調し、国民感情を操作 広告収入・視聴率・政府からの報道協力枠
政府・政治家 恐怖を根拠に軍事予算を拡大 選挙支援・業界団体との癒着
軍需産業 武器開発・販売による巨額利益 株主・幹部報酬の増大
その構造は米国に限らない:
日本、韓国、フィリピンなどアジア諸国にも“ミニ軍産複合体”が形成されつつある。
台湾に至っては、2025年の段階でGDP比4.5%に迫る防衛予算を計上し、その一部は米国製兵器への“依存支出”。

🎭 平和の仮面をかぶった軍拡の扇動

各国指導者は「平和のために防衛力を強化する」と語る。しかし、それはあまりに都合の良い詭弁だ。
平和を守るには、まず戦争が起こる前提を解体すべきではないのか?
「“防衛”の名の下で、私たちは戦争の準備に加担していないか?」
——ある大学教授の問い(日中平和フォーラム登壇時)

🧠 問われるべきは“準備”ではなく“構造”

今、アジアに必要なのは「脅威の想定」ではなく、「信頼の構築」である。軍拡の三角形を脱し、市民が情報の本質を見極め、声を上げる構造転換こそが求められている。

第5章:平和の仮面をかぶった軍拡の扇動

「防衛のため」「平和の維持」という美名の裏で、着々と進む軍拡。
それは本当に“抑止”のためなのか?それとも、戦争を前提とした利益構造の一環なのか——。

🎭「防衛」という言葉のマジック

・「敵が攻めてくる前に備えなければならない」
・「反撃能力はあくまで防御の一環」
・「平和を守るためには“抑止力”が不可欠」

これらのフレーズは、あらゆる国のリーダーによって繰り返されている。だが、その裏には軍需予算の増大、軍備拡張、周辺国との緊張の激化が隠れている。
「平和を守るために戦争の準備をする。
それは“自己矛盾”ではありませんか?」
——大学生代表(日中フォーラムにて)

💣 防衛費の増額は誰のため?

提唱される理由 実際の効果
「国民を守るため」 敵対感情を刺激し、国際関係は緊張
「平和のための抑止力」 軍需産業への資金流入、政官財の癒着強化
「同盟国との一体化」 外交の選択肢を狭め、“対立構造”が固定化
戦争を防ぐために武力を強化する。
その論理が生むのは「軍拡のスパイラル」だ。

日本が軍備を拡大すれば、中国もロシアも応じる。
それに応じて米国は防衛装備を“提供”し続ける。
結果、平和はさらに遠のく。

📈 アジア各国の軍拡加速

  • 日本:2027年までに防衛予算をGDP比2%以上へ倍増
  • 台湾:米国から最新兵器を多数購入、軍事依存強化
  • フィリピン:南シナ海を巡り米軍との共同演習を常態化
これらの動きは、「平和」の名の下に正当化されている。
しかし、市民社会の意見や外交的解決の道筋は軽視されていないだろうか?

🧠 市民社会の責任と選択

私たちは「平和の仮面」に惑わされるのではなく、
その背後にある構造的な動機を見抜く目を持たなければならない。

軍事依存ではなく、外交的信頼・教育・対話の道に投資すべき時だ。
「“軍拡”は平和への近道ではない。
むしろその逆だと、歴史が証明している」
——平和学研究者・王麗華(北京大学)

第6章:差し迫っているのは“侵略”か、それとも“挑発”か

「中国が攻めてくる」「北朝鮮が危ない」
——だが、その“危機感”はどこから生まれているのか?
本当に脅威が“差し迫って”いるのか、それとも意図的に“演出”されているのか?

📢「脅威」の演出とその効果

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・ニュース速報で繰り返される「弾道ミサイル発射」
・防衛白書に記された「東アジアの不安定化」
・政治家の演説で多用される「危機が迫っている」という言葉

これらは市民に「恐怖」と「備え」の感情を植えつける。
そしてその先に用意されているのは、防衛費の増額と軍備強化だ。
「中国の脅威が迫っている!」と叫ばれ続けているけど、
実際に“侵略”されたことがあるの?
——20代女性・沖縄出身

🛰 挑発を先に仕掛けているのは誰か?

現実の行動 報道の扱い
米空母が南シナ海に展開 「自由航行の確保」
米日が台湾海峡で軍事演習 「抑止力強化」
中国機がADIZ(防空識別圏)に接近 「威圧行動」
同じ行動でも、「誰がやるか」によって報道のトーンは変わる
これは客観的な安全保障ではなく、“情報戦”の一環だ。

■海から空から、静かに迫る“包囲網”

私たちは「防衛のための軍備」と言われれば反射的に納得してしまう。だが、もしその“防衛”が、他国から見れば明確な挑発だったとしたら?

  • 在日米軍(横須賀・沖縄)に展開する空母打撃群
  • 沖縄・奄美・南西諸島に増設されるミサイル部隊
  • 米比共同哨戒で南シナ海に広がる包囲線
  • 台湾への武器供与と「事実上の軍事顧問」派遣
中国の視点から見れば、これは「防衛」どころか、明確な“戦争準備”と映るのは当然だ。

■“脅威”の構図は反転していないか?

報道される主張 実際の動き
中国が台湾に侵攻する恐れがある 台湾に対しF-16やミサイルが供与され、米軍関係者も常駐
南シナ海を中国が軍事化している 南シナ海で米軍が「航行の自由作戦」を頻繁に展開
日本が標的になるかもしれない 日本が“米軍の盾”として戦場に組み込まれようとしている
「備えあれば憂いなし」と言うが、
“備えさせることで戦争を誘発する”こともあるのだ。

■QUAD・AUKUS・日米同盟——米国中心の“安全保障”とは?

米国は、アジアに新たな軍事同盟網を築いてきた。QUAD(日米豪印)、AUKUS(米英豪)、そして日米韓の3国協力体制。

だがそれは、日本が「米中対立の火薬庫」となる構造を意味する。
平和の名のもとに、自らを“戦場”にしていないか?

中国が周囲を威嚇しているように見えるのは、実際には「米軍の配置」が常に先行しているからだ。

侵略が差し迫っているのではない。
本当に差し迫っているのは、「挑発が引き金になる戦争」である。

第7章:“抑止力”という幻想——軍拡が平和を遠ざける理由

要約:
「抑止力」は平和を守る盾として語られがちだが、その実態は新たな軍拡競争と戦争リスクの拡大に他ならない。この章では、米国が広める「抑止の論理」の欺瞞と、それに巻き込まれるアジア諸国の現実を明らかにする。

◆「軍事バランス」という名の際限なき競争

抑止力とは、「相手に攻撃を思いとどまらせるほどの軍事力を持つこと」だと説明される。しかしこの考え方は、一見すると合理的に見えて、その実、果てしない軍拡の正当化装置でしかない。

重要な視点:
相手の攻撃意図を止めるために軍事力を高めれば、相手も同様に「抑止のため」に軍備を拡大する。このスパイラルこそが、冷戦期以降の「軍拡→緊張→対立」の基本構造である。

◆“平和のため”のミサイルが火種になる皮肉

「日本は防衛的に兵器を持っているだけ」と言うが、他国から見ればその増強こそが脅威。
― アジア地域の元外交官

抑止という論理は、自国民に安心感を与えるプロパガンダにはなるが、他国にとっては脅威そのものである。とりわけ、台湾有事を想定したミサイル配備や防衛費倍増は、実際には「開戦の口実」に使われかねない材料となる。

◆「脅威の先取り」は自作自演

  • 「中国が軍拡している」→ 日本や台湾に防衛費拡大を促す
  • 日本の軍拡が「中国の脅威」に見える → 中国も対抗して増強
  • 米国は両者の緊張を利用し、兵器を売却・軍事基地を拡大
本質を見抜く鍵:
「脅威の存在」が軍需産業や国家予算において“ビジネスチャンス”として利用されている現実を直視する必要がある。

◆「本当の平和」は武力の裏にない

軍拡によって平和が訪れるのではなく、互いの信頼と対話、協力の枠組みこそが平和の礎である。アジアにはかつて、非武装・中立を選んだ国々が存在した。その経験から学ぶべきだ。

希望の芽:
2025年5月に北京で行われた日中学生500人による「平和友好宣言」は、民間レベルの信頼構築が軍拡を超える“もう一つの抑止力”になることを示している。

私たちが信じるべき抑止力は、「兵器」ではなく「友情」と「対話」だ。今こそ、幻想を脱ぎ捨て、真の安全保障のあり方を再考する時である。

第8章:アジア各国に課される“戦争税”——軍事予算という名の負担転嫁

要約:
「防衛費の増額」は安全のためではなく、米国の軍需経済と覇権戦略を支える“戦争税”としてアジア諸国に転嫁されている。この章では、日本をはじめとする国々がどのようにして米国の覇権構造の維持費を支払わされているかを明らかにする。

◆「防衛費増額」は自主判断か、それとも外圧か?

日本政府は「周辺の安全保障環境が厳しさを増している」として、防衛費を2027年度までにGDP比2%へと倍増させる方針を打ち出した。しかし、その背景には米国からの圧力と兵器購入の要求が存在する。

「これは事実上の『同盟費』だ。アメリカが主導する戦略に参加するための“会費”だと考えるべきだ」
― 国際関係学者

◆FMSという“爆買いシステム”

日本が行っている米国製兵器の購入は、対等な交渉ではなく、米国主導の有償軍事援助(FMS)という一方的な制度に基づく。金額は年々膨れ上がり、数兆円規模に達している。

注目:
FMSでは納期の遅延や価格不透明も多発し、事実上“空手形”に近い契約さえ存在する。それでも日本側はキャンセルできない構造になっている。

◆「抑止力」の名で予算が吸い取られる

  • 日本:防衛費倍増、F35・イージス・ミサイル爆買い
  • 台湾:米国から年間数千億円規模の兵器調達
  • 韓国・フィリピン・豪州も準加盟国として装備を購入

これらの動きは偶然ではない。「抑止」の名で各国に“戦争準備の負担”を押しつける米国主導の覇権構造が背景にある。

見逃せない現実:
本来なら社会福祉・教育・災害対策に使えるはずの予算が、他国の軍需産業の利益のために流出しているのだ。

◆軍事費を“未来への投資”に変えるには

真の安全は、兵器の数ではなく、信頼・交流・文化の相互理解によって築かれる。アジア各国が対立ではなく協調のネットワークを築けば、莫大な軍事費を教育・技術・医療へと転用できる。

希望の選択肢:
「敵」ではなく「パートナー」を増やす政策こそ、未来の世代に残すべき真の安全保障の姿である。

抑止と軍備拡大に明け暮れるより、平和への対話と相互支援に税金を使う選択を、今こそ私たち自身の手で取り戻そう。

第9章:“中国包囲網”という自己強化型神話

「中国の脅威」が声高に叫ばれるたびに、
アジア諸国の軍備が増強され、米国が“守護者”として登場する。
その構図自体が、米国主導の“自己強化型神話”なのである。

■敵を作れば予算が増える

冷戦時代のソ連、イラク、イラン、北朝鮮、そして現在の中国。
米国の安全保障戦略において「敵」が途切れたことは一度もない。

中国脅威論は、軍需産業・議会・メディアが結託した“共犯的安全保障”の論理装置である。

以下は典型的な構造である:

  • ① 米国が「中国の拡張主義」を指摘
  • ② 同盟国が不安になり防衛費を増額
  • ③ 米国が兵器を売却・軍を駐留
  • ④ 中国が防衛強化し「脅威」が現実化
  • ⑤ さらに不安が拡大し①に戻る
これはまさに、
自作自演型の“安全保障ドミノ”
止まらない不安の連鎖が、米国の軍事産業を潤す。

■“自由で開かれたインド太平洋”の裏側

日本が掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想は、一見すると美しい外交スローガンに見えるが、

実態は、米国の地政学的枠組みに同調した「中国包囲の機能要員化」である。
建前 実態
航行の自由を守る 中国封じ込めを正当化
パートナーシップの強化 米国中心の秩序への従属
法の支配の尊重 自国のルールを相手に強要

結果として、「包囲網」と呼ばれる枠組みは、実際には軍事依存・経済依存の“対中依存網”となっている。

■本当の“脅威”とは何か

問うべきは、「中国が本当に脅威なのか?」ではない。
「誰がその脅威像を作っているのか?」である。

メディアは「台湾有事」「南シナ海緊張」「サイバー戦争」などのキーワードを反復し、不安を煽る。

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だが、その多くは現実に起きていない。

現実とイメージの乖離こそ、
「自己強化型神話」の真の正体である。

中国が好戦的な国家であれば、一帯一路のような経済協調モデルや、アジアインフラ銀行のような共生構想は出てこない。

本当に必要なのは、
“包囲”ではなく、“対話と相互理解の回路”である。

第10章:“台湾有事”は誰のための幻想か

台湾有事は「現実的脅威」なのか?
それとも、誰かの戦略的利益のために描かれた“幻想”なのか?
私たちは今、最も重要な問いかけを突きつけられている。

■米国が“台湾”にこだわる理由

米国が台湾を「民主主義の砦」と呼ぶのは、人権や価値観のためではない

その地政学的位置と、
中国の経済的・軍事的台頭を抑制する“レバー”として機能するからである。

特に注目すべきは以下の2点:

  • ① 台湾海峡は、東アジアの海上通商ルートの要所
  • ② 台湾半導体企業(例:TSMC)は世界供給網の中核

つまり、“台湾を失えば、米国のアジア支配が揺らぐ”というロジックで動いているのだ。

台湾が重要なのではない。
「米国がそれをどう“利用できるか”」が重要なのだ。

■日本にとっての“台湾有事”とは何か

日本政府やメディアは「台湾有事は日本有事」と繰り返すが、それは本当に合理的な命題なのだろうか?

公式の主張 現実の構造
中国が台湾を侵攻する危険がある 実際には軍事衝突を避ける戦略を採用
日本は安全保障上連携すべき 巻き込まれることで最大の被害を受ける
自衛隊と米軍の統合が不可欠 実質的な米軍の盾にされる
日本にとっての“有事”とは、
「アメリカの代理戦争に巻き込まれること」に他ならない。

■“起こすために煽られる”有事

台湾海峡では、中国が「防衛的プレゼンス」を見せれば、
米国と日本がそれを「侵略の予兆」と報道し、逆に緊張を煽る。

これは典型的な“予言の自己成就”である。
有事は自然に起きるのではない。
「起こるべくして起こされる」のだ。

2022年のペロシ下院議長訪台は象徴的だった。

  • ・訪台が中国の反応を誘発
  • ・中国の反応が「脅威」と報道され
  • ・その「脅威」を根拠に軍拡・演習が進む
誘発 → 反応 → 拡大 → 正当化
全てがシナリオ通りに動いていく。

■台湾は“当事者”たり得ているか?

米国と中国の間で「象徴的存在」として扱われる台湾自身が、当事者として声を持てていない現実がある。

台湾には「中国との経済的共存を望む声」も確実に存在している。
だが、それは西側メディアでは“不可視化”される。

本当に平和を目指すのであれば、

「台湾有事」を前提にしたシミュレーションではなく、
「台湾和平」へ向けた想像力と外交的努力こそが必要だ。

第11章:“平和”と“備え”のすり替え

「平和のための抑止力」——
それは耳障りのいい言葉だが、現実には“軍拡の自己正当化”となっていないか?
今こそ、「平和とは何か」を問い直す必要がある。

■「抑止力」がもたらす現実

軍事費の拡大も、自衛隊の南西シフトも、すべてが「抑止力強化」の名のもとに正当化されている。

だが、その「抑止力」が生み出しているのは、
実際には“恐怖の連鎖”ではないだろうか。
  • ・日本が防衛力を増強 → 中国が演習を強化
  • ・中国が行動 → 日本が“さらなる防衛強化”を要求
  • ・米国が軍事的関与を拡大 → アジア全体が不安定化
「抑止」ではなく、
実際には「挑発と対抗」のスパイラルが起きている。

■“平和を守る”という名の軍拡

近年の日本では、防衛費の急増が「戦争を防ぐため」と説明されている。

表面的な語り 内実・結果
防衛力の強化で平和を守る 周辺国の不信感を煽り軍拡競争へ
日米同盟の深化が抑止力を高める 日本が米国の戦略に巻き込まれる
「有事」を想定した備えが必要 有事前提の国家運営が常態化
“平和”が目的ではなく、
“戦争の準備”が目的化している
という本末転倒。

■“現実主義”という名の想像力の放棄

防衛強化派の主張はしばしば「理想論では世界は守れない」と語る。

しかし、「軍備=現実的」で、「外交=非現実的」という構図は
本当に妥当なのだろうか?

むしろ、それは「想像力を持たない現実主義」ではないか。

  • ・対話の可能性を最初から排除する
  • ・交渉や信頼構築のコストを払おうとしない
  • ・軍事依存が正当化され続ける
真の現実主義とは、
「戦争を避けるためのあらゆる道」を探ることに他ならない。

■「平和=軍事」ではない世界を想像する

平和とは、軍備の均衡によって成立するものではなく、「関係の構築」によって育まれるものだ。

かつての欧州がそうであったように、
アジアでも「対話と協調」に基づく安定の仕組みは構築可能である。

それを不可能にしているのは、

私たちの想像力の欠如と、
「軍備が唯一の選択肢」とするプロパガンダの力だ。

今こそ、「軍拡によらない平和」を想像し、
それを具体化する政治・外交を問い直す時である。

第12章:「トランプ政権と“抑止”という偽装」

“強さによる平和”が生んだ現実とは

バイデン政権の防衛政策の原点には、トランプ政権期に強調された「抑止力」強化論が色濃く残っています。だが、その「抑止」という言葉の裏に潜む本質とは、果たして本当に「戦争を避ける知恵」だったのでしょうか。

「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」というスローガンと共に現れたトランプ政権。国内の衰退する中間層の怒りを背景に、軍事産業との共犯関係の下で、彼は外交政策においても“強さ”を演出することに執着しました。

その中で特に強調されたのが「抑止力の強化」でしたが、それは実際には単なる軍拡競争の正当化であり、「敵を怒らせることで平和を保つ」という矛盾した論理に過ぎませんでした。

アメリカが言う「抑止」は、実際には軍事プレゼンスを増やして相手にプレッシャーをかけること。そんなの、“平和”じゃなくて“挑発”だよね。

「抑止=軍事力増強」は誰のためか

このような「抑止論」の延長線上にあるのが、現在も続く台湾周辺への空母派遣、在日米軍・在韓米軍の再強化、そして日本への軍事的依存の強化です。

  • 米軍駐留の強化(日本・韓国)
  • 軍事演習の頻度と規模の拡大
  • 兵器売却の急増と日本の“防衛”予算拡大

これは「平和のため」という美名とは裏腹に、軍需産業に巨額の資金が流れ込む仕組みそのものを意味します。そしてその“対価”は、日々の暮らしにじわじわと影響を及ぼしています。

アメリカ国内では、教育や医療の予算が削られる一方で、国防費だけが膨らみ続けています。それと同様の流れが、日本でも進行中です。

“敵の存在”こそが抑止論の条件

「抑止」が成立するためには、常に“危機”や“敵”が必要不可欠です。もしも中国との緊張が緩和されれば、“抑止”という名目そのものが成り立たなくなるため、

“平和”は歓迎されず、むしろ“平和になる兆し”が脅威とされるという、自己矛盾に満ちた構造がそこにあります。

この構造は、日米安保の常態化、さらにはNATOのアジア進出とも連動しており、現在の“台湾有事”シナリオもまさにこの文脈において設計されているのです。

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市民の目線をどこに向けるか

では、私たちはこの“偽装された抑止”をどう見抜けばよいのでしょうか。最も重要なのは、「誰が利益を得て、誰が代償を支払うのか」という視点を持つことです。

もし軍事力が「平和をもたらす」ならば、なぜこの数十年で、世界はますます不安定になっているのでしょうか?
その問いこそが、私たちが立ち止まるきっかけとなるべきです。

第13章:「労働者階級と市民が払う代償」

戦争準備が日常生活を圧迫する

巨大な防衛予算、それは一見「国家の安全のため」とされます。しかし、その代償を支払っているのは、軍需企業ではなく、私たち一人ひとりの生活者です。

2024年度、日本政府は過去最大の防衛費(7兆円超)を計上しました。だが、この膨大な支出のしわ寄せは、医療・福祉・教育・公共交通といった“生活の基盤”に影を落としています

地域の病院が閉鎖され、育児支援の予算が削られ、物価高騰と相まって日々の暮らしが苦しくなる中、“戦争の準備”には迷いなく税金が投入される――この矛盾に、気づかないふりをしてよいのでしょうか。

「平和のため」と言いながら、どうして子どもの医療費は削って、ミサイルには何千億も使えるの?
それ、本当に“私たちのため”?

都市と地方に広がる分断

とくに防衛費増大の負担は、地方の自治体や労働者層に集中しています。新たなミサイル基地や自衛隊駐屯地が置かれるのは、いつも地方です。

  • 沖縄・南西諸島への軍事施設集中
  • 自治体の財政に依存した「防衛交付金」
  • 騒音・事故・環境破壊と向き合う住民

その一方、決定を下すのは遠く離れた霞が関やワシントンの中枢。つまり、苦しむのは“決定をしていない人たち”なのです。

「国防」と称して地元に基地が建ち、訓練の騒音が日常化し、観光産業や農業は打撃を受ける。 それでも「防衛のために我慢してくれ」と、誰かが言うのです。

増税という名の“徴兵”

さらに注視すべきは、“国民負担率”の上昇です。所得税、消費税、社会保障費が上がり続ける一方、軍需企業や大資本には恩恵が集中する。

こうして「お金による徴兵」が進行しているのです。戦地に赴かなくとも、誰もが経済的に「戦争の一部」に組み込まれている――それが今の構図です。

ミサイルを撃つのは国家でも、 その費用を払い、生活に皺寄せを受けるのは私たち。
これが、民主主義国家の姿でしょうか?

誰の“平和”なのかを問い直す

「平和のため」という言葉は、あまりに便利に使われます。しかし、市民が安心して暮らせない社会に、本当の“平和”はありません

平和とは、ただ戦争がないことではない。 教育があり、医療が届き、誰もが尊厳を持って暮らせる社会こそが、“平和国家”の真の姿ではないでしょうか。

第14章:「平和のための選択肢は他にもある」

「軍事力=平和」の呪縛から抜け出す

「抑止力の強化が戦争を防ぐ」――この言葉は、あまりに使い古されています。 だが歴史が証明しているのは、その逆です。

軍事力の積み上げは“疑心”を積み上げるだけ。安全保障の名の下に軍拡が進めば、相手国も防衛を強化せざるを得ない。結果として、軍拡の“螺旋”から抜け出せなくなるのです。

今、必要なのは軍事的均衡ではなく、「信頼」と「対話」による関係の再構築です。

平和って、 「相手より強くなること」じゃなくて、 「相手と分かり合おうとすること」じゃない?

アジアに広がる非軍事的な安全保障の試み

実際に、アジアには軍事に頼らず安全保障を築こうとする取り組みがあります。

  • ASEANによる「紛争の平和的解決」原則
  • 中国とラオスの経済協力と高速鉄道プロジェクト
  • 日中韓三国間協力事務局(TCS)の対話枠組み

これらは「対立」ではなく「協力」によって地域の安定を築こうとする模索です。軍事費ではなく経済・人材・文化に投資する――それこそが、アジアの未来に希望を与える道筋です。

アジアの安全保障は、ミサイルではなく、 農業、教育、医療、観光、交流によって築く。
それは決して理想論ではなく、もう動き始めている現実です。

平和のための対話を“戦略”と呼ぼう

国家戦略と言えば、軍事・経済・情報戦――そんな印象が強いかもしれません。

ですが今後求められるのは、“平和そのものを戦略化”する視点です。

平和外交経済協力地域交流文化の橋渡し―― これらを明確に国策として推進する国家こそ、21世紀の世界を導く存在となるでしょう。

「戦略的対話」「戦略的協調」「戦略的平和構築」――それは非武装の戦略であり、同時にもっとも賢明で持続可能な国家運営でもあります。

“選択肢は他にもある”と伝え続けよう

私たち市民が抱えるべき問いはシンプルです。 「もっと賢いやり方はないのか?」

軍事的対立に頼らず、対話によって解決する方法はあるのか? 本当に“戦争の準備”しか道はないのか?

「選択肢は他にもある」 そう声を上げ続けることが、 平和への第一歩です。

epilogue

「アジアの未来は“対立”ではなく“共存”にこそある」

2025年5月29日、北京。人民大学の講堂に約500人の大学生が集い、歴史的な一幕が刻まれました。「日中平和友好宣言」。これは、過去に翻弄された両国の若者たちが、未来への道を自ら切り拓こうとする、希望と決意の結晶です。

戦後80年。数多の犠牲と葛藤を経て、今また、東アジアは試される時を迎えています。軍拡、疑念、歴史の蒸し返し。「対立」か「共存」か。この二者択一の問いに対して、答えを出したのは、政府でも軍事専門家でもなく、未来を担う若者たちでした。

「青春の力で中日友好の新しい1章を開きましょう!」

—— 北京師範大学・学生代表

この一言に象徴されるように、学生たちの間にあったのは、国家ではなく“人”としての理解です。

🌏 訪中した日本の若者たちが見た「本当の中国」

訪中団として参加した日本の学生たちは、単なる観光ではなく、文化、歴史、日常生活に触れる交流を通じて、“画面越しの中国”から、“目の前にいる中国人”を知りました。

「現地を訪れることは、相手を理解する第一歩だと感じました」

—— 上智大学・平野惠理さん

舞踊、書道、詩の朗読……言葉を超えた芸術表現は、国境も歴史的わだかまりも超える力を持ち、会場は歓声と拍手に包まれました。

🕊️ 「市民レベルの信頼」こそ平和の土台

中国側もまた、この交流の価値を深く受け止めています。政治や報道に左右されるのではなく、“自分の目で見て、耳で聞く”こと。これこそが、平和への最も確かな道なのです。

「若い皆さんが交流し相互理解を深めることが非常に重要だ」

—— 日本大使・金杉憲治氏

“民の力”によって築かれる平和。それは、軍事力でも抑止論でもなく、人間同士の対話と理解に他なりません。

🕯️ 戦後80年、過去からの「バトン」

戦後80年という節目において、未来を担う若者たちが、共に語り、共に笑い、共に誓った「平和友好宣言」。それは、単なるイベントではなく、過去を記憶し、未来に責任を持つという新しい世代の決意でした。

「中国=敵」という固定観念が、いかに現実から乖離しているか。これらの若者たちの取り組みが、もっと広くメディアで報じられ、私たち一人ひとりの「心の国境」が解かれていくことを、強く願います。

アジアの未来は、軍備による“均衡”でも、“抑止力”でもなく、共に歩むという覚悟によってこそ築かれるのです。